カール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung 1875〜1961)は、スイスの心理学者・精神医学者であり、分析心理学(analytical psychology)の創始者である。近代精神分析学の開祖フロイトの後継者と高く評価された時期もあったが、意見の相違からフロイトと決別する。その後、独自の心理学(分析心理学)を確立する。
夢や神話を研究し「無意識」の構造を理論化していった。「元型」「集合的無意識」「シンクロニシティ」(共時性)「タイプ論」など、ユング独自の概念や理論を生み出す。享年85歳。
著書:『人間と象徴』(河出書房新社)『変容の象徴』(筑摩書房)『タイプ論』(みすず書房)ほか。
目次
ユングの名言1:何でもないものを大切に
1895年、20歳になる年に医学を学ぼうと、ユングはバーゼル大学に進学します。『ユング自伝1』(みすず書房)に「学生時代は楽しかった。万事知的にことが運び、また友情にめぐまれた時期だった。」(p147)と書いています。充実したキャンパスライフだったことが、この言葉からわかります。
でも、ユングは学生でいられるか否かを左右する危機を経験しています。バーゼル大学に入学した翌年、1896年に父親が亡くなるのです。金銭面で問題が発生しました。大学に通うより、退学して社会に出て働き、お金を稼ぐ道も考えられました。
この時、ユングの親戚が手を差しべてくれました。伯父さんは借金の形で3,000フランを用意してくれたのです。「楽しかった」と書いていますが、お金に困る日々を送っているのです。
この窮乏時代についてユングは、こんな言葉をのこしています。
私はこの窮乏時代を忘れはしないだろう。そんな時、人は何でもない物を大切にすることを学ぶのである。
この窮乏時代に、ユングは、1箱のたばこをもらったことがあります。たった1箱だけすが、「王子になったかのように思われた」(p147)と書いていて、それほど感動したようです。
その証拠に、ユングは日曜だけにタバコを吸うことにし、1箱のたばこが1年ももったといいます。
お金に困らなければ、タバコを1箱をもらっても、「王子になった」のような喜びは感じられないでしょう。貧しさが身にしみたからこそ、1箱のタバコという「何でももない物の大切さ」を学べたわけです。
何かを失い辛い時、ただ失っているだけでなく、
私たちは何かを学び、何かを得ていることを忘れたくないものです。
ユングの名言2:安全確実な道をとるものは…
1944年、69歳になる年、ユングは心筋梗塞のあとに足を骨折し、危篤状態になります。生死をさまようことなったのです。この危篤状態でみた神秘的ビジョンは、臨死体験者が語ることと共通しています。
ユングは、危篤状態を脱したあと、昼は憂うつな気分になりながら、夜中には恍惚状態となっていました。「私は、あたかも宇宙的空間を浮遊しているように、また宇宙という子宮のなかで安心しきっているかのように感じた」(p130)と自伝に書いています。
ユングは、生涯を通して数々の神秘体験をしていますが、心筋梗塞という大病直後の体験は最も強烈なものでした。こうした体験のひとつひとつが、ユング心理学を形づくるうえで大きな役割をはたしています。
この大病に関してユングは、「病気の初期には、私は自分の態度になにか間違いがあるという感じで、そのため病気になった」(p135)と考えていました。つまり、自分のせいで病気になったということです。
でも、仮に自分に間違いがあったとしても、その間違いがあったゆえに、ユングは「自分が自分らしくなれた」とも考えています。次の言葉が、それです。
「われわれには、失敗に陥ち入らず、致命的危険に遭わないという保証は、一瞬たりともない。安全確実な道も考えることはできる。そういう道をとるときには、もはやどのような場合にも、その場にふさわしいことを、なにもしない。安全確実な道をとるものは、死んでいるも同然である」
その人がその人らしくなっていくことを、ユング心理学で「個性化」(individuation)といいます。「個性化」はユング心理学の最重要キーワードです。
ユングの代表的な著作は、この病気の後から書かれ始めています。ユング自身も自伝で「病後、私にとって仕事上の実り豊かな時期がはじまった」(p135)と記しています。
安全確実な道をとるものは、死んでいるも同然である。
日々の仕事がマンネリ化し、安全な道ばかり求めて、限界に挑むことを忘れた時に読むと、ハッとさせられる言葉です。
心筋梗塞は、まさに命の危機でした。ユングは、非科学的なシンクロニシティ(共時性)という概念も発表し、批判を受けつづけ、医師として学者としての命を危ぶまれる「危険な道」を歩み続けた人でもありました。
