シャインの「8つのキャリア・アンカー」

シャインの「8つのキャリア・アンカー」

日本でキャリア・デザインが生まれた時代背景

 バブル崩壊後の日本にとって、リーダーシップ論の大家「ジョン・P・コッター」が提唱した「変革の8段階プロセス」をたどるような企業変革は、大きな試練でした。

 リストラされ、職を失う人が続出し、再就職できないミドルが街にあふれました。その結果、日本人の「労働観」が大きく変化していきました。

「大企業に就職しても、リストラされるのか。明日は我が身だ」

 日本型経営の「強み」だった「終身雇用」が崩壊する時代を迎え、1990年代から「キャリア教育」が本格化していきます。

エンプロビアリティ(雇われる力)

 それまで一般のビジネスマンにとって、自身の「キャリア」について深く考える機会は、それほどありませんでした。

「キャリアは会社が決めることで、自分で決められるものじゃないでしょ。考えても無駄でしょ」

 そんな会社任せの思考パターンが基本であり、「この部署で働きたい」と、希望を会社側に提出しても、必ず、叶うわけではないのは、今も変わりません。

 1960年代〜70年代にかけて、労働組合との激しい闘争をくり広げた日本の企業は、雇用を守ることに積極的でした。労働者は雇用に関して、雇う側(会社)の責任を厳しく問える風潮のなかで働いていました。バブル崩壊以前の労働観では、「最後は、会社が守ってくれるだろう」と考えて当然でした。

 ところが、バブルが崩壊して、長期的な雇用に自信をもてなくなった日本企業は、「エンプロビアリティ(雇われる力)」を社員に求め始めたのです。世の中の風潮も、それに同調していきました。

 リストラが次から次へと行なわれ、そして突きつけられた「エンプロビアリティ(雇われる力)」は、寝耳に水のような言葉でした。

 会社は明確なメッセージを発信するようになりました。

雇う側にも責任はありますが、雇われる側も自分のキャリアに責任をもってください。キャリアは会社ではなく、自分でデザインするものです。

 「キャリアを自分でデザインだって?それって何?何するの?」。多くの人の頭に「?」が浮かび、この疑問に答える形で「キャリア理論」を広く啓蒙する流れが日本で生まれました。

 この時、師に仰いだのが、キャリア論の先進国であった欧米の大家たちであり、その中で外せないグルといえば、エドガー・H・シャイン(Edgar Henry Schein)です。

エドガー・H・シャイン(Edgar Henry Schein)

 シャインは1928年チェコスロバキアに生まれました。38年に米国に移民し、46年シカゴ大を卒業後、スタンフォード大で心理学の修士号、ハーバード大で博士号を取得します。

 1953年から朝鮮半島に渡り、朝鮮戦争で捕虜となった軍人の「洗脳」に関する研究を行いました。その後、マサチューセッツ工科大(MIT)で研究を始め、「キャリア」「組織文化」「リーダーシップ」など、幅広いテーマで功績を残し、MITでは名誉教授まで務めました。

『キャリア・ダイナミクス』(白桃書房)
『キャリア・ダイナミクス』
(白桃書房)

 現在から遡ること約40年、1978年に『キャリア・ダイナミクス』(白桃書房)をシャインは出版しています。

 キャリアを選択する際の指針となる「キャリア・アンカー」という言葉は、その著で登場しています。「キャリア・アンカー」はシャインが創り出した言葉なのです。


キャリア・アンカーとは

 「キャリア・アンカー」のコンセプトに沿ったワークブック『キャリア・アンカー』(白桃書房)は、2003年日本でも出版されました。このブックがあれば、人事部の人が社内講師になって1日のキャリア研修ができます。

『キャリア・アンカー』(白桃書房)
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 シャインは「キャリア・アンカー」をこう説明しています。

「あなたのキャリア・アンカーとは、あなたがどうしても犠牲にしたくない、またあなたのほんとうの自己を象徴する、コンピタンス(訳注:有能さや成果を生み出す能力)や動機、価値観について、自分が認識していることが複合的に組み合わさったものです」

『キャリア・アンカー』(E・H・シャイン 白桃書房)p1

 シンプルに「自分軸」「自己の拠り所」と表現することもできますね。シャインは、自分のキャリア・アンカーを知っていないと、「ほんとうの自分らしくない」と不満をもらし、納得のいかない転職になりがちなことを指摘しています。

「キャリア・アンカー」が生まれたエピソード

 「キャリア・アンカー」のネーミングは、某面接調査で対象者の発した言葉がきっかけでした。その人物はキャリア・アンカーにもとづく、つまり自分の価値観にあう仕事をしていた時に、「波止場についたようにいい感じだった」(『キャリア・サバイバル』白桃書房 p84)と言ったそうです。

 長い旅を終えて波止場につくと、船は錨(アンカー)を下ろし休息しますね。旅の投錨先とは安息地です。

 会社という組織で働けば、自身のキャリアを「経理一筋で行こう」と決めていた人が営業部に異動したり、その逆もあったりします。全てのキャリアが自分の価値観に沿う訳ではありません。

 本意ではない人事異動を経験すると、自身の中に、錨(アンカー)を下ろしたくなる波止場のような安息地(心的領域)のあることが、明らかになります。

 「対人関係が苦手だから経理だって決めていたのに、今さら、営業なんて、何でだよ。自分は一人で集中して、仕事の効率性を追求するのが好きなタイプなのに…」

 だとしたら、この人の「安息地」は、「一人で集中すること」や「仕事の効率性を高める意識」にあると言えます。

「キャリア・アンカー」が生まれたエピソード

 キャリアとは「生涯を通しての仕事経験」のことです。これは「内面的なキャリア」(internal career)と「外見上のキャリア」(external career)に分類できます。

