挨拶運動の企業事例-アサヒビール、無印良品-

「挨拶運動」が組織を変えるアサヒビール、無印良品など

 企業で「挨拶運動」を行うことで、「礼節」(Civilty)ある社員を育成できる。ギスギスした職場には「挨拶をしない社員」が多い。「働きやすい職場」をつくることは企業の使命。たかが挨拶、されど挨拶。「夕日ビール」と皮肉られたアサヒビールを復活させた樋口廣太郎元社長(1926〜2012)も「挨拶運動」に取り組んだ。38億円の赤字から奇跡の復活をとげた「無印良品」の松井忠三(ただみつ)元社長も自ら玄関に立ち「挨拶」をした。組織変革としての「挨拶運動」を考える。


「スーパードライ」を大ヒットさせた樋口社長。

 アサーヒビールを再建した樋口廣太郎社長(1926〜2012)は、住友銀行(現 三井住友銀行)で代表取締役副頭取まで昇進した人物です。ですが、銀行内の人間関係での対立から住友銀行を辞職。その時、アサヒビールの村井勉社長に誘われてアサヒビールへ移り、1986年、社長に就任します。実は村井氏も住友銀行の出身でした。

 1980年中盤、アサヒビールは市場占有率が10%を切り、最下位になりかねない状況でした。輝かしい実績を残してきた「アサヒビール」は「夕日ビール」と揶揄されるまでブランド力を失っていたのです。

 村井前社長のもと「組織改革」が進行し、後に大ヒットすることになる「スーパードライ」のアイディアが生まれ、商品化にこぎ着けます。これを引き継いで「スーパードライ」を大ブレイクさせたのが樋口社長です。

アサヒスーパードライ (写真は国外向け版で国内向けのスーパードライとラベルデザインが一部異なっている)
「アサヒスーパードライ」 (写真は国外向け版で国内向けのスーパードライとラベルデザインが一部異なっている)
Steve Parker – originally posted to Flickr as Asahi Beer

「アサヒービール」樋口社長の挨拶運動。

 1990年代、アサヒスーパードライの快進撃は続き、首位を走るキリンビールの存在を脅かすまでになりました。96年、キリンはスーパードライに対抗するために、主力商品であった「キリンラガー」の味を変えました。その味について賛否両論ありますが、その後「キリンラガー」のシェアは急落し「キリン離れ」の一因になりました。

 そして1998年、アサビールはビール(発泡酒を除く)の日本国内の市場占有率でトップとなるのです。「スーパードライ」に徹底する「選択と集中戦略」をとったアサヒビールは、王者キリンに勝利します。

 この見事なまでの復活劇は経営改革のお手本であり、「スーパードライ」を大成功に導いた樋口社長は「時の人」になりました。98年、小渕内閣の時に経済戦略会議議長を務め、2001年小泉内閣の時には「内閣特別顧問」に就任しています。

なぜ、樋口社長は「挨拶運動」を始めたのか?

 樋口社長が主導した「経営改革」のひとつとして「挨拶運動」は行われました。それも社長自らが挨拶して回ったのです。ジャーナリスト田原総一朗氏の対談集『達人・田原総一朗が引き出す経営の極意』(幻冬舎)に樋口社長は登場し、こう言っていました。

『達人・田原総一朗が引き出す経営の極意』(幻冬舎)
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「毎朝エレベーターで10回以上、上がったり、下がったりして、社員たちに『おはよう』と挨拶しまくるのです。社長から挨拶されたら、やはり仕方なく挨拶を返すでしょう。返さなかったら返すまでしつこくおはようをいい続けますからね」

『達人・田原総一朗が引き出す経営の極意』(幻冬舎)

 本には、この「挨拶運動」は「おはよう運動」と書かれています。樋口社長が「おはよう運動」を始めたのは、社員同士がまるで挨拶しないことに腹が立ったからです。それが理由です。

 いくら「夕日ビール」と言われようが、アサヒビールは大企業であり、働いている人の多くは大学を卒業して就職した「選ばれた人」たちです。「まるで挨拶しない」のは何が原因なのでしょうか。職場から挨拶が消える原因として3つ考えられます。

職場から挨拶が消える理由
  1. 本人の問題
    挨拶の意義や重要性を理解しにくい「性格タイプ」である
  2. 教育の問題
    入社以来、所属する部署で挨拶の大切さを教えられてこなかった
  3. 社風の問題
    そもそも会社として挨拶をするカルチャーが希薄である。

1.本人の問題

 「挨拶運動」を社内で展開しても「社員同士で挨拶して、何の意味があるの?」「それで仕事がうまくいくの?売り上げ、あがるの?」と、「挨拶」に対して批判的な立場をとる人たちがいます。「挨拶」を否定的に認識するのは、本人の「性格タイプ」が大きく影響しています。このタイプの人が職場に増えると、自然と「挨拶」が少なくなっていきます。彼ら彼女らは「重要でないことは、する必要がない」と考えるからです。

