第3章 日に新た(3)
「なんだか、不思議な職務だな」
「まあ、いいんです」
「そうなの」
「そうなんです。とにかく総務から出たかったんです」
「なんか事情ありだね」
「まあ」
「でも、片足まだつっこんでるじゃない」
「それは、そうなんですけど、とりあえずは、これで・・・」
「まあいいか、今や我が社じゃ、お互い変わりものだからな」
「でも、歴史を変えてきたのは、いつだって変わりものですよ」
「ほう、大きく出たね、なんかおもしろくなりそうだ、まあ、よろしく」
そう言うと、目尻のしわが目立つ白髪交じりの上島係長は
大きな笑い声をあげ、遼太に握手を求めた。
入社以来、社内の人間と握手したことなどない。
異動にあたり人事部の担当者から「高卒の苦労人だよ」
とだけ聞いていたが、
本社の人間には無い人なつっこさに
遼太はたじろぎ顔をひきつらせながらも、
新しい上司となるこの人物に好感を持ち、
総務課長とは違った人柄に安堵した。
ほどなく社長が入ってきて、二人を前にビジョンを語った。
「失敗したっていい。とにかく挑戦をして欲しい。
もちろん、売上につながるような製品を完成させたい。
だが、このプロジェクトの真の目的は、
今のこの何とも言えない我が社の停滞した雰囲気をぶち壊すことにある。
それが創業者としての俺の最後の役目だ。
そのために、君たちは最高の人材だと思っている。
年寄りの最後の願いだと思って聞いてやってくれ、頼む」
二人の目を見つめそう言うと、社長は深々と頭を下げた。
挨拶程度の会話しかしたことのない
雲の上の人が見せる不意の行動に遼太は言葉を失った。
上島係長は、
「そっそんな、やめてください」
と、どもりながら頭をあげてくれるように懇願した。
社長は頭をあげなかった。
小さな部屋は静寂に包まれ、
窓の外にある銀杏の葉が風に吹かれ宙に舞った。
遼太は動けない。
第一線から身を引こうとする老経営者と
自分の仕事に対する情熱の度合いを比べ、恥ずかしくなっている。
約八年間、不平不満の塊となって働いてきた。
何度も辞めようと思った。
経営陣を憎みさえした。
そんな会社の中に、これほど情熱を持った人間がいたとは。
しかもそれが経営トップであったとは。
そんなことも知らなかったとは。
遼太は唇を噛み、固く目を閉じた。
社長はうつむいたまま眼鏡を外し、
鼻をすすりながら何度か目を拭うと、
突然顔をあげ「さあやるか」と大きな声を出した。
いつもの表情を取り戻しA41枚ものの書類を二人に手渡し、
話を再開した。
新製品開発の方向性は、
ユニバーサルデザインをベースとした文具キットであった。
外部の著名プロダクトデザイナーと組み、
デザイン性の高いものにする。
プライスラインは高めで、親子をターゲットとする。
創業以来「良品安心価格」を旗印にしてきた社の方針と明らかにくい違う。
「なんか遼太のところのって使いやすいんだけど、安っぽいのよね」
と、日頃から妻に言われていた。
だから社長の話に身を乗り出し、
第一希望の企業に就職が内定した学生のように遼太は目を輝かせた。
ただ、スケジュールがきつい。
大貫社長は株主総会で辞任を発表する予定で、
なんとかそれまでに軌道に乗せたいと言う。
一年も時はない。


