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フロー体験とは

コラム128フロー体験とは

 「フロー体験」(flow experience)とは、目標達成に向けて自己のもつスキルを発揮し、自分の存在を忘れ時間感覚が消えるほど没頭できた時に生じる、「楽しさ」「ワクワク感」「充実感」などに代表される最適な心理状態のこと。心理学者ミハイ・チクセントミハイ(Mihaly Csikszentmihalyi) が提唱した。フロー体験を研究し構築された理論を「フロー理論」(flow theory)と呼ぶ。

 フロー理論について書かれたチクセントミハイの2冊の本『フロー体験 喜びの現象学』(世界思想社)『フロー体験入門 楽しみと創造の心理学』(世界思想社)を参考文献とし、「フロー体験」と、フローを体験しやすい「自己目的的パーソナリティ」について解説する。

フロー体験について。

フロー理論の始まり

 「フロー理論」の提唱者は、心理学者ミハイ・チクセントミハイ(Mihaly Csikszentmihalyi)です。1934年イタリアで生まれ、1956年に渡米し、主にシカゴ大学心理学科を拠点に活躍しました。

 「フロー理論」の原点は、1968年、学生に出されたレポート課題にあります。「遊び」から発生する「楽しさ」に興味を持っていたチクセントミハイは、学生に対して「大人の遊び」をテーマに、レポートを書くよう指示しました。

 

心理学者ミハイ・チクセンチミハイ
ミハイ・チクセントミハイ
(Mihaly Csikszentmihalyi)

 当時の心理学で、「子どもの遊び」ついての研究はありましたが、「大人の遊び」はありませんでした。大人だって遊びます。スポーツをしたり音楽を演奏したり、自分の好きな趣味に没頭して「楽しさ」「ワクワク」を感じます。それは、「幸福感」の源泉であり、自己にとって最適といえる肯定的な心理状態です。

 学生たちは、フットボール、ジャズ、チェス、ディスコダンスなど、様々な遊びの場面での心理状態について、大人へインタービューしました。提出されたレポートを読むと、遊びの種類は違っていても、その心理状態に多くの共通点があったのです。

まっつん
まっつん

インタビューを受けた大人たちは、「流れている〔floating〕ような感じだった」「私は流れ〔flow〕に運ばれたのです」と答えていました。この言葉から、人が何かを成し遂げようと、没頭している時に生じる最適な心理状態(最適経験)を、「フロー体験」(flow)と、呼ぶようになったのです。

 この研究を原点として、チクセントミハイは、その規模と期間を拡大していきます。1990年、米国で出版された『フロー体験 喜びの現象学』(世界思想社 p61)には、「12年以上にわたって数千人の回答者から集められた長時間の面接、質問し、その他の資料に基づいて概観する」とあります。

 研究成果が発表されると、世界の心理学者たちが「フロー」を研究するようになりました。1968年から現在に至るまでデータは蓄積され、「フロー理論」は、心理学の一分野としてポジションを確立しています。


最適経験としてのフロー

 いかがでしょうか。「フロー」を体験したことがあるでしょうか。

 趣味や仕事で、自分が設定した目標を達成しようと、それに取り組み、かなり集中できた時、結果はどうであれ、その時間を振り返ってみて、「あ〜楽しかったな〜」「充実していたな〜」と、肯定的な感覚を覚えたことがあるなら、それがあなたにとっての最適経験(optimal experience)であり「フロー体験」といえます。

『フロー体験 喜びの現象学』(世界思想社)の表紙画像
『フロー体験 喜びの現象学』(世界思想社)
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 チクセントミハイは、最適経験としてのフロー状態について、『フロー体験 喜びの現象学』(世界思想社)の中で、こう記述しています。

