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創造価値・体験価値・態度価値

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 創造価値・体験価値・態度価値とは、心理学者V・E・フランクル(Viktor Emil Frankl )が提唱した「生きる意味」を満たす価値のこと。創造価値(creative values)とは、人が行動し何かを創り出すことで差し出す価値。体験価値(experiential values)とは、「生きる体験」を通して世界から受け取る価値。態度価値(attitudinal values)とは、置かれた状況にどんな態度をとるかで生み出される価値。

 フランクル心理学は「生きる意味」を重視します。その「生きる意味」を満たすために3つの価値(創造価値・体験価値・態度価値)があるとフランクルはいいました。

フランクル心理学 3つの価値
  1. 「創造価値」(何かを創り出すことで満たされる価値)
  2. 「体験価値」(何かを体験することで満たされる価値)
  3. 「態度価値」(自身のとる態度によって満たされる価値)

創造価値(creative values)

 創造価値とは、何らかの「行い」を通して実現される価値のことです。

 もし、何か仕事をしているのであれば、その仕事を通して、人はこの世界に価値を生み出しています。

 営業マンが顧客と商談し、経理マンが財務資料を整理し、研究者が実験を繰り返し、教師が生徒と会話し、母親が授乳したりおむつを替えたり…、人は、自分に与えられた仕事を通して価値を創造し続けています。

 人生とは、たゆむことのない創造価値を生み出すプロセスといえます。

 仕事の「大きい小さい」は関係はありません。「感謝される、されない」でもなく、「必要とされているから仕事は存在している」のであり、その必要性が、仕事そのものに価値のあることを証明しています。

フランクルへぶつけた青年の嘆き

 1929年、フランクルは抑うつ状態にある青年たちの相談にのる「青年相談所」を設立します。この相談所は、匿名での申し込みができるようにしました。好評を博し、後に、ヨーロッパの6都市に設立されることになります。

 次のエピソードは、『夜と霧』にならぶフランクルの名著『それでも人生にイエスと言う』(春秋社)に書かれているものです。

 ある日、洋服屋の店員である青年がフランクルのもとを訪れました。「生きる意味がない」とうことで、フランクルと話し合いになりました。青年は言います。

青年
青年

「あなたはなんとでもいえますよ。あなたは現に、相談所を創設されたし、人々を手助けしたり、立ち直らせたりしている。でも、私はといえば……。私をどういう人間だとお思いですか。私の職業をなんだとお思いですか。一介の洋服屋の店員ですよ。私はどうしたらいいんですか。私は、どうすれば人生を意味のあるものにできるんですか。」

『それでも人生にイエスと言う』(春秋社)p31-32

 本には「議論しました」としか書いてませんが、青年はかなり興奮して怒っているような感じですね。

大切なことは最善と尽くしているか否か

 自分の仕事に誇りを持てない青年からすると、フランクルに「生きる意味はある」と言われても、納得できるものではなかったのでしょう。なぜなら、フランクルは「青年相談所」という社会的に意義ある大きな仕事をすでにしている人だからです。

 青年の問いに対して、フランクルは、こう書いています。

「この男が忘れていたのは、なにをして暮らしているか、どんな職業についているかは結局どうでもよいことで、むしろ重要なことは、自分の持ち場、自分の活動範囲においてどれほど最善を尽くしているかだけだということです。活動範囲の大きさは大切ではありません。大切なのは、その活動範囲において最善を尽くしているか、生活がどれだけ「まっとうされて」いるかだけなのです。」

『それでも人生にイエスと言う』(ヴィクトール・フランクル[著] 春秋社)p32

 フランクルの言葉を聞き、青年がどう反応したかについては書かれていません。納得したのか、納得しなかったのか、知りたいところです。

 フランクルの言うことは、仕事に「のぞむ姿勢」について、とても大切なことをいっています。

 名の通った大企業に就職し大きな仕事をしていても、適当にやったりあからさまに手抜きをしたり、最善を尽くすことから逃げるような働き方では、「生きる意味」を満たすことが難しくなります。

 反対に、名の知らていない小さな会社で働いていても、自分に与えられた仕事に最善を尽くし、納得できていれば、「生きる意味」は満たされ、より高い「創造価値」を世界に創り出していることになります。

