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自己効力感とは

自己効力感とは

 「自己効力感」とは、自分が取り組むことに対する「できる」という感覚のこと。英語ではセルフ・エフィカシー(self-efficacy)という。提唱者はカナダ出身の心理学者アルバート・バンデューラ(Albert Bandura)。「自己効力感」の概念は、モチベーション理論に大きな影響を与え、今も、研究が続けられている。

心理学者バンデューラは、「自己効力感を高める4つの視点」を提唱している。

  1. 「直接的達成経験」
  2. 「代理的経験」
  3. 「言語的説得」(社会的説得)
  4. 「生理的情動的歓喜」

 まず「自己効力感」(セルフ・エフィカシー)の概念を整理し、その後、「自己効力感を高める4つの視点」について解説していく。

自己効力感とは何か?

『激動社会の中の自己効力』(アルバート バンデューラ 金子書房)
『激動社会の中の自己効力』
(アルバート バンデューラ 金子書房)
バンデューラ
バンデューラ

 自己効力感の強い人は、人間として成就することや個人のウェルビーングをいろいろな方法で強めていく。あることに関しての能力を確信している人は、困難な仕事を、避けるべき脅威としてではなく習得すべき挑戦と受けとめて進んでいく。

『激動社会の中の自己効力』 (アルバート バンデューラ 金子書房)

 「自己効力感」(セルフ・エフィカシー)の概念を提唱したバンデューラの言葉です。「自己効力感」とは「自分ならできる」と、自分の力を信じる「確信」度合いのことです。自己効力感が「強い」と「弱い」とでは、その人の行動に差が出ます。メンタルにも影響を及ぼします。その結果、「自己効力感」の強い人は、そうでない人に比べて、自分が取り組むことの成功確率をあげることができます。

 「自己効力感」とは「主観」です。「自分がどう感じているか」です。他の人から「どう見えるか」ではありません。他人から「自信の無さそうな人間だな」と見えていても、本人が「自分はできる」と感じていたら、その人は「自己効力感が強い」と考えます。

「期待」が人を行動に駆り立てる

アルバート バンデューラ(Albert Bandura)
アルバート バンデューラ(Albert Bandura)
Psychologist Albert Bandura in 2005
Author:bandura@stanford.edu – Albert Bandura

 さて、人が何らかの行動をとるのは、そこに「メリット」があるからです。ご飯を食べると食欲が満たされます。おいしいご飯を食べられたら、「満足感」「安心感」「幸福感」など、「よりよい感情」を味わえます。さらに、必要な栄養素をからだに取り入れるので、より「健康」になる可能性が高まります。

 勉強が嫌いで学校に行きたいくない小学生も、朝、しぶしぶ学校に行けば、「親に叱られない」というメリットがあります。勉強は嫌いでも、「友だちには会いたい」という理由で、校門をくぐる子もいるでしょう。

 「幸福感を味わえる」「健康になれる」「親に叱られない」「友だちに会える」などなど、「メリット」は人の心理に影響を与えます。

 そう考えると、「メリット」への「期待」があるから、「人は行動を起こす」と理解できます。「〜すれば、〜といった『イイこと』があるだろう」という「期待」が、人を行動へと駆り立てているのです。

 これは「モチベーション理論」における「期待理論」の基本的な考え方です。バンデューラは、この「期待」を「効力期待」「結果期待」の2つに分解して考えました。下の【図1】をご覧ください。

【図1】結果期待を効力期待(Bandura 1997)
【図1】結果期待を効力期待(Bandura 1997)
『モチベーションをまなぶ12の理論』(鹿毛雅治編 金剛出版)
p258掲載図を元に作成

「効力期待」と「結果期待」

 「効力期待」「結果期待」について、「禁煙」で考えてみます。

 禁煙すると様々な「イイこと」(メリット)があります。タバコ代が不要になり家計が助かります。お小遣いが増えるかもしれません。街中ではタバコを吸う場所が制限され喫煙場所を探すのに苦労する時代です。タバコをやめれば場所を探す心理的ストレスから解放されます。ポイ捨てして罪悪感を感じることもありません。さらに、ガンに罹患するリスクが低下したり健康にとても良い影響を与えます。

 以上、禁煙はたくさんの「イイこと」(メリット)「期待」できます。

 でも、愛煙家にとって禁煙はとても難しいことです。どれだけメリットを並べられても喫煙の誘惑に勝てません。禁煙しようと思っているけど、できないのです。禁煙に取り組んでみたけど、失敗してしまうのです。「わかっちゃいるけど、やめられない」状態ですね。

