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V・E・フランクルの名言〈10選〉

フランクル心理学 10名言 アイキャッチ画像

 ヴィクトール・E・フランクル(Viktor Emil Frankl 1905-1997)は、20世紀最大の悲劇といわれるナチスの強制収容所から生還した心理学者です。世界三大心理学といえば「フロイト」「ユング」「アドラー」であり、この3人に次ぐ「第4の巨頭」がフランクルです。

 「生きる意味」に着目する「ロゴセラピー」(Logotherapy)の創始者であり、ナチスの強制収容所を生き延びた体験からフランクル心理学は「逆境の心理学」とも呼ばれます。「ロゴ」とは「意味」のことです。「ロゴセラピー」は、「意味による治療」(therapy through meaning)、「意味による癒し」(healing through meaning)といえます。

 フランクル心理学は読書療法に適していると言われます。なぜなら、心理学者の本は、とかく専門家向けのものが多いのですが、フランクルが書いた『夜と霧』(みすず書房)『それでも人生にイエスと言う』(春秋社)などは、一般の人が読んでも勇気づけられる本になっているからです。

 そこで、フランクルの書いた本の中から、名言といえる言葉をピックアップし、紹介していきます。

フランクルの名言1:癒しの力は、意味の中にある

 フランクルは、人間には意味を求める根源的な心の働きがあると考えました。その根源的な心の働きを「意味への意志」(will to meaning)と名づけました。人間とは、人生に「生きる意味」を求める存在なのです。

『〈生きる意味〉を求めて』(V・E・フランクル[著]、諸富祥彦[監訳] 春秋社)の表紙画像
『〈生きる意味〉を求めて』(春秋社)
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 「この辛く苦しい状況にも意味がある」

 そう感じられるならば、人は、その辛い状況に耐えられると考えました。反対に、「意味がない」と感じてしまうと、心の力がなくなり、生きる力が弱いものになっていってしまうというのです。

 そこで、フランクルは

フランクルの名言

悲劇に直面していても、幸せな人はいる。
苦しみにもかかわらず存在する意味ゆえに。
癒しの力は、意味の中にこそあるのです。

『〈生きる意味〉を求めて』(V・E・フランクル[著]、諸富祥彦[監訳] 春秋社)

 経済的に豊かで、社会的に地位もある、いわゆる「成功者」と呼ばれる人が、「生きる意味」の欠落感から深く苦悩してしまうことがあります。社会的に成功しても、人生が虚しく意味のないものに思えて、死にたくなってしまうのです。

まっつん
まっつん

 全ての人がそうなるわけではありません。ですが、生きる意味のなさ、虚しさに悩む人が存在するのは事実です。時に人は、それほどまでに「生きる意味」を希求するものなのです。

 フランクルは、「生きる意味」に苦悩する人と対話を重ね、救い続けた人です。

 どんな時にも人生には意味がある。どんな苦しい時にも、そこに「生きる意味」は必ずある。

 そう苦悩する人々を勇気づけたのです。 

フランクルの名言2:使命が人を強くする

 名著『夜と霧』(みすず書房)は邦題であり、原題は、「強制収容所におけるある心理学者の体験」です。「夜と霧」とは、ユダヤ人狩りのナチスの作戦名から来ています。夜、霧のようにユダヤ人一家が連れ去れいなくなっていたのです。

 ナチスの強制収容所は人間の尊厳を全て奪われるような場所です。地獄の体験を通して、フランクルは発見しました。いつ死んでおかしくない過酷な状況にありながらも、それによく耐えた人とそうでない人との違いです。

『意味による癒し』 (V・E・フランクル 春秋社)の表紙画像
『意味による癒し』(春秋社)
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 フランクルは、その違いを次のように記しています。

フランクルの名言

「ナチスの強制収容所で証明されたことですが(さらに後に日本と朝鮮でもアメリカの精神科医たちによって確認されたことですが)、満たすべき使命が自分を待っていることを知っている人ほど、その状況に容易に耐えることができたのです」

『意味による癒し』(ヴィクトール・フランクル[著]、山田邦男 [監訳] 春秋社)

 フランクルは、強制収容所に連行される時、ロゴセラピーに関する原稿をコートの裏地に縫い付け隠し持っていました。しかし、収容所に到着した時に、身ぐるみ剥がされ奪われてしまいました。

 フランクルは、地獄の日々で、奪われた原稿を書き直します。いつかこの原稿を出版することが彼の「使命」でした。

 発疹チフスにかかり高熱にうなされ寝込んだ時にも思いついたことをメモしました。使命まつわる仕事をしたことで、死に至る発疹チフスにも打ち克つことができたと、フランクルはいっています。