とても安全とはいえない「危険な道」を歩んだからこそ、今も影響を与え続ける誰にも真似できない独自の心理学をつくりあげたといえます。
ユングの名言3:人格は大きさを増す
人の心には、「意識」と「無意識」の領域があります。
意識と無意識は、常に相互作用を起こしていて、互いを補い合う関係にあります。意識と無意識は補い合うことで、心全体のバランスをとろうとしています。バランスをとるとは、つまり「心の健全さを保つ」ということです。
意識と無意識が補償しあう関係にあるので、私たちの心は健康でいられるのです。
さて、ユングは「無意識」の領域をさらに2つに分けました。「個人的無意識」と「集合的無意識」です。
「集合的無意識」とは、心の深い層にある人類に共通したパターン(元型)で成立する「無意識の層」のことです。集合的無意識については、コラム「集合的無意識とは」に書きましたので、参考になさってください。
集合的無意識とは〈ユング心理学〉無意識があるとは、私たち誰にでも、「自分では意識できないこころの働きがある」ということです。シンプルにいえば、「自分の知らない自分を誰もがもっている」ということです。
この「自分では意識できないこころの働きがある」「自分の知らない自分」、つまり「無意識」を意識化していくことによって、「人の心は成長する」とユングは考えました。
著書『自我と無意識』(第三文明社)の中で、ユングはこう書いています。
「自らの無意識的な自己を実現する道を歩む者は、必然的に個人的無意識の内容を意識にとりいれ、それによって、人格は大きさを増すのである」
例えば、入社3年目のAさんが、「自分は仕事ができる」と、天狗になっていたとします。天狗状態ですので、「天狗になっている自分」には、自分では気づけません。
「最近、天狗になっているぞ」と上司に注意されても、「そうですか…」と聞き流し、心のなかで「仕事ができて、何が悪いんだ」とぼやき、注意を受け入れません。周りの人は「Aって、天狗になってるよね、何様のつもり…」と、陰口を言っています。
Aさんは「天狗になっている」ことを、意識に取り入れられない状態です。
このAさんが、例えば、その態度の傲慢さから長年の取引先から仕事を中断されたとします。原因はAさんの天狗になっている不遜な態度でした。Aさんは上司と一緒に取引先に謝罪しに行くことになりました。冷や汗をかきながら、Aさんは頭を下げました。
取引中止の事態を招いたAさんは、とても「仕事のできる人」とはいえません。高くなった天狗の鼻をへし折られました。この時になって始めて、Aさんは、自分が天狗になっていることに気づけたのです。
Aさんは「天狗になっている」自分を認め、「意識の領域」に取り入れることができました。
その後、Aさんが態度を改め、誰よりも謙虚に仕事に励むようになったら、それが心の成長であり、人格が大きくなったことを意味します。
無意識になっている自分に気づくこと、気づけていない自分を意識していくことが、私たちの成長につながるのです。
ユングの名言4:人格の成長は内からも起きる
人は生涯をかけて人格を発展させていきます。心には成長衝動があり、常に成長しようと動き続けます。
人の成長には、「外からの働きかけ」が大きく影響します。この世に生まれて、まずは親からいろいろなことを教わって、人は、成長していきます。やがて小学校に通い、中学高校と進学し、その間に、先生たちから友だちから様々なことを学び、人は変化していきます。
人の成長にとって「他人」の存在はとても大きなものです。
「外からの働きかけ」は、「他人」だけではありません。社会に起きる、自分が体験する「出来事」もそうです。日本は毎年、数多くの自然災害が発生します。例えば、被災者となって苦しんだ経験があった時、その経験は、良きにつけ悪しきにつその人の成長に何らかの影響を与えることでしょう。
「外からの働きかけ」は、人の成長に欠かせないものです。では、人の成長は「外からの働きかけ」によるものだけでしょうか。もちろん違いますね。
人の成長には、「内からの働きかけ」もあります。
ユングは『個性化とマンダラ』(C.G. みすず書房)の中で、次のように書いています。
「人格の本来の意味での成長とは、内的源泉から沸き上がってくる拡大を意識化するということである。」
私たちは様々な可能性をもって生まれてきています。その可能性をどれだけ開花させるかは、本人が、どんな心構えで、どれだけ努力するかに左右されます。
年を重ねてから才能の花開く人がいます。
「遅咲き」といわれる人たちです。「遅咲き」は、才能の開花が「遅い」ことを意味しますが、その人にとって、ちょうどよいタイミングで才能が開花したという見方もできます。
秋に植えたチューリップの球根が、冬を越して春になるとちょうど芽を出すように、その人にとってちょうどよいタイミングで才能が開花したと考えるのです。