 意識の中に入り続ける情報が目標と一致している時、心理的エネルギーは労せず流れる。心配する必要はなく自分が適切に行動していることに疑問を抱く理由はない。自分自身について考えるために立ち止まる時でも、万事うまくいっている証拠に常に励まされる。「なかなかいいじゃないか」。肯定的なフィードバックが自己を強化し、より多くの注意が内外環境を処理するために解放される。

『フロー体験 喜びの現象学』(M.チクセントミハイ 世界思想社)p50

 上の文章を読んでみると、「目標と一致」「肯定的なフィードバック」など、フロー体験には、いくつかの条件のあることがわかります。つまり、スマホでYouTubeやTikTokを、ぼ〜っと眺めていただけの体験は、楽しかったとしても、それは「フロー体験」とはいえないのです。

 では、チクセントミハイは、「フロー体験」にどんな条件があると考えていたのでしょうか。フローが起きる条件について、次からお話していきます。


フローが起きるには条件がある。

 テレビをただ眺めているだけでは、例え集中できたとしても、それはフロー体験とはいえません。フローは、ある特定の条件が重なった時に起きやすいと、チクセントミハイは考えています。

「チャレンジ」と「スキル」のバランス

 そのひとつが、「チャレンジ」の度合いと「スキル」のバランスです。以下の図をご覧になると、それがよくわります。

『フロー体験入門』(世界思想社)p43掲載図を元に作成

 例えば、サッカーボールに触ったこともない少年A君が、サッカー教室に通い始めたとします。スキルのレベルは、ほぼゼロです。

 いきなりコーチから「リフティングを連続で100回やってみろ」と、実現不可能な目標を設定されたら、「不安」しかないでしょう。かといって、「まだ初心者だから練習に参加しないで、見学してろ」と言われ、チャレンジ度合いの低い状態が続けば、つまらないですし、サッカー教室に来た意味を感じられず、「無気力」になってしまいます。

「ゾーンに入る」もフロー体験のひとつ

 半年間、A君は懸命に練習を重ね、リフティングを連続で100回できるようになりました。ドリブルも上達し、スキルはかなり高いレベルになりました。すると、練習だけでは「退屈」になり、試合に出てみたいと思うでしょう。

 ある日、A君はコーチからレギュラーに選ばれ、初めて試合に出場しました。初めての試合ですからチャレンジ度合いは高くなります。でも、それに伴った高いスキルがあるからこそ、試合に出られるわけです。

 A君は、試合中のことをよく覚えてませんでしたが、無我夢中になって、体が勝手に動くような「流れる感覚」を何度か覚えました。実際、巧みなドリブルで敵陣に切り込み、チームの勝利に貢献するアシストを決めました。

 A君は、試合をふりかえると、そこに、なんともいえない「楽しさ」「充実感」があったのことに気づきました。そして、ますますサッカーが好きになったのです。

 スポーツ心理学では、練習や試合中、選手に生じる特殊な心理状態を「ゾーン」(zone)と呼びます。アスリートたちは、「ゾーンに入る」と、表現します。「ゾーン」に入った選手は、極めて高いパフォーマンスを発揮するのが特徴です。

 「ボールが止まって見えた」「敵が、次にどう動くかが、一瞬、一瞬、先のことがわかった」「見えていない敵選手の気配まで感じられた」など、数多くの事例があります。

まっつん
まっつん

 オリンピックでメダルを取るような多くのトップアスリートたちは、「ゾーンに入る」経験をしています。チクセントミハイは、「ゾーンに入る」心理も「フロー体験」のひとつと、とらえています。

 スマホで、YouTubeをただ眺めていることは、チャレンジ度合いが高いとはいえません。高いスキルが求められるわけでもありません。ですので、「フロー体験」とはいえないのです。

 ただ、YouTubeにアップする動画を制作する時には、フローが発生することはあります。動画制作には、企画力、発想力、映像ソフトを操作することなど、スキルが求められます。よい動画を作ろうと集中し、そのスキルを発揮している時に、フローは生まれてきます。

