第1章 批判や悪口に負けるな
営業の外回りから入社3年目の谷口が帰ってきた。
机の上に大きな音をたて、かばんを放り投げる。
まわりの人は「またか」という顔をしている。
鈴木課長は、にらめっこしていたPCの画面から目を離し、
すかさず席を立ち「ちょっと外行くか」と声をかけた。
谷口は嫌な顔をしながら、うつむき課長の背中についていく。
会社近くのカフェに入り、席に着く。
のどが乾いた子どもように谷口は煙草を手にした。
「煙草、そんなおいしいか」
「さあ、おいしくはないですけど、落ち着くんです」
「そうか、いいな、俺も20代の頃はチェーンスモカーだった」
「ホントですか。信じられないっすね」
「人は変わるもんなんだよ」
「そういうもんですかね。俺は絶対、煙草やめようなんて、思わないですよ」
「で、また嫌なこと言われたのか」
「まったく、やってられないですよ、同じ人間なのに、
なんで、あそこまで言われなきゃならないんですか。仕事だからですか」
「さあ、そういったことに答えなんかないだろ」
「じゃあ、なんだっていうんですか
こっちを業者だと思って、バカにしてんですよ、まったく!」
そう言うと谷口は店員が運んできた「お冷や」を一気飲みした。
「ほんと、そうだよな。俺だって時々そう思うよ。
それに、若い頃はお前と同じだった。そう言っていつも文句ばっか言ってた」
「えっ、ホントですか。でも、とてもそんな風に見えないっすよ」
「ばかやろー」と、鈴木課長は笑いながら言い、言葉をつないだ。
「そりゃー、経験を積み重ねているからな、歳だよ歳。
40の声が聞こえてくると、いろいろと考えんだよ」
「そんなもんすっか」
「そんなもんなんだよ」
「でも、なんか秘訣でもあるんですか」
「そんなの、ないだろ。俺だって、イライラしたり、腹がたったり、
ストレスまみれだよ。秘訣があったら、みんなやってるだろ。
街中、笑顔だらけだぞ」
谷口は、喉の奥がかゆくなった。
「えっ、そんなセリフ鈴木課長から聞けるなんて・・・」
「まあ、でも、ひとつだけ昔、先輩からいい言葉聞いたんだよ。
新人時代の俺の指導係で、今で言うと、メンターみたいなもんか。
営業回りの途中で自動車事故にあって亡くなっちゃったんだけどな。
子どももまだ小さくて、葬式の時、奥さんの顔見れなかったよ。
営業が好きで、好きで、仕方ないって人だったな〜。
その人がな、こんなこと言ってた。誰の言葉か知らないけどさ・・」
そう言うと、鈴木課長はスーツの裏ポケットから革張りの名刺入れを出し、
その中からボロボロの1枚の名刺を出した。うつむき、こう言った。
「君に害を与える人間がいだいている意見や、
その人間が君にいだかせたいと思っている意見をいだくな。
あるがままの姿でものごとを見よ」※
沈黙・・・。
鈴木課長は泣いているのだろうか。
谷口は何か言わなければと言葉を探したが、場の空気に支配され沈黙に従った。
名刺をしまった鈴木課長は席を立ち、
伝票を手にしてレジに向かった。あわてて後を追う谷口。
「俺払います」
「ばかやろー、恥かかすな。先に外に出て、待ってるのがマナーだろ。
忘れたのか」
雲の多かった空に薄日が差している。
隣のインテリア雑貨のショップでは、
クリスマス・イルミネーションの飾り付けを間違った装飾会社のスタッフが
店主に頭を下げていた。何度も・・何度も・・・。
「人間ってかわれるんですかね」
鈴木課長の少し後ろを歩きながら、谷口は尋ねる。
「さあ、どうなんだろうな〜。わかんねーよ!」
谷口はポケットに入っている煙草を握り・・・、手を離した。