そのタイミングは、その人の「内からの働きかけ」によって起きたことであり、その人の心の中で定められていたタイミングだったとも考えられます。
「遅咲き」の人たちが、もっと早くに才能が開花していたら、その才能を活かしきることができず、評価されなかったかもしれません。開花した才能に人格がともなわず、せっかく花開いた力を台無しにしてしまうかもしれません。
経営者、芸能人、トップアスリートなど…、第一線で活躍していた著名人が、人の道から外れることをして、突如として第一線から姿を消していくのは、多くのケースで人間性がともなわなかったからです。
ものごとにはタイミングがあります。そのタイミングは、本人も意識することのできない「内からの働きかけ」が大きく影響しているのです。
「外からの働きかけ」と「内からの働きかけ」。
このふたつがミックスして、私たちは生涯を通して、成長していくのです。
ユングの名言5:変化をやり抜くのは個人
人は夢を見ます。なぜ、夢を見るのかといえば、心のバランスをとるためです。
心には意識の領域と無意識の領域があります。意識の領域は、普段の自分です。普段の自分が完全であればいいですが、どんな人にも短所があり、その短所が原因となって、よくないことをすることがあります。
例えば、食べ過ぎ飲み過ぎは、よくないことのひとつです。
若い頃に、1日、2日ぐらい、食べ過ぎ飲み過ぎをしても、健康にさほど問題はないでしょう。でも、それを10年、20年と続けていくと、やがて健康に大きな問題を引き起こすことがあります。アルコール中毒の症状が出た時には、命にかかわることすらあります。
それは、心がバランスを崩して、偏(かたよ)っている状態ですね。
「意識」は、心全体からみたらあくまで部分であり、完全ではありませんので、どうしてもバランスを崩し、「偏(かたよ)る」運命にあるということです。
この「偏(かたよ)り」をもとに戻そうとして、つまり、バランスをとろうとして、無意識は働き続けているのです。その働きの代表例が「夢」です。
「夢」は、自分で書いた自分への手紙です。「夢」は、日頃の自分(意識の領域)に向けて、何らかのメッセージを送っています。特に、生き方が偏っている時、間違っている時には、「それは違うよ」「おいおい、自分、間違っているぞ」とメッセージを送ってきてくれているのです。
もし、食べ過ぎ飲み過ぎで体調を崩しているのなら、それに対する警告が「夢」の中で語られているはずです。だから、夢のメッセージに耳を傾けることは、決して無駄ではないのです。ユングは、著書『ユング 夢分析論』(みすず書房)で、こう書いています。
「辺りを見回して、自分では気が進まない何かを自分の代わりにしてくれる誰かを待っていればよい人などいないのである。自分に何ができるかわかる人などいない。だとすれば、満足のいく意識的な答えがどこにも見当たらない時には、ひょっとしたら無意識が助けとなる何かを知っているのではないかと、自らに問いかけるくらいは勇敢であってよいはずだ」
ユングの生きた時代は、まだまだ「無意識」の存在を否定し、批判する人たちであふれていました。自分で意識できない心の領域があるなんて、「ありえない」と無意識を否定する知識人が多かったのです。
だから「無意識が答えを知っている」と発言することは、とても「勇敢」なことだったのです。
今はどうでしょう。人によっては「夢が答えを知っているなんて、バカらしい」と否定する人もいますので、ユングの時代と変わらない面もあります。
とはいえ、ユングの時代から100年以上の時を経て、夢分析が現在まで、人の心を癒しつづけてきたことは、まぎれもない事実です。
どうしていいかわからなくなった時こそ、勇気を出して、無意識から送られてくるメッセージに耳を傾けてみましょう。
ユングの名言6:自分をコントロールする
わかっているようで、わかっていな自分。
もし、自分のことを完全にわかっているなら、自分のことを上手にコントロールすることができるでしょう。でも、多くの人が自分をうまくコントロールすることができず、悩んだり苦しんだりしています。
「悪いとわかっているけど、やめられない」
例えば、お酒を飲みすぎることは、「体に悪い」と、多くの人はわかっていますが、なかなかやめられないでいます。なぜ、やめられないのかといえば、心全体からしたら意識はあくまで部分であり、部分的な力しか持っていないからです。
だから、もし、自分を上手にコントロールできたら、それは、人として評価に値することなのです。
お酒を飲み過ぎて明らかに体調が悪いなら、しばらくお酒を飲むのをやめたり、休肝日を設けたりするなどして生活習慣を改めるのがよいでしょう。それが「自己コントロール」です。
ユングは『人間と象徴』(河出書房新社)の中で、こう書いています。