 フロー体験が起きるには、いくつかの構成要素があります。チクセントミハイは、「フロー理論」として、8つの主要な構成要素を提示しています。では、次に、その8つの要素について、お話ししていきます。


フロー体験の8つの構成要素。

 チクセントミハイが提示した「フロー体験の8つの構成要素」は、次のものです

フロー体験を構成する8つの要素
  1. 達成できる見通しのある課題に取り組んでいる
  2. 自分のしていることに集中できている
  3. 明確な目標が設定されている
  4. フィードバックがある
  5. 没入状態で行為をしている
  6. 自分の行為をコントロールできている感覚がある
  7. 自己についての意識が消える
  8. 時間に対する感覚が変わる

『フロー体験 喜びの現象学』(世界思想社)p62の記述を参考

 それでは、8つの要素について、ひとつひとつ解説をつけ加えていきます。


❶. 達成できる見通しのある課題に取り組んでいる

 ❶の要素が、「チャレンジ」と「スキル」のバランスに関連しています。チクセントミハイは、こう書いています。

 最適経験の圧倒的大部分は、目標を志向し、ルールによって拘束される活動──心理的エネルギーの投射を必要とし、適切な能力なしには行えない一連の活動中に生じると報告されている。

『フロー体験 喜びの現象学』(M.チクセントミハイ 世界思想社)p63

 スポーツや武道には、明確な目標とルールがあります。アスリートが取り組む活動で、フロー体験が多く報告されるのも納得できます。

 ただ、その目標達成の可能性がとても低い時には、「無気力」「あきらめ」の状態になってしまうので、フローは発生しにくくなります。反対に、勝利を手にする可能性があれば、モチベーションも高まり、フローの生じる確率も高まっていきます。

まっつん
まっつん

 モチベーション理論にも、「成功の見込みが50%の時に、やる気は最も高まる」という考え方があります。成功の可能性が10%や20%では「やる気」は起きにくのです。50%であれば、適度な挑戦的課題・目標となり、モチベーションを高めるのです。

 ビジネスの場面では、様々な企業で経営上の目標が設定されています。売上目標はその代表例です。昨年、1億円を売り上げた会社で、突然、「今年度は、100億円を達成しろ」と、経営陣から命令されたら、社員たちはどう思うでしょう。「そんな夢物語につき合ってられるか」と、あきれてしまうのではないでしょうか。

 でも、目標が「1.5億円」だったらどうでしょう。「難しいけれど不可能な数字ではない」と、社員たちが考えれば、それはチャレンジするに値する挑戦的目標であり、フローの起きる可能性があります。

 「達成できる見通しがある」。この要素は、フローを起こす重要な要素となります。


❷. 自分のしていることに集中できている

 インタビューに答えた、あるダンサーはこういっています。

ダンサー
ダンサー

「注意の集中がとても完全になるのです。迷うこともなく、ほかのことなど何も考えません。自分のすべてが自分のしていることに完全に包み込まれるのです。……エネルギーは大変滑らかに流れます。リラックスしていて、気持ちが良くて、エネルギーに満ち溢れます。」

『フロー体験 喜びの現象学』(M.チクセントミハイ 世界思想社)p68

 フロー体験に集中は欠かせません。集中しなければ、特殊な心理状態である「フロー」は生まれません。何かに取り組んでいる時に、別のことを考えていたら、フローは遠ざかります。

 ダンサーが、観客にダンスを披露している時、「昨日の観客は反応が鈍かった。最悪だよ」「これが終わったら、今晩、何を食べよう?」などと、今、しているダンス以外のことに意識を奪われていたら、どうなるでしょう。それは集中とはいえず、「フロー」を体験することはできません。

 チクセントミハイは、こう書いています。

 ある状況のもとで挑戦目標を達成するためにすべての能力が発揮されねばならない時、注意は完全にその活動に吸収される。その活動がもたらす情報以外の情報を処理する心理的エネルギーは残されていない。すべての注意は必要な刺激に集中している。

