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「自己超越」とは何か

フランクル心理学「幸せになるために」のアイキャッチ画像

 「自己超越」Self-transcendence)とは、自我意識が消えて、すべきことに極度に集中しているような心理状態のこと。また、自己にとらわれない行為を志向する「生きる態度」のこと。ロゴ・セラピーの創始者ヴィクトール・エミール・フランクル(Viktor Emil Frankl)や心理学の第3勢力「人間性心理学」の生みの親アブラハム・ハロルド・マズロー(Abraham Harold Maslow)が、「自己超越」の概念を持論として展開した。

フランククルの考える自己超越

ヴィクトール・E・フランクル(Viktor Emil Frankl)の自画像
ヴィクトール・E・フランクル(Viktor Emil Frankl)

 オーストリアの心理学者ヴィクトール・エミール・フランクル(Viktor Emil Frankl)は、フロイト、ユング、アドラーに次ぐ「第4の巨頭」と呼ばれる世界的偉人です。かのアルフレッド・アドラー(Alfred Adler)に破門された経験を持ち、独自の心理学「ロゴ・セラピー」を確立しました。

 第2次世界大戦の時には、ナチスの強制収容所に収監され、いつ死んでもおかしくない地獄の日々を生き延びました。その体験を綴った『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』(みすず書房)は、世界的ベストセラーとなり、今も、世界中の人々に読まれています。

『夜と霧』(V.E.フランクル みすず書房)
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 そのフランクルは、著書『生きがい喪失の悩み』(講談社)の中で、こう書いています。

『生きがい喪失の悩み』(V・E・フランクル 講談社)の表紙画像
『生きがい喪失の悩み』(講談社)
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「彼が自分の課題に夢中になればなるほど、彼が自分の相手に献身すればするほど、それだけ彼は人間であり、それだけ彼は彼自身になるのです。
 したがって、人間はもともと、自己自身を忘れ、自己自身を無視する程度に応じてのみ、自己自身を実現することができるのです」

『生きがい喪失の悩み』(V・E・フランクル 講談社)p26

 仕事や趣味に没頭すると、自分が「している事」に意識が没入して、自分を意識する心(自我意識)が消えます。時を忘れ、自分を忘れ、今、自分がどこにいるのかも忘れ、「している事」と「自分」が一体化しているような感覚になります。

 ただ、没入している時に、その「一体化」を意識することはありません。ふと我に返った時に、つまり自我意識が戻ってきてから「一体化」の感覚に気づくのです。

読書での没入体験

 例えば、自分の好きな小説をのめり込んで読んでいる時に、そうなるでしょう。小説の世界に没入し、登場人物たちと一緒になって、喜んで笑ったり、悲しい場面では、本当に涙が流れたりします。ただ、文字を読んでいるだけなのに、です…。

 読書を終えて、ふと、時計に目をやると、「あれ、もうこんな時間か!」と、思った以上に時が流れていて驚いた経験はないでしょうか。その体験が自分を忘れ「自己超越」していた心理状態です。それはとても素晴らしい読書体験だったといえるでしょう。

 自分を忘れれば忘れるほど、自分をある事に没入させればさせるほど、より豊かで質の高い体験をすることになるのです。

仕事での「自己超越」体験

 仕事でも「自己超越」体験は起きますね。

 夜遅く、人気の少なくなったオフィスで、イヤホンをつけ音楽を聴きながら、企画書を完成させようとキーボードをたたきます。やがて極度の集中状態となって、一気に、企画書ができあがりました。

 「ふ~、やっと終わった!」。そうつぶやき、我に返ったとたん、突然、イヤホンから音楽が聞こえてきます。

まっつん
まっつん

 集中している時にも、音楽は流れていました。でも、仕事に没頭すると、自分という意識(自我意識)が消えるので、流れている音楽に気づけなくるなのです。これは、とても質の高い集中状態といえます。

 集中できていない時は、音楽が気になって、今聴いている曲から別の曲にしたり、あるいは、「集中できないな〜」とぼやいて、イヤホンをつけたり外したり、落ち着きがなくなります。

 これは、仕事に集中できていない、自分に「とらわれている」心理状態ですね。

 「自己超越」とは、自分を超越している心理ですので、「自己へのとらわれ」は、その反対にある状態と言えます。

 フランクルは、『宿命を超えて、自己を超えて』(春秋社)の中で、こう書いています。

『宿命を超えて、自己を超えて』(春秋社)
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自己超越とは、人間存在がいつでも、自分自身ではないなにものかへ向かっているという基礎的人間学的事実のことである。人間存在はいつでも、自分自身ではないなにかや自分自身ではないだれかへ、つまり実現すべき意味や、出会うべき他の人間存在へ、向かっている」

『宿命を超えて、自己を超えて』(V・E・フランクル 春秋社)