 「ニコンチン中毒なんだから仕方ない」という考え方もありますが、実際に、「禁煙」に成功する人はいますので、「中毒」だけが原因ではないはずです。

 「わかっちゃいるけど、やめられない」状態とは、メリットに対する「期待」がどれだけ大きくても、どれだけ「イイこと」が揃っていても、人の行動に与える影響は少ないと考えられます。

 そこで、バンデューラは、「家計が助かる」「場所探しのストレスから解放」「健康にいい」などは、よく考えると、行動した結果として受け取れるメリットだと考え、それらの「期待」を「結果期待」と定義しました。「お小遣いがあがる」のは、「禁煙に成功した、その結果」の話しですね。

まっつん
まっつん

 だとすると、人の行動の源泉になる「自信」は、どこに位置付けられるのでしょう。「自信がある」「自分にはできる」という「自己効力感」は、確かに存在し、行動をを引き起こし、その行動を持続させる力になっています。これは、行動する前の段階で、すでに備わっていることがあります。

 そう考えると、人には「結果期待」とは違う、「自分ならできるだろう」という、自分の「力」に対する「期待」があると考えられます。これをバンデューラは「効力期待」としました。ですので、「自己効力感」は、効力期待になります。

 『社会的学習理論』(バンデューラ 金子書房)では、「結果期待」を「結果予期」、「効力期待」を「可能予期」と表現していて、バンデューラはこう記しています。

『社会的学習理論』(バンデューラ 金子書房)昭和54年初版
『社会的学習理論』(バンデューラ 金子書房)
昭和54年初版
バンデューラ
バンデューラ

結果予期は、ここでは、ある行動がある結果に導くだろうという個人の推測として定義される。

可能予期とは、その結果が生ずるのに必要な行動をうまく行うことができる、という確信である。

『社会的学習理論』(バンデューラ 金子書房)昭和54年初版 p89

 新入社員の頃、人前で話すのが苦手だった人がいたとします。プレゼンがある日は「不安」だらけで胃が痛くなっていました。それが、プレゼン経験を重ねていく度に、自信がついてきて、「次もきっとうまくできるだろう」「不安」「確信」に変わっていきました。「自己効力感」が高まったわけですね。

「効力期待」と「結果期待」のマトリクス

 人の行動は必ず「結果」ともないますので、「結果期待」がモチベーションに与える影響はゼロではなく、「効力期待」と組み合わせて、バンデューラは次のようなマトリスクを提示しています。

効力期待と結果期待の高低の組合わせによる行動・感情への影響(Bandura 1997)
効力期待と結果期待の高低の組合わせによる行動・感情への影響(Bandura 1997)
『モチベーションをまなぶ12の理論』(鹿毛雅治 編 金剛出版)
p262掲載図を元に作成

Aエリア 「結果期待」「効力期待」双方とも高い

 Aエリアは、「結果期待」も「効力期待」も高い状態です。例えば「プレゼンがうまくいけば、数億円の取引を成立させることができる」という「結果期待」があり、と同時に、「自分ならプレゼンを成功させられる」という「自己効力感」(効力期待)もあります。これはモチベーションの高い状態です。

Bエリア 「結果期待」は高いが「効力期待」は低い

 Bエリアは 「結果期待」は高いが「効力期待」は低い状態です。取引の額は大きく、成功すれば会社からも高く評価されます。成果主義が導入されており賞与の額も大きく変わってきます。ですが、「自分にはとてもできない」と気落ちしている状態です。「どうせ自分なんか」と自己卑下し、劣等感に苦しめられることもあるでしょう。

Cエリア 「結果期待」は低いが「効力期待」は高い

 Bエリアは、「結果期待」は低いが「効力期待」は高い状態です。取引の額は大きく会社に大きな利益をもたしますが、人事システム上、それで評価されるわけでも、給与がよくなるわけではありません。「自分にはできる」と考えていますので、不平不満が多くなります。上司に抗議したり、環境を変えようと転職を考えたりするでしょう。

Dエリア 「結果期待」「効力期待」双方とも低い

 Cエリアは、「結果期待」「効力期待」双方とも低い状態です。会社に貢献しても期待できることはなく、また、貢献できるという確信もない状況です。例えば、ブラック上司のもとで、日々、大声で叱責され続け、伸びる力も伸ばすことができない才能を潰されてしまっている状況です。

 「こんな会社で働き続けても、何ひとついいことない」

 「期待」できることが少ないブラック職場で働いていると、人は無気力になり、あきらめの心境になっていきます。鬱病を発症することもあるでしょう。


 それでは、次から「自己効力感をどうやって高めていくのか?」について、お話していきます。

自己効力感を高めるには?

