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 第3章 日に新た(2)

 

 約一年前・・・。

 遼太の勤める中堅文具メーカーは、
 競合他社が業績を伸ばす中で、
 定番商品によりかかった経営から脱却できず、
 景気回復の追い風をとらえそこねていた。

 危機感をもった大貫社長は取締役会で何度もアイディアを求めたが、
 現状を打破する戦略を生み出せず時を無駄にしていた。

 役員の中には、新製品開発に対する投資コストがかさむことで、
 経営状態がさらに悪化すると、現状維持を訴える者もいた。

 (いつからこんな会社になってしまったのだろう)

 営業鞄を手にして朝から晩まで街を歩き回り、
 ぼろぼろになった革靴が勲章だった時代を思い起こし、
 一代で会社を築き上げた社長は、
 会議で顔をそろえる役員たちにきづかれぬようにうなだれ、顔をゆがめた。

 社長直轄の新製品開発プロジェクトが発足したのは、
 それから間もなくのことで、

 「我が社に新しい風を起こせる人材求む」

 と、古くさいリクルート広告のようなキャッチコピーが
 イントラネット上に流れた。

 入社十年未満の若手社員が対象であり、最後

 「上司に相談する必要なし、直接私に返信をするように」

 と、社長の名前が記されていた。

 若手社員のほとんどは半信半疑で、
 中間管理職の半分は「そんな話は、聞いてない」と気分を害し、
 社長に反目する役員の数名は部課長を呼び出し
 「応じる必要ない」と釘をさした。

 製品開発部で働くことが入社時の希望だった総務部でくすぶる遼太は、
 社長のメールを見ると
 「ぜひ、プロジェクトに参加させ下さい」 
 と、迷わず返信をした。

 年度末を前におこなわれる人事査定面接の度に、
 異動を懇談し続けてきたが、聞き入れてもらえず不満が募っていた。

 その日の内に、そりの合わない総務課長から小会議室に呼び出された。

 「返信したのか」

 「はい」

 「なんでだ」

 「なんでって、何年も前からお願いしている通り、
  製品開発が私の夢なんです」

 「そんなことはわかってる。
  今の仕事はどうするんだ、投げ出すのか」

 「投げ出すなんて言ってません。
  サラリーマンが部署を異動するのは普通のことだと思いますが」

 「なんだその態度は」

 「だいたい、私の異動希望ってちゃんと上にあげてくれてるんですか」

  課長の目が一瞬泳いだ。

 「やっぱり」

 「何がやっぱりだ、だいだいなあ、お前はなあ・・・」

 「私が何ですか」

 「もういい、勝手にしろ」

 扉を閉める大きな音と
 机をこぶしで叩く音が小さな会議室に同時に響いた。

 (会社ってこんなところなのか)

 背筋を伸ばしてパイプ椅子に座っていた遼太は腰を緩め

 椅子からずり落ちそうな体勢となり両手をポケットに入れ天井を眺めた。
 あふれそうになる涙を必死にこらえた。

 ほとんどの若手社員は希望を出さず、
 出した十数名も上司に説得され翻意した。

 創業者である大貫社長は、
 来期、相談役に退くこと宣言していて、
 次期社長有力候補の竹下常務は、このプロジェクトに賛成していない。

 社内の風評は、

 「竹下さんが社長になったらどうせ、すぐ潰される」であり、
 先行きのないプロジェクトに参加したところで
 「何の得にもならない」
 という判断と説得が若手の意欲を削ぎ落とした。

 逆風の中、プロジェクトはスタートした。
 皮肉なことに、総務課長と喧嘩した小会議室に臨時の机が置かれた。

 新しくもらった名刺を眺め
 「総務部総務課兼新製品開発プロジェクトチーム主任」
 という文字が、
 名刺からはみ出しそうになっているのを見て遼太は苦笑した。

 まあいいか、とつぶやくと、
 社長が地方の営業支店から呼び寄せた上島課長が、
 他人の給与明細を横目でのぞき込むように、
 遼太の手もとを見ていた。

 窓の外では銀杏の彩りが錦秋の季節になることを知らせていた。

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