2. 教育の問題

 どの会社にも新入社員研修があります。そこで社会人としてのマナーを教えられます。お辞儀の仕方からはじまり、「おはようございます」「お疲れ様でした」など、挨拶についても教えられます。ですが「挨拶」は、あまりにも当たり前で、それこそ幼い頃から、親に小学校の先生に諭されてきたことであり、「そんな初歩的なこと、今さら言われなくても、やろうと思えばいつでもできる」と考えられがちです。

 それ故に、挨拶は「価値の低い行為」として認識されます。これは❸「社風(組織風土)の問題」とリンクしてきますが、新人が職場に配属されて、もし、「挨拶のない職場」だったら、やっぱり「価値の低い行為」であり、挨拶は「する必要がない」と否定的認識が強化されます。すると「挨拶をしない社員」が量産されることになるのです。

2. 社風の問題

 「社会人として挨拶は大切だと思いますか?」と尋ねられれば、多くの人が「はい」と答えるでしょう。ただそれは、自社のお客様に対してであり、社内の人間に対してだと挨拶の意識は薄くなります。

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まっつん

 「挨拶のない職場」になったのは、突然、そうなるのではなくて、何らかの理由があったはずです。例えば、経営状態が悪化し、社員の誰もが「挨拶どころじゃない」と考え始めて、「挨拶」が消えていくこともあるでしょう。また、会社のリーダー層(経営陣、管理職)が「まったく挨拶をしない人」たちばかりで、それで腹が立って、社員たちも挨拶をしなくなってしまうこともありえます。すると「挨拶をしない」ことが社風になってしまいます。

 組織風土として「挨拶」が消えている会社に、新入社員や中途採用の社員が来たら集団心理としての「同調圧力」が働き、組織風土に染まっていってしまいます。当初は違和感を感じつつも、挨拶をしないことが「当たり前」になってしまうのです。


 樋口社長が「夕日ビール」と揶揄されていた会社で働き始めて驚いたのは、社員の「元気のなさ」でした。「挨拶をしない」のはその象徴です。会社の経営状態を社員が表現しているようでした。

 そこで樋口社長自らが覇気のない「組織風土」を変えようと、「挨拶運動」を始めたのです。挨拶が大切だと言うならば、言ったトップ自らが先頭に立って挨拶を始めるのは、その運動を組織に浸透させる王道といえます。「隗より始めよ」ですね。

 あの「無印良品」でも、リーダーたちがリーダーシップを発揮して、自ら「挨拶」をした事例があります。


「無印良品」もトップから挨拶運動を始めた。

「Muji Store in Grand Front Osaka」
Author:Wing1990hk

 セゾングループが消滅した2001年、「無印良品」を運営する会社「良品計画」は創業以来初の減益となりました。赤字は38億円に膨らみました。この年、社長に就任したのが、長く人事畑でキャリアを積んできた「松井忠三」氏でした。

 バブル崩壊後の90年代「無印良品」は、順調に業績を伸ばしてきました。しかし、競合である「100円ショップ」「ニトリ」「ユニクロ」の急成長があり、90年代の終わり頃には、「無印良品」の勢いに陰りが見え始めました。

「無印良品は好きだけど良品計画は嫌いだ」

「無印良品」ロゴマーク

 この当時の社内状況を松井元社長は、日経新聞「私の履歴書」で、こう書いています。

 本社の空気も陰湿になっていく。遅刻した社員を部屋に入れないようにカギをかける対応がとられた。企画部門が跋扈(ばっこ)し、官僚的な受け答えが横行する。少額な事後稟議(りんぎ)すら通らない。物流の責任者時代に30億円のコストを削減していたが、荒唐無稽なことを真顔で言う企画室の幹部がいた。「30億円はどこにありますか。決算の足しにしますから」。開いた口がふさがらない。「無印良品は好きだけど良品計画は嫌いだ」。若い社員の言葉だ。

『日本経済新聞』私の履歴書 2018/2/21
「松井忠三(20)建白 社長に直訴 辞表を提出 社内に慢心広がり勢い停滞」

 この状況を打破しようと松井元社長(当時、専務)は、有賀馨社長に意見します。「このままではこの会社は持ちません。問題は社内、社風を変えないといけません」(『日本経済新聞』「私の履歴書」2018/2/21)。木内政雄会長には辞表を提出しました。