 使命があるとは、希望があることです。

 フランクルのいう、「どんな時にも人生には意味がある」が真実なら、こう言えます。

「どんな時にも人生には希望がある」

フランクルの名言3:人間が本当に必要としているものは

 フランクルは、原稿の再生に必死に取り組み、発疹チフスという死の山を乗り越えました。この経験から、心の健康のために、ある程度の緊張状態が必要だと説きます。

 ストレスと聞くと、健康を害するネガティブなイメージがありますが、適度なストレスは、人の心に張りを与えます。上司があまりに甘いと、チームに緊張感がなくなり、結果的に士気が下がって、よくない結果となります。

まっつん
まっつん

 スポーツチームの練習でも、選手たちに緊張感がないと思わぬケガにつながります。毎日、毎日、常に緊張していたら疲れてしまいますが、緊張感があることで人は何かを成し遂げられるものです。 

 フランクルは「使命」をもつことの大切さを説きました。使命を持ったからといって幸運に恵まれるわけではありません。高い志を掲げ使命にそって行動しようとすれば、不条理な現実で壁にぶつかり、むしろ悩み苦しむことの方が多いです。それが現実です。

 つまり、使命を果たそうと行動すること、人生を緊張状態に置くことでもあります。そこでフランクルはいいます。

『意味による癒し』 (V・E・フランクル 春秋社)の表紙画像
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フランクルの名言

人間が本当に必要としているものは緊張のない状態ではなく、彼にふさわしい目標のために努力し苦闘することなのです。彼が必要としているのは、是が非でも緊張を解除するということではなく、彼によって充足されることを待っている可能的意味の呼びかけなのです」

『意味による癒し』(ヴィクトール・フランクル[著]、山田邦男 [監訳] 春秋社)

 「可能的意味の呼びかけ」とは、運命から問いかけです。

 「この運命は、私に何をせよと求めているのだろう?」

 この問いかけへの答えとは、自分が「今すべきこと」です。

 「今すべきこと」を 緊張感をもって行うことで、心に張りが生まれ、人は強くなれるのです。

フランクルの名言4:最善を尽くしているか?

 ある日、ひとりの青年がフランクルのもとを訪れました。「生きる意味がない」ということについてフランクルと議論になります。青年は言いました。

「あなたはなんとでもいえますよ。あなたは現に、相談所を創設されたし、人々を手助けしたり、立ち直らせたりしている。私はといえば……。私をどういう人間だとお思いですか。私の職業をなんだとお思いですか。一介の洋服屋の店員ですよ。私はどうしたらいいんですか。私は、どうすれば人生を意味あるものにできるんですか」

『それでも人生にイエスと言う』(V・E・フランクル[著]、山田邦男 松田美佳[訳] 春秋社)

 青年の口調について何も書かれてありませんが、言葉から察するにかなり怒っている様子です。

 上にある「相談所」とは、フランクルが24歳の時に創設した「青年相談所」のことでしょう。悩める若者たちを対象に匿名で相談を受けられる場所です。ヨーロッパの6都市に設立されています。

 青年からするとフランクルは、偉大なことを成し遂げた成功者です。だから「生きる意味がある」といえるのであって、ただの洋服屋の店員である人間では、人生を意味あるものにできるはずがない、と憤慨しているのです。

 これに対するフランクルの答えが次の言葉です。

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フランクルの名言

「なにをして暮らしているか、どんな職業についているかは結局どうでもよいことで、むしろ重要なことは、自分の持ち場、自分の活動範囲においてどれほど最善を尽くしているかだけだということです。」

『それでも人生にイエスと言う』(V・E・フランクル[著]、山田邦男 松田美佳[訳] 春秋社)

 どんな立派な会社に勤めていても、仕事を好きになれず、手抜きばかりしているような人であったら、「生きる意味」を実感することは難しいでしょう。

 反対に、世に知られない小さな会社で働いても、仕事が好きで、常にベストを尽くそうと、イキイキと働いているならば、その人の人生には「生きる意味」で満ちているでしょう。

 フランクルは、どんな時にも「最善を尽くすこと」をすすめます。

 なぜならば、最善を尽くすことによって、知らずのうちに「生きる意味」は満たされていくからです。

フランクルの名言5:名もなき人の生き方が偉大

 フランクルは「名もなき人」の生き方、その存在をとても大切にしていました。なぜなら、フランクル心理学は、彼のもとを訪れる「名もなき人」との対話から生み出されたものだからです。