『フロー体験 喜びの現象学』(M.チクセントミハイ 世界思想社)p67

 「集中」とは、自分のしていることに注意し続ける心理状態です。今、ここで、自分のしていることに心のエネルギーを注ぎ続ける結果として、フローは生まれてくるのです。


❸. 明確な目標が設定されている

 ビジネス、スポーツ、武道、芸術などなど、私たちが行うことには、何らかの目標が伴います。その目標が明確になっていればいるほど、フローは起きやすくなります。

 オリンピック選手にとって、メダルをとることは明確な目標です。金なのか銀なのか銅なのか。選手の実力によって、「達成できる見通し」となるメダルの色は違ってきます。メダルを明確な目標にすることが難しい選手もいます。その場合には、10位以内の「入賞」が、明確な目標のひとつになります。

 アイススケートの羽生結弦選手にとって、金メダルの獲得は、チャレンジ度合いの高い目標ですが、高いスキルを兼ね備えていますので、「達成できる見通しのある課題」です。オリンピック前に、羽生選手は「必ず金メダルを取ります」と、目標を明言しますね。

羽生結弦選手の写真
Autor:David W. Carmichael
http://davecskatingphoto.com/photos_2014_olympics_men.html

 こうした「目標の明確化」は、練習や試合中に「集中」をもたらす一条件です。フローは集中してこそ生まれるものです。ですので、「明確な目標」は、フローに近づいていく構成要素となるのです。


❹. フィードバックがある

 チクセントミハイは、「目標の明確化」「フィーバック」をセットで考えています。

 「フィードバックがある」とは、自分のしている行為の結果を、その都度、確認できることです。

 スポーツには勝利という明確な目標があり、同時に、プレー中に、連続的な「フィードバック」があります。サッカーにしろラグビーにしろ、試合が進行していく中で、自分のプレー状態や勝利の可能性について、常に結果を確認し続けることができます。

 一流のプレイヤーなら試合中に、体を動かし、調子がいいのか悪いのか、判断ができます。それも「フィードバック」です。また、チームは今、勝っているのか負けているのか。何点差なのか。残り時間はどれぐらいか。勝利という「明確な目標」に向けて、どのような結果がもたらされているのか、「フィードバック」のある状態が継続します。

 スポーツで「ゾーンに入る」という「フロー体験」が、多く報告されるのは、この「フィードバック」が明確であることも、大きな要因だと考えられます。

 『フロー体験入門 楽しみと創造の心理学』(世界思想社)に、チクセントミハイは、こう書いています。

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 目標が明確で、フィーバックが適切で、チャレンジとスキルのバランスがとれている時、注意力は統制されていて、十分に使われている。心理的エネルギーに対する全体的な要求によって、フローにある人は完全に集中している。

『フロー体験入門』(M.チクセントミハイ 世界思想社)p41

❺. 没入状態で行為をしている

 「没入状態」は、②「自分のしていることに集中できている」と強く関係しています。集中の先にあるものが、没入状態といえます。

 日常での人の心理は、様々なことが次から次へと飛び込んできては去っていく混沌した場です。仕事での会議中、明日のご飯のことや、ボーナスのことや、恋人のことを考えます。晩ご飯の支度するお母さんは、テレビを見て芸能人のスキャンダルに驚いたかと思うと、次の瞬間には、子どもの受験について心配していることがあります。

 人の心(意識)は、山の天気のように、次から次に変化していくのです。そうした変化の激しい心では、「没入状態」は、叶わぬ夢となります。

 没入状態になると、日常の雑事が気になることはありません。自分の存在すら忘れ、「ただひたすら、すべきことを行なっている」という感覚になります。

 その行為は、強制されたものではなく、特別な努力を必要とするものではなく、流れるように自然とそれをしているような感覚です。

 ある登山家は、フロー状態について、こう表現しています。

登山家
登山家

「〔登っている〕時は、登山以外のゴタゴタなど意識しませんね。登ることそれ自体が一つの世界になり、それだけが意味をもつのです。集中です。いったんそうなると、それは信じられないぐらい現実的なものになり、そのことに身を委ねてしまう。それが自分の世界の全てになります」

