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ユングの見た夢(2)ユダヤ婦人の夢〜自己(セルフ)の夢

 『ユング自伝1』(みすず書房)に記録されている夢についての「後編」です。ユダヤ婦人の夢から、ユングの生涯にとって最も大切といえる自己(セルフ)の夢までを解説していきます。

『ユング自伝』(みすず書房)の表紙画像
『ユング自伝1』(みすず書房)
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神経症のユダヤ婦人にまつわる2つの夢

 「私は信仰を失った一人のユダヤ婦人の事例をあざやかに思い出す」(p201)とユングは書き、この症例の説明が始まります。ある日、ユングの夢の中に少女が登場します。

ユングの夢

 それは、見知らぬ少女が私のもとに患者としてやって来るという私の夢で始まった。彼女は私に自分の事例のあらましを述べた。私は彼女が喋っているあいだ「私には彼女が全くわからない。いったい何ごとかわからない」と考えていたのである。けれども突然、彼女はつねならぬほどの父親コンプレックスをもっているのにちがいないとわかった。そういう夢だったのである。

『ユング自伝1』(C.Gユング みすず書房)p201

 この夢を見た日、予約が入っていました。患者はユダヤ人で、裕福な銀行家の娘で知的な若い女性です。彼女はひどい不安神経症に悩まされていました。

 ユングは彼女と話し「夢の少女がこの人だ」とわかります。ところが、父親コンプレックスらしき話を聞き出すことはできませんでした。そこで祖父について尋ねると、彼女は目を閉じました。態度が変わったのです。

 彼女の祖父は、父親とは違う宗教を信仰をしていました。婦人は父親の宗教を信仰していたで、祖父の宗教(神)に対する恐れがあったのです。ユングは「あなたは神に対する恐れがあなたに入りこんだために神経症にかかっているのです」(p202)と告げました。

 その次の夜に、ユングはまた夢を見ます。

ユングの夢

 私の家でレセプションが行われており、みるとこの少女もそこにいた。彼女は私に近づいてきて「傘を準備されましたか。ひどく雨が降っていますよ」とたずねた。私はほんとうに傘をみつけ、開こうとしていじりまわし、今にも彼女にわたそうとしていた。しかし、いったい何がその代わりに起こったのか。私はまるで彼女が女神ででもあるかのように彼女に跪(ひざまず)いて傘を渡したのである。

『ユング自伝1』(C.Gユング みすず書房)p203

 ユングが跪(ひざまず)いているのが印象的です。つまり、ユングが跪(ひざまず)く何かを彼女はもっているのです。彼女はお金もあり、宗教的なことには関心を向けずに、現実的に生きてきました。

まっつん
まっつん

若い女性が関心もつ、恋愛、ファッションなどに意識を向けて生きていました。しかし、彼女の「真の自己」(無意識)は、彼女に宗教的な生き方を求めていたのです。それを拒絶していたために、神経症が生み出されていたのです。

 ユングは「彼女が霊的活動が要求される人間の部類に属していたために、私は彼女の中に神話的宗教的な考えを目覚めさせなければならなかった」(p203)と書いています。

 ユングがみた夢について話すと、彼女の神経症は一週間のうちに消えました。 

集合的無意識に関する夢

 ユングは、他の心理学者にない数々のユニークなコンセプト(概念)を生み出しました。

 「集合的無意識」(collective unconscious)は、その代表です。ユングは下の図のように心を3つのエリアに分けて、無意識を2つのエリアにわけました。

意識と個人的無意識と集合的無意識のイメージ図
ユング心理学の「3つの意識」

 「集合的無意識 / 普遍的無意識」(collective unconscious)は、「人類に共通する心のパターン」が生み出される場です。ユングが「集合的無意識」の考え方を主張したことも、フロイトと訣別する原因になりました。

 1909年、ユングとフロイトはクラーク大学の招きでアメリカに一緒に向かいます。7週間の船旅で互いの夢を分析しました。フロイトはユングの夢を不完全にしか分析できませんでした。その中で、ユングが「とくに私には重要であった」(p228)という夢が次のものです。