 自分の行うことに、常に「最善」を尽くすことができれば、この世界に何らかの「価値」を差し出していることになり、「価値を創造」していることになります。「価値の創造」はとても「意味」のあることです。

 これが「創造価値」です。


体験価値(creative values)

 体験価値(experiential-values)とは、人生でする様々な体験を通して生まれてくる価値のことです。創造価値が、何らかの「行い」を通して、世界に「差し出す」価値であれば、「体験価値」は、この世界から「受け取る」価値のことです。

創造価値=世界へ価値を「差し出す」
体験価値=世界から価値を「受け取る」

 人生を「生きる意味」で満たすのは、仕事だけではありません。

 フランクルを訪れた洋服屋の青年のように、例え、自分の仕事に価値が感じられなくても、自然や芸術など、価値を見い出せるものは、人生にたくさんあります。

  • 山登りの好きな人が山頂にたどり着き、快晴の空のもと昇りくる太陽を眺める。
  • 大好きなミュージシャンのコンサートに出かけ、会場の観客と共に大合唱し音楽に酔いしれる。
  • スポーツや武道などで、絶対に勝てないと言われた格上の相手に勝利し、仲間と共にに抱き合い喜ぶ。

 そんな至高の瞬間に、「この人生に意味ありますか?」と尋ねられたら、何と答えるでしょう。

 「この瞬間を体験するだけでも、生きてきたかいがあった」

 きっと、そんな「生きる意味」を肯定する答えが返ってくるでしょう。

 これは体験によって得られた「価値」であり「意味」です。

愛する人と一緒にいる体験価値

 体験価値には、「愛」もあります。

 片想いをだった人に「つきあってください」と告白し、恋が実った瞬間はどうでしょう。そして、好きな人とベンチに座り、肩を寄せ合い夕陽を眺める。互いに見つめ合う。言葉では表現しきれない喜びが体を満たすことでしょう。

 愛は「至高の体験」となり、人生に深い意味をもたらします。

素晴らしい人が存在することの体験価値

 自分の命をかえりみない「無私の精神」をもった人に接した時も、そうです。

 自然災害の多い日本では、災害が発生するたびに、自分を後回しにして「人のために」懸命に尽くす「無私の人」がいます。神戸、東日本、熊本で起きた大震災の記憶をたどれば、「無私の人」の存在を確信するのは、たやすいことです。

 私たちは「無私の人」と共に生き、「無私の人々」が存在する世界を体験しています。

 フランクルは 『それでも人生にイエスと言う』 で、こう書いています。

命をささげるような人たちがいるうちは、この世の中もひどくないのです。この世の中にそういう人たちがいるうちは生きる意味があるのです」

『それでも人生にイエスと言う』(ヴィクトール・フランクル[著] 春秋社)p37

世界は残酷だが善意に満ちた人がいる

 下の写真は、2013年7月22日の南浦和駅です。列車とホームの間に挟まれた女性を助けようと、その場にいた人たちがみんなで力をあわせて、電車を傾けました。

2013年7月22日 南浦和駅ホーム

 電車の車両は一車両で約32トン。報道によれば、女性は無事に助け出され、病院に運ばれましたが、ほとんど怪我はなかったそうです。

 この出来事に海外のメディアも反応し、アメリカとイギリスではニュースに取り上げられました。

 「善意ある人たち」の存在を知ると、社会は不条理で残酷な面もあるけど、「まだまだ世の中捨てたもんじゃない」と思えます。「捨てたもんじゃ無い」とは、つまり「生きる意味」があるということです。

 私たちは、自分自身が何かを体験することで、この世界から「価値」を受け取ることができます。また、他者の体験を知ることによっても、この世界から「価値」を受け取り、そこに「生きる意味」を見い出すのです。

 これが「体験価値」です。


態度価値(attitudinal values)

 態度価値(attitudinal values)とは、自分の置かれた状況に対して、どのような態度をとるかで生み出される価値です。辛く苦しい状況で「たゆまず努力を続けるか、逃げ出すか」。直面していいる現実にどんな態度で向き合うかによって価値は生まれもし消えもします。 