キャリアの2分類
❶「内面的なキャリア」(internal career)
❷「外見上のキャリア」(external career)

 ❶「内面的キャリア」は、仕事や能力に関して自分が自分にもつイメージのことです。つまり、「セルフ・イメージ」です。自分がどう考え、どう感じているかであり、これは主観的なものです。

 ❷「外見上のキャリア」は、「どんな会社で、どんな仕事をしてきのか」、つまり職種、職歴など履歴書に書ける具体的な内容です。これは客観的なものと言えます。

 シャインは「キャリア・アンカー」を「内面的なキャリア」のひとつと考え、「あるひとが自分のキャリアを決める際、指針にも制約にもなる自己イメージのこと」(『キャリア・アンカー』 白桃書房 p12)と書いています。


8つのキャリア・アンカー

 では、シャインが想定した「8つのキャリア・アンカー」を以下にまとめていますので、参考になさってください。あなたの「キャリア・アンカー」はどれでしょうか?。

8つのキャリア・アンカー
  1. 専門・職能別能力(Technical/Functional Competence)
    自分の才能を発揮し、専門家(エキスパート)であることに満足を覚える。
  2. 経営管理能力(General Managerial Competence)
    組織の階段を上り、マネジメント(経営管理)を行う責任ある地位へ昇進することに意義を見出す。
  3. 自律・独立(Autonomy/Independence)
    自分のやり方、ペースなど、組織のやり方ではなく、自分のやり方で仕事ができることに価値を置く。
  4. 保障・安定(Security/Stability)
    安全で確実であり、将来の出来事を予測ができ、ゆったりとした気持ちで仕事ができるキャリアを希望する。
  5. 起業家的創造性(Entrepreneurial Creativity)
    新しい組織、製品、サービスを創造する意欲をもつ。自身の努力の結果としてそれが成功したことを認識し、財を成すことに強くひかれる。
  6. 奉仕・社会貢献(Service/Dedication to a Cause)
    何らかの形で世の中をよくしたいという欲求に基づいてキャリアを選択する。医療、看護、教育、聖職者などはこのアンカーをもっている可能性が高い。
  7. 純粋な挑戦(Pure Challenge)
    このアンカーをもつ人が定義する「成功」は、不可能を可能にすることであり、より困難な問題に直面するような仕事を探していく傾向がある。
  8. 生活様式(Lifestyle)
    個人のニーズ、家族のニーズ、キャリアのニーズを統合する柔軟な働き方(フレックスタイム、在宅勤務など)ができるキャリアを志向する。

キャリア・アンカーの診断方法

 「8つのキャリア・アンカー」を読んでみて、いかがでしたか?

 「働くうえで、どうしても、これはゆずれない」。

 そう思うのは、どれですか?

 もし「ゆずれないもの」が、明確にわかるのであれば、それが、あなたの「キャリア・アンカー」かもしれません。

 ちなみに「キャリア・アンカー」の自己診断は簡単にできます。質問紙に回答することで得点化され、重点を置くアンカーがわかるのです。

 その質問内容は、先ほどご紹介した『キャリア・アンカー』(白桃書房)にも掲載されていますし、セルフ・アセスメント(自己診断)としてより安価な『キャリア・マネジメント セルフ・アセスメント』(白桃書房 864円)にもあります。

『キャリア・マネジメント セルフ・アセスメント』(白桃書房)
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 『キャリア・マネジメント セルフ・アセスメント』(白桃書房 864円)には、各「アンカー」のより詳細は説明や、キャリア・アンカーの考え方についても解説されています。

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まっつん

 私は約9年間勤務した会社を、30代前半に自己都合で退職しました。その後、フリーランスで活動し始めて数年後に、「キャリア・アンカー」アセスメントに回答しました。

 私の場合、「①専門・職能別能力」「③自律・独立」のポイントが高く出ました。独立して専門的な仕事をしていますので、自身の「アンカー」が、キャリアを導いていたことを知り、なんだか笑えたというか、と同時に、深く納得できました。その他の数値も見ても、「なるほど、今の仕事は「天職」なんだな」と思えたのを記憶しています。面白いものですね!

 「自分らしく働く」

 そう言うのは簡単ですが、何を基準にすればいいのかを迷った時、「キャリア・アンカー」の考え方はひとつの指針になります。こうした、何らかのアセスメント・ツールを上手に利用しながら、「キャリア・デザイン」していく時代ですね。

 私が資格をもっているユング心理学をベースに開発された国際的性格検査MBTI®も、「人の生まれ持った性格を浮き彫りする」点が高く評価され、キャリア・デザインの現場で世界的に活用されています。個人セッションもしておりますので、ご興味ある方は、リンクのページをのぞいてみてください。

参考 MBTI個人セッションEARTHSHIP CONSULTING
MBTI公式テキスト・質問紙の画像
国際的性格検査MBTI® 「公式テキスト」と「質問紙」

 日本での「働き方」も、本当に多様になりました。転職するのは当たり前になり、職場に行かなくてもよい会社もあります。兼業・副業を認める企業まで登場し、今後ますます、自ら行う「キャリア・デザイン」が重要になってきます。

 多くの人が「天職」に巡りあうことを望んで、シャインは「キャリア・アンカー」の考え方を世界に広めました。

 「キャリア・アンカー」の「知」を手にすることで、あなたが「天職」に出会う、ちょっとしたきっかけになればと思います。 

(文:松山淳 イラスト:なのなのな