ユングの夢

私は自分の知らない家の中にいたが、それは二階建てであった。それは「私の家」であった。私は二階にいたがそこにはロココ様式のきれない古い家具の備えつけられた広間があった。(中略)階段を降りて、一階へつくと、そこにはもっと古いあらゆるものが揃っていて、私は家のこの分は、ほぼ十五、六世紀ごろの時代のものにちがいないと悟った。(中略)

重いドアに行きあたり、開けてみると、私はそのむこうに地下室に通じる石の階段をみつけた。ふたたび降りていって気がつくと、私は、ずいぶんむかしのものを思われるきれない丸天井の部屋にいた。(中略)私は壁がローマ時代のものだと了解した。(中略)またもや深いところへ降りていく石の梯子段がみえた。

私はまたこれらも降りていって、岩に彫り込まれた低い洞穴へ入っていった。(中略)原始文化の名残りのように、ばらばらになった骨やこわれた陶器類が散らばっていた。私は明らかに非常に古くなかばこわれかけた人間の頭蓋骨を二つ見つけたのである。それからめが覚めた。

『ユング自伝1』(C.Gユング みすず書房)p228

 この夢がヒントになってユングは、集合的無意識(普遍的無意識)の考えへと導かれていきます。

 ユングにとって最初の「人喰いファロスの夢」の時も、階段を降りていきました。「降りていく」ことは、往々にして「無意識」へ降りていくことを意味します。

 ユングは、この夢の中で、2階から1階、1階から地下へ、そしてさらに階段がありまたも地下へと降りていくのです。地下へ進めば進むほど、時代は古くなっていきます。

まっつん
まっつん

ユングは1階を「無意識の第一平面」とし、最地下の原始時代を思わせる空間を「私自身の内部の原始人の世界─意識のほとんど到達しえばい、あるいは解明されえない世界である」(p231)と解釈しています。

 この夢は、ユングが青春時代に憧れた「考古学」への関心をよみがえらせました。チューリッヒに帰ったユングは、バビロニア遺跡の本を取り上げ、さまざまな神話についての本を読み漁るようになります。特にフリードリッヒ・クロイツァーの『古代人の象徴と神話』に熱中しました。

 こうしてユングは神話を研究するようになり、世界各地に散らばる神話に共通する点のあることを解明し、「集合的無意識」の考え方を確立していくのです。

ユング心理学「集合的無意識とは」のアチキャッチ画像集合的無意識とは〈ユング心理学〉

フロイトとの訣別を予言する夢

 ユングは、フロイトが否定する「集合的無意識」の考えを含む著書『リビドーの変容と象徴』(英訳版『無意識の心理学』)を1912年に出版します。ユングは、この本がフロイトとの断絶を生むことを覚悟して、最後まで書き上げました。

フロイトの自画像
フロイト

 ユングは、この本にとりかかっている時に、フロイトの訣別を予感させる2つの夢をみます。

ユングの夢

 スイスとオーストリアの国境の山岳地帯の景色の中で、夕方近くのこと、私はオーストリア帝国の税関の役人の制服を着た年上の男をみた。彼はいくぶん前かがみな姿勢で、私は何ら注意を払わず歩き過ぎた。彼の様子は気むずかしく、むしろ憂うつそうで腹を立てていたようであった。そこには他の人も数人いて、そのうちの誰かが私に、その老人はほんとうにそこにいるのではなく、数年前に死んだ税関の役人の亡霊だと知らせてくれた。「彼はまだうまく往生できないでいる人たちのうちの一人なのです。」