『フロー体験 喜びの現象学』(M.チクセントミハイ 世界思想社)p75

 「没入状態」とは、単なる「集中」ではなく、「極度の集中」状態といえます。これは意識の領域が、ある特別の領域に入ったことを意味します。

 瞑想をすると、何も考えない「無」の心理状態を経験します。

 これは「忘我」と呼ぶ没入状態です。瞑想にも「悟り」という明確な目標があり、それを達成するための高いスキルが求められます。ですので、瞑想中に発生する「無」の没入状態は、フロー体験のひとつといえます。

 チクセントミハイは、フローに必要な集中状態について、こう書いています。

 フロー体験を構成する要素のうち、最も数多く挙げられるものの一つは、フローの継続中は生活の中での不快なことのすべてを忘れることができるということである。フローのこの特徴は、楽しい活動は行なっていることへの完全な注意の集中を必要とする─── したがって現在行っていることに無関係な情報が意識の中に入る余地を残さない─── という事実の重要な副産物である。

『フロー体験 喜びの現象学』(M.チクセントミハイ 世界思想社)p8

❻. 自分の行為をコントロールできている感覚がある

 あるチェスプレイヤーは、フロー状態にある自分を、こう表現しました。

チェスプレイヤー
チェスプレイヤー

「……私は大きな幸福感と、自分の世界を完全に統制しているという感じをもっています」

『フロー体験 喜びの現象学』(M.チクセントミハイ 世界思想社)p76

 人間は全知全能の神ではないので、実際には、自分の世界であっても「完全に統制」することはできません。「統制」とは、自分の思うようにコントロールすることです。チェスの盤面は小さくとも、対戦相手がいるのですから、100%のコントロールは不可能です。

 ですが、実際に「コントロール」できているか否かとは別に、「コントロールできている感覚」を持つことは可能です。フロー状態での「コントロールできている感覚」は、個人の内面で生じます。本人がどう感じているかの問題ですので、それは時に、「まるで世界全体をコントロールしているかのような感覚」にすら拡大するのです。

なぜ、人は危険なスポーツに魅了されるのか

 ハンググライダー、洞窟体験、ロッククライミング、レーシングカーの運転、深海ダイビングなど、危険をともなう行為に人は、「楽しさ」「ワクワク」を感じ、フロー状態になります。

 どれだけ危険であっても、「一度やったら、やめられない」と、大ケガをして痛い目にあっているのに、再度、チャレンジします。

まっつん
まっつん

 この事実は、人間の欲求のひとつにあげられる「コントロール欲求」の強さを物語ります。つまり、人は、自分の力で何かをコントロールしている時に、「満たされた感覚」を覚え、それが「楽しさ」「充実感」「ワクワク」になるのです。

 危険であれば危険であるほど、自分でコントロールできた時に、「満たされた感覚」は強くなります。ですので、人は危険とわかっていながら、それらの行為に魅了され、とりこになるのです。

 サーファーが、荒れ狂う波に乗ってサーフボードを巧みに操れた時。ラガーマンが突進してくる選手を、タックルで倒した時。F1レーサーが、時速300キロから急ブレーキを踏んでハンドルを操作し、急カーブを抜けていく時。

 多くの危険が伴いながら、サファーもラガーマンもレーサーも、「コントロールできている感覚」を味わいます。この時、特別な心理状態「フロー」へと導かれていくのです。

❼. 自己についての意識が消える

 極度の集中状態となり「フロー体験」をしている時、人は、自分の存在を意識しなくなります。自分のしていることに、意識の全てが注ぎこまれるので、自分が消えるのです。「自分が消える」とは、「自分という存在を認識する意識が消える」ということです。