地獄で輝く天使のふるまい

 フランクルはナチスの強制収容所に入っていました。ナチス親衛隊の監視兵から日常的に暴力を受けていました。収容所では、飢餓や病気によって、人が次から次へと人が死んでいきました。自殺する人も後を絶ちません。

 「生きる意味」など、微塵も感じられないような地獄です。

フランクルが収容されたダッハウ強制収容所の正面玄関

 最低最悪の状況にあっても、天使のごとくふるまう模範的な人間がいた、とフランクルは言います。そして、その数は少なくなかったと…。

 自分の食事を他人に分け与え、凍える夜に自分のシーツを病人にかけるような「天使のふるまい」何度も目にしたというのです。

 フランクルが目撃した事実は、それまで学んできた心理学とは違うものでした。

 「自分の置かれた環境が最悪のものになれば、人間は道徳を失い、最悪の行為を行うことになる」。

 そう学んだのです。でも、どんなに自分の生きる環境が悪化したとしても、人としての人格の高さ、その美しい態度を崩さない人が、確かにいたのです。

 そこで、フランクルは『それでも人生にイエスと言う』(p37-38)で、こう書きます。

「私たちはさまざまなやりかたで、人生を意味のあるものにできます。活動することによって、また愛することによって、そして最後に苦悩することによってです。

苦悩することによってというのは、たとえ、さまざまな人生の可能性が制約を受け、行動と愛によって価値を実現することができなくなっても、そうした制約に対してどのような態度をとり、どうふるまうか、そうした制約をうけた苦悩をどう引き受けるか、こうしたすべての点で、価値を実現することがまだできるからです。」

『それでも人生にイエスと言う』(ヴィクトール・フランクル[著] 春秋社)p37-38

 例えば、病を背負い長い間、病院のベッドに伏せる人がいたとします。

 自分で何かを行う「創造価値」は作り出せず、世界から喜びや感動を受け取る「体験価値」も難しくなってしまいました。

 でも、その人が病を克服しようと必死に生きようとしているならば、「その姿」「その態度」は、それを見た人々に「生きる勇気」や「人生の意味を考える機会」を与えるでしょう。

 実際、小林麻央さん、アントニオ猪木さんなど、著名人の闘病姿は、多くの人に勇気を与えています。

 その人が苦悩から逃げず、むしろそれを引き受け、その時とる態度によって人生の意味を満たすことできるのです。

 希望を見出せない状況でも、人間の「とる態度」によって誰かに「よりよい影響」を与えることができます。そこに意味が生まれます。

 強制収容所で「天使のふるまい」をした善人たちは、「とる態度」によって、フランクルに感銘を与えました。その結果、フランクルの数々の著書は生み出され、世界に広まり、時代を越えて今も世界中の人々に勇気を与えつづけています。

人のとる「態度」「ふるまい」によって価値が生まれ、「生きる意味」をなす。

 これが態度価値です。


 フランクル心理学の「創造価値」「体験価値」「態度価値」について書いてきました。

フランクル心理学 3つの価値
  1. 「創造価値」(何かを創り出すことで満たされる価値)
  2. 「体験価値」(何かを体験することで満たされる価値)
  3. 「態度価値」(自身のとる態度によって満たされる価値)

 これら「3つの価値」があることで、フランクルは「どんな時にも人生には意味がある」といいます。地獄のナチス強制収容所を生き延び、フランクル自身が「どんな時にも人生には意味がある」を証明したのです。

(文:松山 淳


【参考文献】

『それでも人生にイエスと言う』(ヴィクトール・フランクル[著] 春秋社)

V・E・フランクル
フランクルとは

ヴィクトール・エミール・フランクル(Viktor Emil Frankl 1905〜1997)ロゴセラピーの創始者。オーストリア出身の精神科医、心理学者。世界三大心理学者(フロイト、ユング、アドラー)につぐ「第4の巨頭」。第2次世界大戦中のナチス強制収容所から生還する。その体験を記した『夜と霧』は世界的ベストラーとなる。「生きる意味」を探求するロゴセラピー(Logotherapy)という独自の心理学を確立し、世界に大きな影響を与えた。享年92歳。著書:『夜と霧』(みすず書房)『それでも人生にイエスと言う』(春秋社)『意味による癒し』(春秋社)ほか。


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