『ユング自伝1』(C.Gユング みすず書房)p234

 ユングは「税関」からフロイト心理学の「検閲」という語を想起します。「税関の役人の制服を着た年上の男」からは、フロイトを連想します。

 この税関役人が亡霊であるとは、ユングにとって、フロイトが「亡霊」=「過去の人」になりつつあるということです。この夢をみたあと、しばらくしてみたのが次の夢です。

ユングの夢

 私はイタリアの町にいた。昼ごろで、十二時と一時のあいだだった。灼けつくような太陽が狭い通りにふりそそいでいた。(中略)群衆が流れるようにして私の方へやって来、それで私は店が閉まっていて人々が午餐をとりに帰る途中なのだとわかった。人々の流れの真只中に、完全武装した一人の騎士が歩いていた。(中略)それはまるで、彼が私以外のあらゆる人には全くみえないかのようであった。私はこの幽霊が何を意味しているのか自問してみた。するとそのとき、まるで誰かが私に答えたかのようであった。(中略)「そうです。これはいつもの幽霊です。その騎士はいつも十二時と一時のあいだにここを通りすぎ、ずいぶん長いあいだにわたってそうしているので、(中略)皆そのことを知っています。」

『ユング自伝1』(C.Gユング みすず書房)p234

  税関役人の夢が「気むずかしく、むしろ憂うつそうで腹を立てていた」とネガティブな「陰」のイメージであるの対して、上の夢は、昼であり、太陽がふりそぐ「陽」のイメージです。

 同じく幽霊が出てきますが、この夢の幽霊は「完全武装した一人の騎士」であり、活気にあふれていました。

 「騎士」と「税関」が対照的です。ユングは、税関の役人の亡霊がフロイトで、この夢の幽霊「完全武装した一人の騎士」を「自分」と解釈しました。

 腹を立て過去になろうとするフロイト。太陽を浴びて騎士になろうとうするユング。ふたりは、実際、夢のイメージの通りに、心に対する考え方の違いからから訣別することになるのです。

鳩と少女の夢(1912年)

 次の夢は、フロイトとの関係が悪化した1912年のクリスマスの頃にみた夢です。ユングはフロイトのもとを離れた後に、内的な不確実感に襲われようになっていました。

ユングの夢

 夢の中で私は壮麗なイタリア風の廊下にいた。(中略)私はルネッサンス風の金色の椅子に座って、類まれなな美しさをもったテーブルに向かっていた。(中略)

 突然、白い小鳥が舞い下りてきた。小さい海かもめか鳩のようであった。(中略)たちまち、鳩は少女に変身した。ブロンドの髪をした8歳ぐらいの少女であった。(中略)

 (子どもたちと遊んでいた)少女は帰ってきて、その腕を私の首にやさしくまきつけた。そして突然彼女は姿を消し、鳩がもどってきて人間の言葉でゆっくりと話した。

「その夜の最初の時間だけ私は人間の姿になれるのです。しかし雄鳩は12人の死人と忙しく働いています。」そして彼女は青空の中へと飛び去って行き、私は目が覚めた。

『ユング自伝1』(C.Gユング みすず書房)p246-245
※(子どもたちと遊んでいた)筆者追記

 非常に印象的な夢です。ユングは夢に出てきたテーブルや12という数字から連想を書いていますが、うまく解釈することができずあきらめてしまいます。「何らかの確さをもって私に解ることは、その夢が無意識の異常な活動を示しているということであった」(P247)と書きます。

鳩のイメージ

 フロイトと訣別した後の「無意識の異常な活動」は、ユング心理学を確立していく上で、数々のヒントを与えますが、同時に、多種多様な幻覚をみるようにもなり、苦しみを生み出すことにもなるのです。

第1次世界大戦を予知した夢

 1914年の春と初夏のころ、三度も同じ夢をくりかえしみています。

ユングの夢

真夏の最中に北極の寒波が下ってきて、土地を凍らせてしまうのである。たとえば、ローレヌ地方とその運河がすべて凍結してしまって、どこにも人がいなくなってしまう。すべての草木は霜枯れてしまっている。