 「名もなき人」の存在なくして、フランクル心理学はないといえます。

 市井でささやかに暮らす名もなき人々の全力を尽くす献身的な働きが、この世界の宝です。名もなき人々の良心に基づく高貴な働きが、この世界を確かに前進させています。

『死と愛』(みすず書房)の表紙画像
『死と愛』(みすず書房)
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 フランクルは「名もなき人々」について、『死と愛』(みすず書房)の中に、次の言葉を残しています。

フランクルの名言

「職業と家庭が与える具体的な使命を実際に果たしている一人の単純な人間は、その「ささやかな」生活にもかかわらず、数百万人の人々の運命をペンの一走りで決定できても、その決定において良心なき「偉大な」政治家よりも偉大であり高貴なのである

『死と愛』(V・E・フランクル みすず書房)

 鎌倉期の僧侶最澄の「山家学生式」に、こんな言葉がありました。

 「一隅を照らす、此れ、則ち、国宝なり」。

まっつん
まっつん

 一隅とは、今現在、自分の与えられた場所のことです。あなたの与えられた場とは、どこでしょう。人によって、それは職場であり、学校であり、家庭であるでしょう。

 その与えられた場において、最善を尽くして自身が輝き、その場にいる人たちを明るく照らせば、それが国宝といえるほど価値あることです。国を越え時を越え、真理の存在を感じさせてくれる言葉です。

 どんな会社に勤めているか、どんな仕事をしているかではなく、どんな姿勢で仕事をしているか。

 それが大切です。仕事に臨むその姿勢によって、どんな仕事をしていても人生に意味は満ちてきます。

フランクルの名言6:この世の中もひどくはない

 自殺する決意をした女性がフランクルに電話をかけてきました。深夜、午前三時です。

 フランクルは彼女と話し合いました。自殺をやめるように説得し、翌朝、自分に会いにくる約束をとりつけます。現れた女性は、フランクルにいいます。

 「先生、もし先生が夜おっしゃった議論のひとつでも、私に何らかの効果を与えたと思われるなら、それは誤解というものです。もし、私が感銘をうけたとすれば、それはただひとつ、寝ているところをたたき起こした私に、怒って怒鳴りつけるどころか、しっかり三十分も辛抱強く話しを聞いて、説得してくれたひとがいるということです。そんなことがあるのなら、もしかしたら本当に人生に、生きつづけることに、もう一度チャンスを与えてもいいじゃないかと思ったのです」※3

『フランクル回想録』(V・E・フランクル[著]、山田邦男[訳] 春秋社)

 彼女は、フランクルが話した内容によって、自殺をやめたわかではなかったのです。

 夜中の3時にもかかならず突然の電話に出て、話してを聞いたフランクルの存在そのものに胸を打たれ、自殺の決意をとりさげたのです。

 フランクルに、こんな言葉があります。

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フランクルの名言

命をささげるような人たちがいるうちは、この世の中もひどくはないのです。
この世の中にそういう人たちがいるうちは、生きる意味があるのです。

『それでも人生にイエスと言う』(V・E・フランクル[著]、山田邦男 松田美佳[訳] 春秋社)

 フランクルの存在を通して、自殺を決意した女性は、「愛」を体験したのです。

 自殺を決意するということは、自分の生きるこの世界に絶望したからであり、それは「愛される」ことの少ない「生きがい」のない人生だったのでしょう。

まっつん
まっつん

  しかし、フランクルと言葉を交わした30分は、胸を打たれる「愛される時間」となりました。だから彼女は、自らに生きるチャンスを与えることができたのです。

 フランクルの「愛」とは、「人間愛」と表現できます。

「人間愛」は言葉を超越し、他者の心を癒します。そして、時に命をも救います。

 このエピソードはフランクル自身にとっても大きな意味のある体験であり、彼の立場からすると「人を愛した」体験といえます。「人を愛する」「人から愛される」体験を通して、人生は意味で満たされ「生きがい」を感じられるようになるのです。

フランクルの名言7:言葉よりも大きなもの

 フランクルが囚われたナチスの強制収容所は、死が隣り合わせの絶望的な場所でした。ナチスの衛兵から日常的に暴力をふるわれる、次から次へと人が亡くなっていきます。

 フランクルは、ついさっきまで話していた人が、外で亡くなっているのを発見する、という経験をしています。

 強制収容所は、希望を持つことが極めて困難な場所。ですので、誰もが自己中心的になり道徳感を失っていくのは当然と考えられます。

まっつん
まっつん

 しかし、フランクルが見た光景は違っていました。人に優しい言葉をかけたり、自らパンを分け与えたりする人たちがいました。倫理観を失わない模範になる人たちが存在したのです。しかも、その数は決して少なくなかったのです。