 では、「自己効力感」は、どのようにして高めていくことができるのでしょうか。

 「根拠のない自信」。そんな言葉があります。いつでも自信満々で、失敗しても失敗しても挫けない人がいます。うらやましい限りですが、多くの人は、「自己効力感」の無さに悩んでいるものです。

 バンデューラは下の図にある通り、4つの考え方を提示しています。

自己効力感を高める4つの視点

  1. 「直接的達成経験」:成功体験を積み重ねていくこと
  2. 「代理的経験」:他人の成功体験を見たり知ったりして自己効力感が高まる
  3. 「言語的説得」(社会的説得):他人に「君はできる」と励まされること
  4. 「生理的情動的歓喜」:心身を健康な状態に保つこと

 それでは、ひとつひとつ説明していきます。

セルフ・エフィカシーの誘導方法と主要な情報源(Bandura 1997)
セルフ・エフィカシーの誘導方法と主要な情報源(Bandura 1997)
『モチベーションをまなぶ12の理論』(鹿毛雅治 編 金剛出版)
p265掲載図を元に作成

直接的達成経験

 「直接的達成経験」とは、簡単にいうと「成功体験」のことです。難しい仕事を苦しみながらでも「成功」に導いた経験は、「これだけの難しい仕事を成し遂げたんだから、次もできる」と「自己効力感」を高めます。

 バンデューラは、こう言っています。

バンデューラ
バンデューラ

たやすく成功するような体験のみであれば即時的な結果を期待するようになるし、失敗するとすぐ落胆してしまうだろう。効力感の強さには、忍耐強い努力によって障害に打ち勝つ体験が要求される。

『激動社会の中の自己効力』(アルバート バンデューラ 金子書房)p3

 この言葉で強調しておきたい点は、バンデューラが、「たやすい成功」では「自己効力感」は高まらないと考えていることです。「忍耐強い努力によって障害に打ち勝つ体験」と書いているように、「自分はできる」と確信を持てるようになるには、厳しい試練をくぐり抜けての「成功体験」が必要なのです。

代理的経験

 「代理的経験」とは「他者の成功体験を見たり知る」ことです。例えば、入社当時、パッとしなかった同期が営業成績でトップになったとします。入社当時はむしろ自分の方が成績でも社内評価でも間違いなく上でした。能力に「差」があるわけではありません。だとしたら「あの同期にできたんだから、自分にでもきる」と「自己効力感」は高まるでしょう。

 逆境をくぐり抜けた人の話しを聞くのも「代理的経験」です。

 事業が倒産し、数億円の借金を抱えて鬱状態になり、世間から白い目で見られ罵声を浴び、人生のどん底を味わった人が、再び、起業して成功する。そんな成功譚を聞くと、胸に熱いものがこみ上げてきて「やる気」を刺激されます。

 これは「社会的認知論」で「モデリング」と呼ばれる概念です。自分の「モデル」となる人から自信をわけてもらうのです。

 ですので、尊敬する人や師(メンター)から直に経験談を聞くことは、「自己効力感」にいい影響を与えます。本を読むのも講演を聞きに行くのもいいでしょう。「自己効力感」はひとりで育むものではなくて、他者との協働(コラボレーション)によってなされるものです。

バンデューラ
バンデューラ

何度も進路を阻む障害物に忍耐強く対処しているモデルが示す、何事にもひるまない姿勢は、モデルによって示された技術以上のものを、観察者に与えることができる。

『激動社会の中の自己効力』(アルバート バンデューラ 金子書房)p4

言語的説得(社会的説得)

 とても尊敬し信頼している人から、「あなたには才能があるから、大丈夫」と励まされたどうでしょうか。自信喪失状態で「自分にはもうできない」と思っていても、その道のプロフェッショナルや第一線で活躍し確かな実績を上げてきた「本物の人」から「君(あなた)なら、きっとできる」と勇気づけられたら、胸が熱くなって「できる気がしてくる」のではないでしょうか。