『ユング自伝1』(C.Gユング みすず書房)p252

 1914年、4月、5月、6月にも、同じような不吉な夢を見る。

ユングの夢

恐ろしい寒さは再び宇宙からやってきた。(中略)そこには、葉があるが実をつけていない木が立っていた(私の生命の木だと私は思った)。その葉は霜の力によって変容され、治癒力をもった汁で充たされた甘いぶどうとなった。私はぶどうをむしりとって、待っている沢山の群衆に与えてやった。

『ユング自伝1』(C.Gユング みすず書房)p252

 ユングは、1913年の旅行中に幻覚を見ています。洪水が北海とアルプスの間の北の低地地方のすべてをおおい、多くの溺死体があり海全体が血に変わるのです。この幻覚は1時間続きました。そして、2週間たってからまた生じたのです。

まっつん
まっつん

ユングは「このような幻覚や夢は運命的なものであるので、私は何事かが起こるのではないかと覚悟していた」(p252)のです。そうして、1914年の8月1日、第1次世界大戦が勃発するのです。

 ユングは、夢や幻覚が現実と何らかの関係性のあることを知り、心の深さをさぐるために無意識と対決し、自らの夢や空想を積極的に記録として残していくようになるのです。

自己(セルフ)の夢

 ユングは、フロイトと訣別した後の、精神的な混乱の時期を脱けだし始めたのが、第一次世界大戦が終わる頃(1918年11月11日に大戦は終了)でした。

 ユングは1918年から19年にかけえて戦争被抑留英国人収容所の指揮者としてシャトー・ドェに赴任していました。この赴任期間にユングは「曼荼羅」を集中的に描くようになっていました。

まっつん
まっつん

そして曼荼羅が、「意識」と「無意識」を含めた心全体を統括する「自己(セルフ)』の象徴であることを理解していきます。「自己(セルフ)』は、ユング心理学の最重要コンセプトです。

 ユングは、「1918年から1920年の間に、私は心の発達のゴールは自己であること理解し始めた」(P280)と書いています。

そして、ユングは「自己(セルフ)』に関する夢を1927年に見るのです。

ユングの夢

 私はリバプールにた。私は何人かのスイス人─まず6人ぐらい─と暗い通りを歩いていた。(中略)

 私たちが広場についたとき、私たちは四角い場所が街灯にうっすらと照らされているのを見た。その場所へは、多くの街路が集まってきていた。(中略)中央には円形の池があり、その中央に小さい島があった。(中略)

 小さい島は陽の光で輝いていた。島の上には一本の木、赤い花ざかりの木蓮が立っていた。それはあたかも、木蓮が日光のもとに立っているし、同時に光の源であるかのようであった。

『ユング自伝1』(C.Gユング みすず書房)p252

 ユングは、この夢を見た後に、曼荼羅を描くことをやめてしまうのです。それほどユングにとってインパクトがあり、重要な夢であるといえます。

 ユングは、この夢について次のように書いています。

 この夢は一種の窮極性の感じを伴っていた。私はここにゴールが明らかにされたのを見てとった。誰も中心を超えてゆくことはできない。中心がゴールであり、すべてのものが中心に向けられている。この夢を通して、私は自己が方向づけと意味の原理であり元型であることを理解した。その中に治癒の機能が存在している。私にとって、この洞察は中心への接近、従ってゴールへの接近を意味している。そこから、私の個人の神話の最初の暗示が生じたのである。

 この夢の後で、私はマンダラを描くことをやめた。

『ユング自伝1』(C.G.ユング みすず書房)p282

 ユング心理学のひとつの到達点は「自己」(セルフ)です。意識と無意識が相互作用をしていきながら生涯を通して、心は成長し人格を発展させていきます。

 この「心の成長」「人格の発展」をユングは、「個性化」(individuation)とも「自己実現」(self-realization)とも呼びました。

個性化の過程とは(individuation process)のアイキャッチ画像「個性化の過程」とは〈ユング心理学〉

 自己(セルフ)への到達に終わりはありません。前進と後退、上昇と下降を繰り返し、次のステージが常に用意されており、スパラル状に発展していくプロセスです。それは生涯を通して続く「心のお仕事」です。

 

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(文:松山 淳


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