「個性化」(individuation)とは、ユング心理学の概念であり、その人が「本来そうなるであろう究極の自分」になっていくことである。「個性化」は生涯を通して成される心の成長。その道のりをユングは「個性化の過程」(individuation process)といった。
ユング心理学での「自我」と「自己」の関係をおさえ、「中年の危機」を例にあげながら「個性化の過程」(individuation process)について書いていく。
ユングの考えた「自我」と「自己」
日常会話では、「自己」と「自分」は、ほぼ同じ意味で使われていますね。「自己理解」といえば「自分を理解すること」ですし、「自己満足」といったら「自分が満足すること」です。
ユング(分析)心理学で「自己」というと、「自分」以上の意味があります。
上の図にあるように、ユングは心を「意識」と「無意識」にわけて、「意識」の中心を「自我(ego)」としました。そして、「意識」「無意識」をふくむ「心全体」の中心を「自己(self)」としたのです。
◇自我(ego)ー「意識」の中心
◇自己(self)ー「意識」「無意識」をふくむ心全体の中心
「自己(self)」は、自分の心を「まとめる」中心的な役割をします。「まとめる」だけでなく、現状にとどまららず、より高い次元へと向かう人格(人間性)を「高める」働きもします。
「生まれつきこういう性格なんだから、もう変わらない」
「今の自分で十分、もう成長しなくてもいい」
そんな風に、自分を決めつようとしても、それは「自我(ego)」の働きであり、「自己(self)」は「もっと成長しよう、もっと成長しよう」と、生涯を通して働きつづけるのです。
「自己(self)」は、「その人がなるべき究極の自分自身」といえます。
成長に関する「自己」の動きは、無意識の働きであり「成長衝動」といえます。より高いレベルへと成長しようとする衝動の存在は、「中年の危機」を考えると理解できます。
中年の危機(Midlife crisis)
人生、40年、50年と生きてくると、自分との付き合いも長くなり、「これ以上、成長を望んでもな〜」などと、自分に対する「あきらめ」が頭をもたげます。
心のどこかで「あきらめ」を感じつつ、現実は多忙であるのが中年期です。
会社では上司としてリーダーとしての役割を求められることが多くなります。すると、それまでの自分では対処できない事態が、多く発生してきます。
- 直感で判断し指示命令してきた人が、データに基づく「ロジカル力」を求められる。
- 人前で話すことから逃げていた人が、「プレゼン力」を求められる。
- 他人の気持ちに興味を持てなかった人が、部下のやる気を高める「共感力」を求められる。
ポジションが上がり人の上に立つと、リーダーとしての活躍できる「スキル」が求められ、それまでの自分を変えていく必要性に迫られます。
自分の使いやすい性格上の「利き手」だけを使っていれば現実に対処できていたのに、「利き手」の反対の手も使わないといけなくなる状況です。
ミドルは「自己変革の時」なのです。
ミドル特有の「自己変革期」をスムースに乗り越えらればいいのですが、壁にぶつかって「心の危機」に陥る人もいます。中年期に訪れる精神的な危機を「中年の危機」(Midlife crisis)といいます。
例えば、どちらかといえば、おとなしくて控えめな内向的な性格のAさん(35歳)がいたとします。大手企業で働き、着実にあげて優秀な社員として認められていました。その実績をかわれ、管理職(係長)に抜擢されました。
ところが、人とのコミュニケーションが苦手だったAさんは、何人もの部下をマネジメントする日々に追われて、疲れ果ててしまいます。会社に行くのも嫌になりました。
リーダーとなったAさんは、内向的な性格のよさを生かしつつ、内向の対極である「外向性」を開発して、自ら部下に積極的に関わっていこうとする意志と行動が求められます。
Aさんの「自我(ego)」レベルの認識は「おとなしい内向的な自分」でした。「たくましい外向的な自分」としてAさんは生きてきませんでした。意識の光が当たっていたのは「内向的な自分」です。
光があれば影ができます。
ユング心理学では、生きてこなかった自分の要素を「影」(シャドー)と呼びます。
「影」(シャドー)について、「ドラえもん」の話しと絡めて解説しているページもありますので、参考になさってください。「ドラえもん」に学ぶユング心理学「影」(シャドー)
Aさんにとっての「影」(シャドー)は、「たくましい外向的な自分」です。
内向的なAさん(光)⇄外向的なA さん(影)
影(シャドー)となっている要素を意識し育て発揮しようとする経験は、違和感・抵抗感がありとても疲れます。辛さ苦しさがともないます。これぞ「中年の危機」です。