 「自分という存在を認識する意識」を、心理学では「自意識」と呼びます。この「自意識の消失」は、フロー状態の大きな特徴です。

 難しく書きましたが、簡単なことです。

 例えば、企画書を仕上げようと、PCのキーボードを叩きながら、極度な集中状態になったとします。その時、周りの気配や音は聞こえなくなります。職場の誰かに声をかけられても気づかないこともあります。この状態が、「自意識の消失」です。

 「○○さん、○○さん」と、しつこく声をかけられ、ふと自分が呼ばれたことに気づいたとします。その時「自意識」が戻り、「あっ、すいません、私のことを呼びました?」などと、答えることができます。「我に帰る」とは、まさにこのことですね。

 著名な遠洋航海者は、「自己についての意識が消える」=「自意識の消失」をこう表現しています。

遠洋航海者
遠洋航海者

「自分自身を忘れ、すべてを忘れ、ただ海と戯れるヨットやヨットの周りの海の戯れだけを見、そのゲームに必要なもの以外はすべて無視しているのです…」。

『フロー体験 喜びの現象学』(M.チクセントミハイ 世界思想社)p80

 フロー状態になった時、人はいつも以上の高いレベルの能力を発揮します。スポーツ選手であれば、記録に残るハイパフォーマンスとなり、アーティストであれば、観客を深く魅了するコンサートとなります。

 よって、「自意識の消失」は、ハイパフォーマンスの条件と考えられます。武道や芸事で、古くから「自分に執着するな」「小さい自分にとらわれるな」と、自意識の存在を否定するのも納得できます。

まっつん
まっつん

 自分が消えるところに「奥義」が隠されているのです。古来から伝えられてきた「奥義」を発揮できる心理状態とは、現代心理学でいう「フロー体験」「ゾーンに入る」状態だといっても間違いではないでしょう。

 自意識の消失は、「自己超越」という概念ともつながります。「自己超越」については、コラム126『「自己超越」とは何か』に書きましたので、参考になさってください。

 チクセントミハイは、フローと自意識の関係について、こう書いています。

「フローしている時、人は最善を尽くし、たえず能力を高めねばならないような挑戦を受ける。その時、人はこれが自己にとって何を意味しているのかについて考える機会はない──もし自分自身にあえて自己を意識させようとすれば、その経験は奥深いものとはならないだろう。しかし後にその活動が終わって自意識が戻った時に人が顧みる自己は、フロー体験前のものと同じではない。それは今や新しい能力と新しい達成によって高められているのである。」

『フロー体験 喜びの現象学』(M.チクセントミハイ 世界思想社)p84

❽. 時間に対する感覚が変わる

 「ボールが止まっているように見えた」「敵の動きがスローモーションのようだった」。

 フロー状態になったスポーツ選手は、意識のレベルが変化し、現実の認識の仕方も変化します。その結果、時間に対する感覚が変化するのです。

 バッターにとって、ピッチャーの投げるボールが止まって見えれば、ホームランを打つ確率は高くなります。サッカーで、敵選手の動きがスローに見えたら、ドリブルで何人でも抜いていけそうです。

まっつん
まっつん

 「一瞬が永遠のように感じられ、長い試合が、一瞬だったように思える」。こうしたトップアスリートたちがよく口にする言葉も、時間感覚の変化のひとつです。

 フロー体験とはいえないまでも、私たちも、何かに集中できた時には、時間感覚が変わります。

 久しぶりに仲間と集まり、昼ごろから楽しく話しをしていたら、いつの間にか、外が暗くなっていて「えっ、もうそんな時間!?」と、驚いた経験がないでしょうか。反対に、嫌いな上司の昔話しをひたすら聞かされる「意味のない会議」は、時間がとても長く感じられるものです。