 『夜と霧』(みすず書房)で、フランクルはこう書いています。

『夜と霧』(みすず書房 霜山徳爾 訳)の表紙画像
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フランクルの名言

「たとえば各ブロックの囚人代表の中には優れた人物がいたが、そういう人物は彼のしっかりした勇気づける存在によって、深い広汎な道徳的影響を統率下の囚人に及ぼし得る多くの機会をもっていたのである。

模範的存在であるということの直接の影響は常に言葉よりも大きいのである

『夜と霧』(V・E・フランクル みすず書房)

 言葉を超える影響力は、「その人がその場で、どんな態度をとるか」にかかっています。

 そこで、フランクルは強く主張します。

 どんな状況に置かれても、どのような態度をとるのか、その決断は本人にかかっており、どんな決断をするのか、そこには常に自由があり、その決断の自由は、死の直前まで人間から決して奪うことはできない。

与えられた場で、自分は、今、どんな態度をとっているだろうか?

そう自問自答し、自己を律し続けることは、模範的な生き方へとつながっていきます。 

フランクルの名言8:苦悩は人間の業績

 アメリカの大学生が、フランクルに手紙を書いてきました。手紙にはこう記されていました。

「ぼくは学位をもち、ぜいたくな車を所有し、金銭的にも独立しており、またぼくの力に余るほどのセックスや信望も思いのままです。ぼくにわからないのはただ、すべてのものがどのような意味をもつべきかということだけです」

『生きがい喪失の悩み』(V・E・フランクル[著]、中村友太郎 [訳] 講談社)

 この大学生は、学歴はよく、お金もあり、女性に好かれ、人望まであります。一体、何が不満なのでしょう。

 しかし、彼は苦悩しています。人生に生きる意味がない、と苦しんでいます。

 人は、経済的に「満たされない」から苦悩します。でも、「満たされた」としても苦悩するのです。

 「生きる意味」があるかないかなど、他の動物は考えもしません、には見られない特徴です。この苦悩とは、人間に特有の悩みといえます。

 そこでフランクルは、「ホモ・パティエンス」(Homo Patience)という言葉をつくりました。「ホモ」は「人間」という意味であり、「パティエンス」は、「苦悩に耐える」です。

 

『〈生きる意味〉を求めて』(V・E・フランクル[著]、諸富祥彦[監訳] 春秋社)の表紙画像
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フランクルの名言

苦悩する人は、苦しむ術を知る人、自分の苦しみからさえも、人間的偉業を創り上げる手立てを知っている人である

『〈生きる意味〉を求めて』(V・E・フランクル[著]、諸富祥彦[監訳] 春秋社)

 人間とは苦悩する存在であり、同時に、苦悩に耐える存在。

 苦悩に意味を見い出し、耐え、その苦悩を通して成長していく存在。

 苦しみ悩むことは、とかくネガティブにとらえられます。しかしそれは、苦悩の一面に過ぎません。人は苦悩を通して、精神的にも肉体的にも成長していくことができます。

 苦悩するからこそ、達することのできる高い境地があり、その高い境地には、苦悩なくしてたどり着くができません。

 私たちは、「ホモ・パティエンス」(Homo Patience)だからこそ、生涯を通して、高みを目指して成長していくことができるのです。  

フランクルの名言9:人生は人間に絶望しない

  ナチスの強制収容所で人は希望を失っていました。希望を失い、絶望をしていく人が、共通して口にする言葉がありました。

 「私はもはや人生から期待すべき何ものも持っていないのだ」

『夜と霧』(V・E・フランクル みすず書房)

 人生に期待することが何もない。地獄のような状況ですから、当然の感覚といえます。

 フランクルは、強制収容所でも、絶望した人を救い続けました。その考え方が、次の言葉に凝縮されています。

『夜と霧』(みすず書房 霜山徳爾 訳)の表紙画像
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フランクルの名言

「ここで必要なのは生命の意味についての問いの観点変更なのである。すなわち人生から何をわれわれはまだ何を期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれから期待しているかが問題なのである。そのことをわれわれは学ばねばならず、また絶望している人間に教えなければならないのである」

『夜と霧』(V・E・フランクル みすず書房)