「われわれは“自分自身を統御すること”ができると言っているが、自分を統御するのは稀有な素晴らしい徳目である」
「統御」とは言葉がかたいですが、つまり、コントロールすることですね。
コントロールするのは、意識の仕事です。
無意識になっているものは、意識されていないのですから、コントロールできません。努力のしようがないのです。でも、意識化することができれば、コントロールしやすくなります。努力することが可能になります。
この意識できない自分を知っていくことで人は生涯をかけて成長していきます。人生とは、「自己コントロール」できるようになるための「永遠の旅路」といえます。
生きている限り、終わることのない課題が自己コントロールです。
だから、ユングは、自分をコントロールできることは「稀有な素晴らしい徳目」とまでいうのです。それほど、自己コントロールは難しいものであり、と同時に、もしできたら賞賛に値するものなのです。
ユングの名言7:人は仰天する体験をする
1921年に、ユングは『タイプ論』を出版しました。人の性格を8つのタイプに分類しました。理論上、ある人が8タイプの中のどのタイプであるかは、「生まれ持って決まっている」としました。
『タイプ論』の中でユングは、心の働きに「劣等機能」があることを提唱しました。「劣等機能」とは、エネルギーが注がれにくく、普段は、あまり使われていないか、使う時には、労力を要する機能です。
人の心には「外向」する心の働きと、「内向」する心の働きがあります。外の世界へと心のエネルギーを向ける「外向」を、日頃から無意識のうちに自然と使っている人は「外向タイプ」です。
「外向タイプ」の人にとっては、その反対となる心の働き=「内向」を使うことは、「外向」することに比べると労力がかかります。よって、「外向タイプ」の人にとって「内向」が「劣等機能」となります。
「外向タイプ」にとって、長い時間、例えば、1時間ほど、独りでじっと動かずに何かを考え続ける「内向」という心の作業は、かなりの努力を要するものです。
「外向タイプ」の人も、もちろん「内向」という心の機能をもっています。「外向タイプ」にとって「内向」は、努力を必要とすると同時に、その人にとって、将来的にさらに発達させることができる「心の可能性」とも考えられます。いわゆる「伸び代」ですね。
どんな人も、自分のタイプとは反対の「心の働き」をもっています。ですから、誰もが、発達させることができる「心の可能性」「伸び代」をもっているといえます。
つまり、「人間はどんな人も可能性に満ちた存在」なのです。
ユングは、著書『分析心理学』(みすず書房)の中で、こういっています。
「ほとんど毎年、今まで知らなかった何かが姿を現わします。われわれはいつも、さあこれで自分についての発見は終わったと思います。しかし、決して終わっていません。われわれは、自分がこうであり、ああであり、また別のものであるといった発見を繰り返し、時折、仰天するような体験もします」
「まさか、自分にできるとは…!」
そんな、いい意味での「自分に驚く経験」をしたことがないでしょうか。仕事や趣味や、はたまた、学生時代の何らかの活動などで…。
「自分に驚く経験」とは、「自分にはとても無理だ」と思ったことを、いろいろな人にサポートされながら、自分でも必死に努力した結果、どうにかこうにかやり遂げられた経験です。その時、「まさか、自分にできるなんて!」と感動したり、自分をほめたくなったりしたら、それが「自分に驚く経験」です。
知らなかった自分を知ることは、人を感動させます。「自分に驚く経験」は、人生を充実させます。
ユングがいった通り、人の心は生涯を通して成長していくのです。だから「自分に驚く経験」は、何歳になっても可能です。
あきらめることなく、何歳になっても、自分をあっと驚かせてみましょう。
ユングの名言8:小さなことから始まる
小さな変化が、大きな変化を生み出す。
それを、科学の世界では「バタフライ効果」といいますね。バタフライとは蝶のことです。蝶の羽ばたきが、ハリケーンの進路に影響を与えうることから、 小さな変化が、大きな変化を生み出すことを、「バタフライ効果」といいます。
SNSの世界で「バタフライ効果」は、常に起きています。「バズる」現象がそれですね。
フォロワーが数十人の人のツイートが、あれよあれよという間にリツートされて、爆発的な拡散現象が起きて、何十万人の人から「いいね!」をもらうことがあります。
SNSが誕生したことで、私たちは「バタフライ効果」を身近に感じることができるようになっています。
この様に、小さなことが大きなことにつながっていきます。だからこそ、小さな仕事にも真心をこめてしっかりやることが大切ですね。
ユングは、著書『心理療法の実践』(みすず書房)で、こう書いています。
