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第5章-2 職場から会話がまったく消えている
Y課長は、支店の営業部門から本社の管理部門へ異動になりました。栄転のはずですが、同じ会社とは思えない職場の雰囲気に戸惑い、ひどいストレスを抱えることになりました。
朝、部下が出社してきます。挨拶もなく席に着き、おもむろにPCの電源を入れ画面に食い入ります。キーボードの音がカタカタと鳴り出しますが、仕事に必要なメールの返信をしているのか、書類を作成しているのか、それとも、私用のブログをアップしているのか、よくわかりません。
部下はそれぞれ担当が違い、役割分担が決められています。ですので、会話をする必要がありません。仕事は、より専門的になり細分化され、隣に座っている人が何の仕事をしているのかわからない状況です。
月曜の朝、三〇分程度の簡単なミーティングはありますが、上司への報告はメールで済まし、上司からの指示もメールで受けるのが当たり前です。
一日、同じ部の人間とほとんど会話をしないのが、Y課長の日常になってしまいました。仕事はたいへんだったけれど、ワイワイ、ガヤガヤやっていた営業部時代がなつかしくてたまりません。Y課長の悩みは深まります。
想像してみて下さい。
一〇人も二〇人もの社員が同じフロアにいて、誰も会話をしません。キーボードを叩く音だけが甲高く響き、皆、しかめっ面をしています。ときどき聞こえてくる咳払いやくしゃみだけが、人の「声」です。
上司も部下の仕事を邪魔したくないし、部下も余計なことで自分の仕事を邪魔されたくありません。実際、処理しなければいならない仕事はたくさんあり、長時間残業をしなければ間に合わないほどです。
いま、こんな職場が増えています。
でも、皆、うすうす気づいているのです。
「なんか変だな」と。
Y課長は、管理職に就いている学生時代の友人に自分の会社の様子を話してみました。すると、
「俺も管理部門にいるけど、ウチはみんな無駄話ばっかりしていて、職場に活気があるよ。お前の会社おかしいだろ。俺だったら辞めるよ」
予想通りの答えが直球で返ってきました。
翌朝、「少しは会話してみるか」と決意し出社しましたが、何とも言えない部下からの「無言の圧力」に屈し、いつもどおり、「不気味な静けさ」のなかで仕事が始まり、そのまま一日が終わっていきました。
社内にきめ細かく張り巡らされたイントラネット。社員同士のコミュニケーションを円滑化するために多額の資金をかけて導入された文明の利器が、ひどい弊害を生み出してしまいました。
もちろん、原因はそればかりでなく、効率化を図るために仕事を細切れにして役割分担を明確にしたことも大きかったでしょう。「誰かと協力しなくても仕事は個人で進められ完了できる」。こうした業務特性があると、まる一日、誰とも会話をしなくてよいことになってしまいます。
会話は心を潤す「水」です。
他人と会話をすることで人は生きている実感を味わうことができます。しかも人がいるのに会話をしないとなると、喉が渇いていて目の前に水があるのに、その水を飲めないようなものです。
会話がなくると、人の心は乾きます。IT(情報技術)の進化による「業務の効率化」が、「心の砂漠化」を招いています。
さあ、どうしましょう。このままでいいのでしょうか。
もちろんいいわけないですよね。
「会話のない職場」をなんとかしようと様々な施策が試みられています。その中でも代表的なのは「オフサイト・ミーティング」です。仕事場から離れて、仕事以外のことを話す「場」を持つことですね。音楽、映画、小説、スポーツなど、なんでもいいのです。趣味の世界を披露すること、読んだ本の感想を述べあうこと、色々なことが考えられます。
もし、すぐにアイディアが思い付かないのであれば、ビジネスの第一線で活躍している人たちの舞台裏が垣間見られるようなテレビ番組を皆で観て、その後、簡単に感想を言いあうことを、私はよくお勧めしています。
NHKの『プロフェッショナル〜仕事の流儀』『トップ・ランナー』、テレビ東京『カンブリア宮殿』、TBS『情熱大陸』などの番組はうってつけです。
これらのどれかを録画しておけば、事前に本を読んだり資料を作る準備もなく、部下に負担がかかりません。お菓子とジュースを用意して、BGMも流して、楽しくやりましょう。
「オフサイト(offsite:現場から離れて)」ですから、本来は、職場の外に出たほうがいいのですが、部下が大量の仕事を抱えていると「そんな時間はありません」と、拒絶反応を起こされるので、社内の会議室でもいいと思います。予算のこともあるでしょう。
「オフサイト・ミーティング」を始める時に大切なことが三つあります。
- 賛同者をメンバーに入れておく
- 開催スケジュールを計画的に
- 時間を守る
第一は、必ず部下の中に賛同者をつくっておくことです。
「会話のない、いまの職場の雰囲気をなんとか変えていきたいと思っているから、協力してほしい」と、正直に話してみて下さい。そして、賛同者の人選ですが、部下のなかには、先輩、後輩問わず必ず影響力のある人物がいるものです。まずはその人を引き込むことを考えてみましょう。
もし、無理であれば、次に「新人」「若手」にお願いするのがセオリーです。主催は、上司であるあなたということにしておいても、その場を仕切るのは思い切って新人に任せてみるのです。上司から通達すると「それは業務ですか」との反発が出やすくなります。「新人が、がんばっているなら」と、先輩社員たちも、心情的に動いてくれます。
第二は、突然、始めないことです。
「明日、やるから集まって」とメールを流しても誰も来ないでしょう。せめて、一ヶ月ぐらい前には、ミーティングなどの場で発表し、逐次、メールで「どんな主旨で、どんなことをするのか」を伝え、だんだんと盛りあげていくことが大切です。
第三は、ミーティングを始める時間そして、特に終わる時間を厳守することです。
長くても一時間です。だらだら続けると、心よく思っていない人たちが必ずそれを理由に来なくなります。「抵抗勢力」に下手な中止の理由を与えないように注意することも大事です。
ただ、それだけやっても欠席する人は出てくるでしょう。仕方のないことです。本来すべき仕事は、別にあるのですから。
でも、どうしても参加しようとしない人のことも、必ず毎回、誘ってあげて下さい。上司であるあなたが、「例の会やるから、今日はどう」と、直接声をかけてください。その人だっていつか考え方を変えるときがくるかもしれません。
結果、少しずつですが、職場の雰囲気が変わっていき、会話が増えていくと思います。
ただし、結果を急いでいはいけません。
何事も「継続は力なり」。続けていくことが大切です。
(著:松山 淳)
2. 私は、雑談もまた職場を明るくするものとの認識があるだろうか。
3. 私は、仕事のことばかり職場で話していないだろうか。