ここに人生観のコペルニクス的転回があります。

 人生から期待できることを問うのではなく、人生が期待していることを問うのです。

まっつん
まっつん

 自分を中心にして人生を眺めるのではなく、人生を中心にして自分を眺めるのです。つまり、人生から何を与えてもらうかではなく、人生に何を与えることができるか、です。

 絶望とは、「私の願い」「私の期待」が裏切られている状況です。ですから、私を中心として「願い」「期待」を考えれば考えるほど、それは不可能に感じられて辛くなるばかりです。

 そこで、問いを反転します。「私」を中心に問うのではなく、人生を中心にして問うのです。「人生が私に願っていること」「人生が私に期待していること」を考えます。人生からの願い、期待されていることを考え出し、それを行うのです。

 フランクルは、「人間とはいつでも問われ、期待さている存在」だと考えました。

 「期待されている」とするならば、そこに希望があります。期待されているのだから、「今やるべき」ことが、そこにあります。その「今やるべき」ことを通して、運命を切り開いていくのです。

 人間は人生に絶望しても、人生は人間に絶望しないのです。

フランクルの名言10:人の「最善の形」を信じる

 フランクルは、自身が作り出した心理学「ロゴ・セラピー」を「高層心理学(height psychology)」と表現することがあります。

 フランクルは心理学者の「第4の巨頭」と呼ばれます。それ以前に世界三大心理学者の「フロイト」「ユング」「アドラー」がいます。彼らの心理学は心の深層を対象とするため「深層心理学(depth psychology)」と呼ばれます。この概念に対峙する考え方が「高層心理学」です。

 心の深層を目指すのではなく、人としての「最善の形」を目指すのが「高層心理学」です。フランクルは、次の言葉をのこしています。

 

『〈生きる意味〉を求めて』(V・E・フランクル[著]、諸富祥彦[監訳] 春秋社)の表紙画像
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フランクルの名言

私たちが人間の潜在力を最善の形で引き出そうとするなら、その潜在力の「最善の形」が実際に存在しているということ、そしてそれを現実のものにできるということを、私たちはまず信じなければならない。

『〈生きる意味〉を求めて』(V・E・フランクル[著]、諸富祥彦[監訳] 春秋社)

「深層心理学」に対する「高層心理学」は、人間の高い境地を求めていく側面があるため、「そんなのただの理想論だ」と批判されます。

「人は人生に意味を求めるというが、そんな高尚な人に会ったことないし、自分も生きる意味なんて考え方ことがない」

「世の中を見渡せば、欲まみれの人間ばかりじゃないか。生きる意味があるとかないとか、そんなのどうでもいいじゃん。楽して儲けて、食べて飲んで寝て、人生ハッピーならそれでいいじゃん」

 現実世界を眺めた時、フランクル心理学に感じる違和感は、あって当然です。人間を過大に評価し、過度に理想化しようとしていると、フランクルは批判され続けました。

 人間が「意味への意志」を持ち、高みを志向することへの批判に対しフランクルは、飛行機が行う「斜め飛行」の例えで反論を試みます。

「斜め飛行」とは、風による機体の流れを計算に入れた飛行方法です。

 例えば、大阪から東京に飛ぶ時、強い北風が吹くとします。方角は東になるので、北風が吹くと南東に流されます。それでは目的地の東京には辿り着けません。そこで、飛行機は北東に向けて飛びます。すると東に向かう状態を維持できます。地図で見ると、上から風が吹き飛行機は下方に流されますが、上方に向かおうとすることで正しい航路となるのです。

 フランクルは、人間には常にこの「北風」のような人を下方へ押しやる、つまり、人間を堕落させる力が働いているのだとします。

「自分の中の、より高い欲求や目標を含んだ、高いレベルで自分自身を見る経験がない限り、人間もまた、その人が本来持っていたであろうレベルより低い所に落ち着いてしまうのである」

『〈生きる意味〉を求めて』(V・E・フランクル[著]、諸富祥彦[監訳] 春秋社)

 人は天使にもなれば、悪魔にもなります。

 フランクルは、ナチスの強制収容所で嫌というほど人間の醜い面を見てきました。人間が悪魔になる「最悪の形」を知っています。だからこそ、上方(人としての高い境地)を目指そうとする意志を持って人生航路を進まなければならないと、フランクルは声を大にするのです。

 「最善の形」を目指そうとする生き方に「生きる意味」が宿ります。

まっつん
まっつん

 悪魔のようなひどい人間がいるのは事実です。でも、模範となる天使のような人がいるのも事実です。誰もが「最善の形」を心に眠らせています。

 この世界は良いことばかりではありませんが、決して、悪いことばかりではありません。

 「最善の形」が開花する可能性に目を向ける生き方が、私たちの心を強くしてくれます。

(文:松山 淳


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