しかし、危機(ピンチ)は、チャンスの時でもあります。
「中年の危機」は、「さらに成長せよ」と、運命が差し出す課題(試練)です。
Aさんは、自分が生きてこなかった「影」(シャドー)に光を当てて、自分の意識の中に取り入れること(統合)を求められているのです。
「心の統合」こそが、心の成長(意識の発達)です。
もし、Aさんが外向性を開発し「心の統合」に成功すれば、(その道のりはとても険しいのですが…)バージョンアップしたAさんとなって「中年の危機」を乗り越えていくことでしょう。
個性化の過程・自己実現
Aさんの「心の統合」でポイントとなるのは、「外」から何かを取り入れたわけではないことです。「影」(シャドー)もまた、心の「内」に存在していたAさんの「個性」のひとつです。
そう考えると、「心の統合」とは、生まれ持ったものが開花して行くことです。眠っていた「個性」が目を覚ましたとも言えます。
これがユングのいう「個性化」です。
「個性化」とは、自分が本来持つ「個性」が内から出てきて、その人が本来そうなるであろう自分へと、まとめあげられていく(統合していく)ことです。
「その人が本来そうなるであろう自分」が、ユング心理学では「自己(self)」のことです。
『自我と無意識』(第三文明社)の中で、ユングはこう書いています。
「個性ということばが私たちの内奥の究極的で何ものにも代えがたいユニークさを指すとすれば、自分自身の自己になることである。したがって、「個性化」とは、「自己自身になること」とか、「自己実現」とも言い換えることができるだろう。」
『自我と無意識』(C.G.ユング 松代洋一・渡辺学訳 第三文明社)P98
「自己(self)」は、「理想の姿」であると同時に、心で働く機能です。より高みへと人を導き「個性化」のプロセスを「まとめあげる役割」を果たします。
小さな種が、高さ数十mの巨木に育ちます。小さな種の中には、最初から「高さ数十mの巨木」になる要素が全て含まれています。巨木という「完成形」(全体)が、最初から「小さな種」にまとめられて存在していたのです。
心の「小さな種」なるものが「自己(self)」です。
Aさんは、自我レベルでの「自分らしさ」(内向的な自分でいい)から外向的な面を含めた、より高い次元の自分=「自己」(self)を実現したといえます。
人は生涯を通して「自己」(self)が働き成長していく存在です。自己の働きに基づく心の成長プロセスを、ユングは次の2つの言葉で表現しました。
「個性化の過程」(individuation process)
「自己実現」(self-realization)
心の奥には、自分の知らない大きな可能性である「個性」が眠っています。
その眠れる「個性」を目覚めさせていくほど「自分らしさ」が輝きます。そうして、人は、生涯を通して、自分がなるべき究極の「自己」(self)へと一歩、一歩近づき、自分が成すべきことを成し遂げていくのです。
ユングはこうも書いています。
個性化とは、まさに人間の集合的な使命を、よりよく、より完全に満たすことなのである。というのは、個人の特性に十分な顧慮が払われれば、それが軽視されたり抑圧されたりしたときよりも、より大きな社会的功績を期待できるからである。
『自我と無意識』(C.G.ユング 松代洋一・渡辺学訳 第三文明社)P94
大人の心(意識・知性)の発達を研究する「成人発達理論」があります。
昨今、トランスパーソナル心理学者のケン・ウィルバーが提唱した「インテグラル理論」が、日本で再評価されています。「インテグラル理論」は「成人発達理論」を応用しています。
「人間が、生涯を通してどんな意識発達を遂げていくのか」
その特徴を「段階(レベル)」に分けて考えます。
「成人発達理論」は、ユングの「個性化」の考え方を、より具体化したものといえます。「インテグラル理論」については、コラム「インテグラル理論by ケン・ウィルバー」に書きましたので参考になさってください。
心の成長(発達)の道は、高い山の頂上を目指すようなもので、時に険しい経験となります。
ですが、「個性化」が達成された時の手ごたえと満足感は、計り知れないものがあります。
自分を決してあきらめず、自分に期待しつづけましょう。
そうすれば、「自己」(self)の働きが、あなたを導くはずです。
個性化とは、前へ進みすぎた若さに溢れた意識が後ろへ取り残された古老の無意識といかにしてふたたび結合できるかという、今日的大問題への答えとしての、個人の全体化のことである。
『個性化とマンダラ』(C.G.ユング みすず書房)p143
(文:松山 淳)
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