 仕事に集中するとは、自分ではない「仕事」に向かうことです。この自分ではない「何か」に向かうことが「自己超越」です。ですので、しっかり自分ではないものに向きあえたら、自己を越えて行くので、自分(自我意識)は、消えるわけです。

 「時を忘れて没頭する」

 そんな言葉がある通り、自己超越をしていたら、時間感覚が無くなるのも特徴です。


心理学者チクセントミハイのフロー体験

 時や自分の存在を忘れるぐらい没頭する状態は、スポーツをしている時にも発生します。アスリートたちは、それを「ゾーンに入る」と表現します。

まっつん
まっつん

 「ゾーンに入る」と、速く動いているものがスローに見えたり、次に何が起きるのか全てわかるような特殊な心理状態が発生したりします。そして、自身の能力を越える極めて高いパフォーマンスを発揮するのです。この「ゾーンに入る」現象は、数多くのアスリートが体験し、繰り返し確認されています。

フロー体験とは

 「ゾーン」と、ほぼ同じ概念に心理学者ミハイ・チクセントミハイが提唱した「フロー」(flow)があります。

 「フロー」は、自分にとっての最高な状態を経験した人にインタビューして生まれました。彼ら彼女らは、「流れている(floating)ような感じだった」「流れ(flow)に運ばれた」と表現していたのです。

『フロー体験 喜びの現象学』(世界思想社)の表紙画像
『フロー体験 喜びの現象学』(世界思想社)
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 チクセントミハイは、自著『フロー体験 喜びの現象学』(世界思想社)で、次のように記しています。

「フローしている時、人は最善を尽くし、たえず能力を高めねばならないような挑戦を受ける。その時、人はこれが自己にとって何を意味しているのかについて考える機会はない──もし自分自身にあえて自己を意識させようとすれば、その経験は奥深いものとはならないだろう。しかし後にその活動が終わって自意識が戻った時に人が顧みる自己は、フロー体験前のものと同じではない。それは今や新しい能力と新しい達成によって高められているのである。」

『フロー体験 喜びの現象学』(M.チクセントミハイ 世界思想社)p84

 上の「自己にとって何を意味しているのかについて考える機会はない」は、自我意識の消失のことですね。チクセントミハイは「自意識の喪失」と表現し、これを「フロー」の特徴と考えています。

 そう考えると、チクセントミハイが提唱した「フロー」も、「自己超越」している心理状態だといえますね。

 フロー体験については、コラム128「フロー体験とは」に書いていますので、参考になさってください。


マズローの自己超越

 では、アブラハム・ハロルド・マズロー(Abraham Harold Maslow)は「自己超越」をどう考えていたのでしょうか。

マズロー(Abraham Harold Maslow)の自画像
マズロー(Abraham Harold Maslow)

 マズローといえば、「5段階の欲求階層説」が有名です。その最上位は「自己実現欲求」でした。「自己実現」とは、自分の持つ潜在的な部分も含めた資質・能力を最大限に活かして、「最善・最高の自己」に到達していくことです。

 マズローは晩年、人間の「至高体験」(peak experience)に着目し、「自己実現欲求」の上に「自己超越欲求」を設定しました。

マズローの欲求階層説のイラスト図
マズローの欲求階層説

 「至高体験」には「神秘体験」も含まれます。

 人智を越えた存在(自然、宇宙、神、魂など)を前提としていて、神秘的な存在を見たり、ふれたりする経験も「至高体験」です。スピリチュアルな存在(神、天使など)を求める心情は、時として、人間に強くあわられる心理です。

 「自己超越欲求」の考え方を軸に、マズローは心理学第4の勢力といわれた「トランスパーソナル心理学」を提唱するようになります。そして、トランスパーソナル学会を設立するのです。

 マズローは自著『完全なる人間』(誠信書房)の中で、「至高体験」にふれながら、こう書いています。

『完全なる人間』(マズロー 誠信書房)の表紙画像
『完全なる人間』(誠信書房)
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「自己実現する人間の正常な知覚や、平均人の時折の至高経験にあっては、認知はどちらかといえば、自我超越的、自己忘却的で、無我であり得るということである。それは、不動、非人格的、無欲、無私で、求めずして超然たるものである。自我中心ではなく、むしろ対象中心である…(中略)…美的経験や愛情経験では、対象に極度にまで没入し、「集中する」ので、まったく実際のところ、自己は消えてしまうばかりである。」

『完全なる人間』旧版(A・マズロー 誠信書房)p99

 「自己は消えてしまうばかりである」とあるように、マズローも自我意識が消えることにふれています。

 自分のすべきことに本気になって、自分のことを忘れてしまう。そうした自己を超越した「無我の境地」である時が、人間にとっての最高の心理状態です。

 自分へのこだわりを捨て、目の前のすべき事に全力を傾けている。まさに「無我夢中」とは、このことです。「無我」とは、自我意識の無い状態です。

 本当の意味で「無我夢中」になれた時、人間は「自己超越」でき、質の高い人生経験をすることになるのでしょう。

(文:松山 淳


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