 「楽しい時」は速く過ぎ、「つまらない時」はいつまで経っても過ぎないもの。

 フロー状態とは、その人にとっての「最適経験」であり、「楽しい時」に発生する可能性が高まります。よって、フロー体験では、多くのケースで時間感覚が変化していくのです。


 以上、「フロー体験を構成する8つの要素」について、述べてきました。それでは、最後に、チクセントミハイが提示したフロー体験をしやすい人の特徴である「自己目的的パーソナリティ」ついてお話しします。


フローを生み出す自己目的的パーソナリティとは。

 「自己目的的」とは、スッと理解できない言葉です。ですので、わかりやすいように、プロ野球の選手を例にあげて説明をしてきます。

 プロスポーツの選手たちは、競技をすることで、報酬(お金)をもらいます。日本でもプロ野球の選手は、トップレベルになると億単位の報酬となります。億の報酬は選手にとって魅力的です。

していることそのものを楽しむ

 お金は魅力的ですが、フロー体験をしている時、選手は何に魅了されているでしょう。8つの構成要素に、「自意識の消失」がありました。つまり、フロー状態にある時、「自分の報酬」については、考え流ことができないのです。

 フロー体験は、億の報酬をもらっている1軍選手にも、数百万円の2軍選手にも発生します。フローの状態にある時、選手は野球をしていること、その行為のそのものから発生する「楽しさ」「ワクワク感」に魅了され流のです。

まっつん
まっつん

 「報酬」(お金)ではなく、「フロー状態にある自己」に魅了されているともいえますね。つまり、フローの目的が「フロー状態にある自己そのもの」です。「フローの自分(自己)そのもの」を目的にするので「自己目的」となります。

 ですが、自分への執着は、フローの邪魔となります。「フロー状態にある自己」とは、「それをしていていること自体が楽しい、ワクワクしている」ということです。よって、アスリートにとっての「自己目的的」とは、競技そのもの、自分のしていることそのものを楽しむことが目的になっている状態や行為といえます。 

「Autotelic」(自己目的的 / 内発的)と「Exotelic」(他目的的 / 外発的)

 「自己目的的」は英語で「Autotelic」です。「Autotelic」は、ギリシア語の「Auto」(自己)と「telic」(目的)が合成した言葉です。「Autotelic」には、「内発的」という意味もあります。

 報酬は自分の外から与えられるものです。報酬に魅了されていたら、それは、外のものに動かされる外発的な心理です。

 「Autotelic」(自己目的的 / 内発的)の対義語が「Exotelic」(他目的的 / 外発的)です。

「Autotelic」(自己目的的 / 内発的)
  ⇅
「Exotelic」(他目的的 / 外発的)

 プレーそのものを楽しむことが「Autotelic」(自己目的的 / 内発的)であれば、報酬や地位や名誉など、外から与えられるものに動かされプレーするのは「Exotelic」(他目的的 / 外発的)と表現できます。

 競技そのものを楽しむことは、報酬の額や一軍二軍に関係なく、選手の内側から生まれてくるものですね。それは、心という人の内側から発生するものなので「内発的」といえます。

 フロー状態になると、野球選手なら、報酬や記録より、野球をすること自体が楽しいから、野球をしています。歌手なら、CD売上やSNSの再生回数を目的にしているのではなく、歌うことそのものが楽しいから歌っています。

 そう考えられるパーソナリティ(個人)が、そうでない人より、フローを体験しやすいと、チクセントミハイは考えたのです。

 そこで、「自己目的的パーソナリティ」という言葉を、私たちに提示しました。チクセントミハイは、こう書いています。

「自己目的的パーソナリティ」とは、外から与えられた目的を達成するためというよりは、それ自体のためにものごとを行う個人を意味する。

『フロー体験入門』(M.チクセントミハイ 世界思想社)p167

 ここでは「パーソナリティ」(personality)を「個人」と訳しています。「personality」には、「性格」「人格」「個性」という意味もあります。ですので、「自己目的的パーソナリティ」とは「自分のしていること、そのものを楽しめる人間的特性」と考えることもできます。