あらゆる物事はいつでも小さな何かの中で始まります。目立たぬ個々の人々のもとで、骨が折れるものだというのは確かであっても、良心に基づく仕事を果たしていくことに労を惜しむべきではない。たとえ、私たちが目指す目標が到達不可能なはるか彼方にあるように思われたとしても。
小さな変化。ささいなことが思わぬ変化を生み出すことがあります。
ひとりの人が成長していくことは、この世界全体からみたら、ささいな変化かもしれません。でも、それは常に大きな変化につながる可能性をもっているという意味において、「偉大な変化」なのです。
ひとりの人の成長は、それがどれだけささやなものでも偉大なる変化。
人を育てることにたずさわる全ての人が、胸にしまっておきたい言葉です。
ユングの名言9:責任は自分に引き受ける
人生がうまくいっていない時、つい人のせいにしていまうのは、よくあることです。
人は自分が間違っているとは、思いたくない生き物です。間違っていることを認めてしまうと、自分を変える「大いなる努力」をしなくてはいけません。それはとても大変なことです。大変なことは 、できれば避けたいのが人の本音です。
ですから人は、「相手が間違っていて、自分は正しい」という「自己正当化」に精を出すのです。
「こうなったのは、私じゃなくて、あなたのせいでしょ」
「君がそんなだから、僕たちはうまくいかないんだよ」
「あなたが変わってくれたら、私だって変われるわ」
自己正当化が成功すれば、自分の責任が軽くなるので楽になれます。でも、楽になれるのは、一時的なものです。
なぜ、一時的なのでしょうか。なぜならば、人と人が一緒に何かをして、100%自分に責任がないということは稀(まれ)であり、相手に押しつけた責任は、ブーメランのように自分に返ってくるからです。家族のことや職場での仕事を考えてみると、きっとわかるでしょう。
ユングは著書『ユングの人間論』(思索社)の中で、こういっています。
「ひとりの人間が自分自身と他の人びとの生活をだいなしにしていることがいかにも歴然としているのに、その悲劇全体がわが身から起こり、次々にわが身から養分を得て維持されているということがなんとしても見えずにいるありさまは、しばしば痛ましい」
明らかに自分に非があるのに「私は間違っていない」という自己正当化は、しばしば痛ましいものです。
はたから見て痛ましいだけでなく、自分の無意識も「痛ましい」と思っているでしょう。
だから、うすうすとでも「間違っている」と気づいているのなら、その間違いを勇気を出して認めることが、幸せへの道を開きます。
「痛ましいこと」を変えるには「勇ましい心」が必要です。小さなプライドは捨てて、過ちを認める、勇気を出しましょう。
ユングの名言10:世界は神聖な美しさをもっている
ユングの生きた時代(1875〜1961)は、日本の年号でいえば、明治、大正、昭和です。
この時代には、世界を巻き込む大きな戦争がふたつありました。第1次世界大戦と第2次世界大戦です。決して穏やかな時代ではありません。暗黒の時代ともいえます。
近代精神分析学の源流にいる人たち(フロイト、アドラー、フランクルなど)はユダヤ人が多く、ナチスの「魔の手」の影響を強く受けました。ユングはスイス出身ですので、第2次世界大戦におけるナチスの「ユダヤ人狩り」の悲劇には巻き込まれませんでした。
心理学者第4の巨頭といわれるV・E・フランクルは、ナチスの強制収容所に収監され、地獄の日々を体験しています
そうした心理学の世界にも悲劇的な事実があり、ユングはナチス批判を行っています。
ユングは、社会の動乱、世界の不条理に胸を痛めつつ、一方で、人の「心」と「たましい」に畏敬の念を抱きつづけた人でした。ユングに、こんな言葉があります。
われわれの生まれてきた世界は、無慈悲で残酷である。
そして同時に、神聖な美しさをもっている。
天才と呼ばれ、世間から高く評価される人がいます。
その才能は「天賦の才」であることが多く、生まれ持ったものが大きく影響します。どんな親のもとに生まれるのか、どんな体で生まれるのか、自分の意志で決めることはできません。
時に、生まれ持ったものの「差」によって、人生が大きく狂うこともあります。それは、あまりにも残酷な事実です。
でも人は、その残酷で無慈悲な運命に対して、自分を律し鼓舞し、人としての「神聖なる美しさ」を見せることができます。どんなにひどい運命に苦しんでも、そこから立ち上がり、「美しい生き方」を後世にのこすことができるのです。
ユングのいう通り、世界は無慈悲で残酷かもしれません。
しかし、だからこそ私たちは、神聖なる美しき生き方をすることで、自分を成長させ、限りある人生において自分を輝かせることができるのです。
(文:松山 淳)
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