 例えば、プロ野球選手を目指す少年が尊敬するイチロー選手から、あるいはサッカー少年が憧れの世界のスーパースター「メッシ」から、「君は才能がある、きっとプロになれる」と言われたどうでしょう。少年が自分のスポーツに取り組む姿勢に何らかの変化があるはずです。

 2019年W杯で大活躍したラグビー日本代表もかつは世界では勝てないと、世間からも言われ、選手たちも自信喪失状態でした。そこにオーストラリアをW杯で準優勝に導いたエディー・ジョーンズが監督に就任し「世界で勝てる」「W杯で勝利できる」と選手にいい続け、世界レベルの厳しい練習「ハードワーク」を課しました。そして2015年、第8回W杯では「南アフリカ」(スプリングボクス)に勝利する奇跡を起こしました。まだ記憶に新しいところです。

 「社会的説得」とは、繰り返し成功を信じさせる言葉を投げかけられることです。親から教師から上司から、人は言葉を投げかけられ「自己効力感」を育んでいくのです。

バンデューラ
バンデューラ

ある行動を習得する能力がある言われて勧められた人は、問題が生じたときに、自分の欠陥についてくよくよ考えたり、自分に疑念を抱いたりしないで、その行動により多くの努力を投入し続けるだろう。

『激動社会の中の自己効力』(アルバート バンデューラ 金子書房)p4

生理的情動的喚起

「生理的情動的喚起」とは、良好な心身状態の時に「自己効力感」は高まるということです。『激動社会の中の自己効力』の中では、バンデューラはこう言っています。

バンデューラ
バンデューラ

身体の状態を向上させ、ストレスやネガティブな感情傾向を減少させ、身体の状態を正しく把握することである。

『激動社会の中の自己効力』(アルバート バンデューラ 金子書房)p5

「生理的情動的喚起」とは、言葉は難しいですが、つまり「健全な体に健全な心が宿る」の教えです。

 風邪を引いて38度の熱があったらパフォーマンスは下がり、気分も滅入るでしょう。普段は自信があるのに、「今日はできる気がしない」と、自信喪失状態になります。

 日々、自分の心と体をしっかりとケアし、よりよい状態を維持することで「自己効力感」の向上が可能になるのです。

まとめ&「自己効力感」の文献

 「自己効力感」は、1970年代にバンデューラが提示した概念です。「古典理論」に分類されてもおかしくありませんが、今も注目され、研究は続けられています。臨床心理の観点から「自己効力感」に焦点をあてた書としては、『セルフ・エフィカシーの臨床心理学』(著, 編集坂野 雄二ほか 北大路書房)があります。

『セルフ・エフィカシーの臨床心理学』(北大路書房)
『セルフ・エフィカシーの臨床心理学』
(著, 編集坂野 雄二ほか 北大路書房)
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 また、今回、とても参考になったのは、『モチベーションをまなぶ12の理論』(鹿毛雅治 編 金剛出版)です。この本は著名な「モチベーション理論」が網羅されていて、その中でバンデューラの「自己効力感」がピックアップされています。原書を紹介しつつ、学術的な知識を押さえて論が展開されているので「モチベーション理論」を学ぶ人たちにとっての良書です。

『モチベーションをまなぶ12の理論』(鹿毛雅治 編 金剛出版)
『モチベーションをまなぶ12の理論』
(鹿毛雅治 編 金剛出版)
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 「自己効力感」の概念、そのものは決して難しくありません。一言で言ってしまえば「自分はできるという感覚」のことです。また、それを向上させる4つの観点も、ある意味、とてもシンプルでわかりやすいことです。

 わかりやすいが故に、「わかっちゃいるけどできない」となりがちです。そう考えてしまうと「自己効力感」は遠ざかります。特に、他者との協働(コラボレーション)によって「自己効力感」が高まる視点は忘れないでほしい点です。

 どんな一流の人たちにも「教えてくれた人」がいます。イチロー選手にも、メッシ選手にも教えてくれた人はいました。世界のスパースターたちだけでなく、名経営者も優れたリーダーたちも、自分ひとりで、できるようになった人はいません。むしろ、人の話をよく聞き、「いいものは取り入れ、悪いものは捨て」と、そんな「教えられず上手」だったから一流になれたのでしょう。

 よりよい「自己効力感」のために、人の言葉に耳を傾けることを忘れないでいましょう。

(文:松山 淳


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