 監督やコーチが「試合をもっと楽しめ!」とアドバイスすることがありますね。これは「自己目的的パーソナリティ」に関する叱咤激励といえます。


フロー体験が、人生を幸せにする。

 スポーツの練習もそうですが、仕事でも勉強でも、楽しいことばかりではありません。「嫌だな〜」「めんどくさい」「うざい」と、思いながらも、やらなければならないことを、やっていくのが人生です。 

 でも、「めんどくさい」「うざい」という否定的な感情を、人生の中でより多く持ち続けていたら、「充実した幸せな人生」とは呼べません。

楽しくない事に「楽しさ」を発見する。

 チクセントミハイは、「自分のなすべきことを楽しむようになれば、人生の質は格段に向上する」(『フロー体験入門』p199)といいます。

 つまり、「フローによって人生をよりよく変えることができる」「幸せになれる」という信念をもって、研究を深めていったのです。

 研究の過程で、インタビューをした人たちの中には、決して楽しいとはいえない仕事をしている人たちもいました。でも「自己目的パーソナリティ」をもった人たちは、その楽しくない仕事の中に「楽しさ」を見つけ出し、働いていたのです。

 多くの人が嫌がる仕事を引き受け、それを楽しみ、職場の誰からも必要とされ、その会社に欠かせない貴重な人材になっていた人物もいます。

まっつん
まっつん

 「自己目的パーソナリティ」をもった人たちは、自分へのこだわりが少ないのも特徴です。自分よりも、自分の取り組むことそのものに楽しみを見い出そうとします。楽しさを発見する名人なので、モチベーションの高い状態を維持でき、その結果、目の前のすべきことに集中でき「フロー体験」をしやすいのです。

 トヨタが生み出した「カイゼン」(改善)という日本語は、「Kaizen」という英語になり、今や、世界で使われています。昭和の時代に、トヨタの「改善活動」を創りあげた人たちは、名誉や報酬のために、夜、遅くまで残って仕事をしていたわけではないでしょう。

 小さな工夫、小さな改善を重ねていくことで、どんどん効率と成果が高まっていく…そのこと自体に「楽しさ」「ワクワク」を感じて、仕事にのめりこんでいったのです。当時のトヨタの現場には、たくさんの「自己目的パーソナリティ」をもった人たちがいたことでしょう。

フロー体験をするマインドセット。

 「フロー体験」は、天才と呼ばれるような、ある特殊な人たちだけに生じる心理状態ではありません。どんな人にも起きうるものです。

 それは日々の、ちょっとした心構えと工夫によって可能となります。

フロー体験を生むマインドセット

 どんなことにも意味があり、どんなことからも「楽しさ」を引き出すことができる。

 そんなマインドセットをもって、トライ&エラーを当たり前とし、ひたすら実践を重ねていけば、フローを経験するようになります。

 フロー経験の多い人生は、「幸せな人生」といえます。充実した人生だなと思えるようになります。

 最後まで読んでくれた「あなた」が、ひとつでも多くの「フロー」を体験し、よりよい人生になることをお祈りして、このコラムを終えます。

フロー体験のポイント

 内的経験の最適状態というのは、意識の秩序が保たれている状態である。これは心理的エネルギー ─── つまり注意─── が現実の目標に向けられている時や、能力〔skill〕が挑戦目標〔opprtunities for action〕と適合している時に生じる。一つの目標の追求は意識に秩序を与える。人は当面する課題に注意を集中せねばならず、その間ほかのすべてを忘れるからである。挑戦目標の達成に取り組んでいる時が、生活の中で最も楽しい時である

『フロー体験 喜びの現象学』(M.チクセントミハイ 世界思想社)p8

(文:松山 淳)


 


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