 ところが、有賀社長も辞表を提出していて、これを木内会長が受理して「松井社長」が誕生することになるのです。

 赤字に陥った「良品計画」を復活させた施策は、もちろん様々あり、ここには書き切れませんが、「問題は社内、社風を変えないといけません」と松井元社長が主張した通り、「社風を変える」施策の一環として「挨拶運動」が行なわれることになります。

「朝の挨拶当番」

 良品計画の挨拶運動は、「朝の挨拶当番」です。本社の玄関に立ちリーダー層(経営陣、管理職)が、出社してくる社員たちに対して「朝の挨拶」をします。松井元社長も週に一回は行い、会長になった後も月に一回は、当番を引き受けていました。

『現場論: 「非凡な現場」をつくる論理と実践』(遠藤功 東洋経済新報社)
『現場論: 「非凡な現場」をつくる論理と実践』
(遠藤功 東洋経済新報社)
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 早稲田大学ビジネススクール教授、ローランド・ベルガー会長の遠藤功氏の著『現場論: 「非凡な現場」をつくる論理と実践』(東洋経済新報社)の中で、松井元社長は遠藤氏と対談して、挨拶の大切さについて、こう述べています。

「挨拶はコミュニケーションの基本で、それができない組織は、何をやってもダメですからね。また、いくら新人研修で挨拶を徹底させても、配属先の店長や本部の課長ができないと意味がありません。それで、課長職以上に「挨拶当番」を義務づけました。

『現場論: 「非凡な現場」をつくる論理と実践』(遠藤功 東洋経済新報社)

 トップ自ら挨拶をするものの、550人中、2人の社員が抵抗しました。そこで松井元社長は、「抵抗する社員」の直属の上司を「挨拶当番」に任命しました。そんな回りくどいことをしなくても、社長室に呼び出して、「上の人たちが挨拶してるんだから、ちゃんと挨拶しろ」と説教することもできます。

 でも、それをしなかったのは、「強制すると失敗する」とわかっていたからです。松井元社長「小さなことから社員一人ひとりにしみ込ませないと、社風なんて変えられませんから」(『現場論: 「非凡な現場」をつくる論理と実践』遠藤功 東洋経済新報社)と言っています。

 挨拶運動は少しずつ効果を発揮し、取引先の人が社内に来た時など、社員たちは自発的に挨拶をするようになったそうです。成果はしっかりと出たわけです。


挨拶運動は、地道に粘り強く実践する。

文具メーカー「ブラス」では若手主導で「挨拶運動」

 オフィス家具、文具メーカーの「プラス」では、若手社員が「社内コミュニケーション活性化」プロジェクトの一環として「挨拶運動」を主導して、組織に浸透させていった事例があります。これは2018年に「IT Mediaビジネス ONLiNE」で記事化されています。『“若手発信”のプロジェクトが職場を変えた 新卒社員の奮闘。最新の事例と言えますね。詳しくは、リンクから記事をご覧ください。

『“若手発信”のプロジェクトが職場を変えた 新卒社員の奮闘』
IT Mediaビジネス ONLiNE」(2018年2月27日)
「“若手発信”のプロジェクトが職場を変えた 新卒社員の奮闘
『IT Mediaビジネス ONLiNE』(2018年2月27日)

 「プラス」でも、当初は、冷たい反応がありましたが、社内ポスターやポップを工夫して地道に取り組んでいくことで、変化が見えるようになりました。

 プロジェクトメンバーだった若手社員の村山さんは、こう言っています。

「プロジェクトによって若手とベテランが話す機会が増え、普段の仕事もスムーズになったように感じます。後輩たちにも同じ経験をしてもらいたい」

「“若手発信”のプロジェクトが職場を変えた 新卒社員の奮闘
『IT Mediaビジネス ONLiNE』(2018年2月27日)

 「プラス」の事例にふれると、若手社員の底力を実感します。管理職中心で構成されたメンバーではなく、若手社員でプロジェクトを遂行すると、上司層が「若手ががんばってるんだから、協力しよう」と「心変わり」を起こしてくれる可能性が高まります。

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まっつん

 上司層が「意気に感じて」若手社員に力を貸そうとするのは、組織変革のプロジェクトを若手に任せる大きなメリットです。若手社員の尽力に応えないミドル層が多かったとしたら、それはそれでやはり組織風土に問題があると言えますね。

 もし、若手主導でないのであれば、やはり、経営陣たちが意思統一をして自ら実践することが「挨拶運動」の正攻法です。樋口社長や松井社長のようにトップが玄関に立って挨拶する姿を見せることで、組織変革への「本気度」を社員たちに感じてもらえます。それを始めることがスタートラインに立つことです。

 「たかが挨拶、されど挨拶」。

 企業の倫理観、社員の礼節が問われている昨今、「挨拶運動」はシンプルながら、粘り強く取り組めば、着実に成果が出てくる組織変革の手法です。

(文:松山 淳)