第3章 日に新た(4)
次の日出社すると、社長と上島課長が誰かと雑談している。
社長は遼太の顔を見るなり
「おー来たか来たか、おい、はやくこっち来い、
お前がいないと始まらないんだ」
と手招きをし、四人座ったら窮屈になるミーティングテーブルに呼んだ。
「お茶を入れましょうか」と言うと、
「そんなことは後でいい、早く座れ」
と社長は遼太の手をつかんだ。
名刺交換を済ませるとすぐに打合が始まった。
同席していたのは昨日話があったプロダクトデザイナーで、
総務のことしか知らない遼太でさえ名前を知っている人物であった。
そんな人に出会えた嬉しさに笑みがこぼれる。
でも、今、自分の心を明るくしているのは社長が言った
「お前がいないと始まらないんだ」
という言葉であることに気づき、自分がおかしくなった。
いくつかのデザイン案についてプレゼンテーションが行われた。
話の内容から水面下で社長が動いていたことがわかり、
これなら間に合うかもしれないと、
激しく議論を交わす三人の姿を前にして、
口を挟めない自分に苛立ちと情けなさを感じながらも、
入社して初めての高揚感に遼太は身体を震わせた。
すべてが順調に行くように思えた。
が、敵は常に思わぬところに潜んでいる。
企業という舞台は、時に何の予告もなく後ろから矢が飛んでくる
泥臭い戦場であることを総務に閉じこもっていた遼太は知らない。
いや、この事態を想定できなかったのは遼太だけで、
上島課長はあらかじめわかっていた。
デザインを起こすのはいい。
しかし、商品化するためには生産部である
工場が動かなければ話にならない。
茂森生産部長は、竹下常務の秘蔵っ子である。
上島課長と新たな商品開発について根回しにいくと、
打合せの席でこう言われた。
「年間の生産ライン計画はほぼ決まっていて、
そんな降って湧いたような話に対応できるわけないだろ」
総務畑の遼太とて、新人研修の時に工場見学をして
自社のラインが柔軟に対応できるキャパシティを持っていることを知っている。
まるで子どもの嘘である。
明らかな嫌がらせであり、常務から鋭い釘が刺されていることを証明している。
「そんなことないんじゃないんですか。うちの生産ラインならやれますよ」
と、遼太が凄む。
茂森部長が眉をつりあげ、言葉を放とうとした瞬間、
「なんだその口のきき方は、総務だった人間に現場のことがわかるか」
と、言ったのは上島課長であった。
「申し訳ありません。私たちの勉強不足でした。
もう一度、こちらで計画を練り直して、
茂森部長の納得のいく説明ができるようにしてまいります」
「ですが、・・・」
「うるさい。現場のことをわからない奴が、でかい口叩くな」
上島課長が再度、遼太を制して
結論も何も出ないまま打合せは終わってしまった。
茂森部長は剣を抜こうとして抜けなかった。
遼太も不完全燃焼のままで、上島課長に不信を抱いた。
上島課長は工業高校を卒業した後、
工場勤務を二〇年続けた技術屋であった。
現場主任をしていたこともあり、
一時期、茂森部長の配下にあった人間である。
遼太はそのことを知っていた。
だから、「昔の上司に頭が上がらなかったのだろう」と考えた。
ところが、この時の上島課長の言葉が、
茂森部長の心を動かしていたことに遼太は気づけなかった。


