ネルソン・マンデラに学ぶ「赦しのリーダーシップ」

ネルソン・マンデラに学ぶ「赦しのリーダーシップ」

ラグビーW杯に参加できなかった南アフリカ

 2015年ラグビーワールドカップで、日本は優勝候補のひとつ南アフリカ(スプリングボクス)に勝利し世界を驚かせました。「史上最大の番狂わせ」と報じるメディアもあり、ジャイアント・キリングを成し遂げたチームの偉業に日本は熱狂しました。

 しかし、1995年に南アフリカ代表「スプリングボクス」が自国にもたらした熱狂は、長く暗い歴史を脱して一国の再建を象徴する出来事だったが故に、日本以上のものだったでしょう。

 アパルトヘイト(人種隔離政策)によって国際社会から孤立していた南アフリカは、第1回と第2回のラグビーワールドカップに参加できませんでした。

 反政府運動の罪を問われ、27年間獄中にいたネルソン・マンデラが1990年に釈放されます。93年マンデラはノベール平和賞を受賞し、アパルトヘイト完全撤廃に向けた運動が世界的に認知されていきます。

 94年マンデラ大統領が誕生し、翌年、1995年、第3回ラグビーワールカップの開催地が南アフリカでした。そして、圧倒的な強さを誇るニュージランド(オールブラックス)を決勝で破り、「スプリングボクス」は優勝するのです。

南アフリカ代表ラグビーチーム「スプリングボクス」の写真
2007年 フランスW杯 対サモア戦
Percy Montgomery running the ball for the Springboks against Samoa in 2007
Michel Béga from Johannesburg, South Africa – South Africa versus Samoa

 当時の南アフリカにおいてラグビーは主として白人がする競技であり、迫害を受けてきた黒人にとってそのチームは、憎しみの対象でした。マンデラ大統領は民族和解のシンボルとしてスプリングボクスを応援するスタンスを旗幟鮮明にし、自国開催・自国チーム優勝という歴史的偉業を実現したのです。

 この一連の出来事を映画化したのがクリント・イーストウッド監督の『インビクタス/負けざる者たち』(ワーナー・ブラザーズ)です。

映画『インビクタス 負けざる者たち』(ワーナー・ホーム・ビデオ)
映画『インビクタス 負けざる者たち』
(ワーナー・ホーム・ビデオ)
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 映画に登場するマンデラ大統領の「赦し」を基軸にするリーダーシップは、不寛容社会と言われる現在の日本が忘れかけている大切なことを思い出させてくれます。


人を赦さない社会

 2016年6月、NHKスペシャル『#不寛容社会』が放送されました。番組テーマに関連するNHK世論調査では、次のような結果が出ていました。

タイトル
Q1.「今の日本の社会について、どう思いますか。」
 44%「寛容な社会だ」 
 46%「不寛容な社会だ」
 
Q2.「心にゆとりを持ちにくい社会だ」
 66%「そう思う」
 32%「そう思わない」
 
Q3.「いらいらすることが多い」
 66%「そう思う」
 26%「そう思わない」
「人間やめろ!」
「死ね!」
「殺してやる!」

 そんな言葉がネットにあふれています。「炎上」がニュースでのキーワードになり、世間からの評価を見定めるバロメーターとなる時代となりました。

 炎上したからと、某大手食品メーカーのテレビCMが放送中止に追い込まれました。あるラジオ番組で日本を代表するクリエイターが、「企業側がネットの意見に神経質になりすぎていて、以前のような面白みのある斬新で大胆なCMをつくれなくなっている」と嘆いていました。

 2010年前後「ギスギスした職場」がバズワードでした。

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まっつん

 職場に漂う息苦しさを解消しようと、イントラネットで自由に意見交換できる場を提供し、会社は社内コミュニティづくりを支援しました。社員間の交流を促進させようとイベントも開催し、多種多様な努力を重ねてきました。

 それらの施作で、効果をあげている企業がある一方で、不寛容化していく日本人の精神構造の変化が加速してしまい、ギスギス解消に向けた施策が機能不全に陥っている会社もあります。

 他人を赦さない人たちが職場に増え、不寛容さが組織風土として根付いてしまうと、パワハラの温床となりますし、メンタルヘルス問題も深刻化していきます。対策が急がれるLGBT(セクシャル・マイノリティ)への対応には、それこそ「寛容な組織文化」が求められます。


赦しのリーダーシップ

 『インビクタス/負けざる者たち』にマンデラ大統領のこんなセリフがあります。

「赦しが第一歩だ。赦しこそ恐れを取り除く最強の武器なのだ。」
 映画『インビクタス 負けざる者たち』(ワーナー・ブラザーズ)

 黒人のみの大統領警護班に元公安の白人グループが異動してきます。マンデラ大統領の判断です。公安といえば、かつて仲間を取締まり死に追いやった人間たちです。激昂した黒人警護班のひとりは、マンデラ大統領の執務室にいき喰ってかかかります。その時、前述の言葉で大統領が説得するのです。

ネルソン・マンデラ大統領
Nelson Mandela in Johannesburg, Gauteng, on 13 May 2008.
ネルソン・マンデラ大統領
Nelson Mandela in Johannesburg, Gauteng, on 13 May 2008.
South Africa The Good News / www.sagoodnews.co.za

 対立していた白人と黒人が一緒になって大統領を守る姿は、民族和解の象徴となります。政権が交代し、白人が恐れていたのは黒人による復讐です。

暴力に対して暴力ではなく、憎しみに対して憎しみではなく、「赦す」ことで恐れを取りのぞき、民族融和のビジョンを描いて、大統領はリーダーシップを発揮していったのです。

 白人主導だったラグビーも復讐の標的になります。黒人で占められた国家スポーツ評議会は、「スプリングボクス」を改称し、ユニフォームも変更しようと採択をとります。急遽、マンデラ大統領は評議会にかけつけます。そして列席者を前に、情熱をかたむけ静かに語るのです。

 「彼らは我々と同じ南アフリカ人だ。民主主義における我々のパートナーだ。彼らにはスプリングボクスのラグビーは“宝物”。

 それを取り上げれば彼らの支持は得られず我々は恐ろしい存在だという証明になってしまう。

 もっとおおらかに彼らを驚かすのだ。憐れみ深さと、奥ゆかしさと、寛大な心で。それらは我々に対し彼らが拒んだものばかり。

 だが今は卑屈な復讐を果たす時ではない。

我々の国家を築く時なのだ」

映画『インビクタス 負けざる者たち』(ワーナー・ホーム・ビデオ)

 採択は大統領への賛同が僅差で上回り「スプリングボクス」の名称存続が決定します。マンデラ大統領はここでも赦しを基軸にリーダーとして人々を導いたのです。

 私たち日本企業は、能天気と言われようが「おおらかさ」で、甘いと言われようが「憐れみ深さと、奥ゆかしさ」で、それでは競争には勝てないと批判されようが、「寛大な心」で、そうして世界を驚かせてきました。

 東日本大震災の時、被災しているにもかかわらず日本人が見せる「寛大さ」に、世界は賞賛の声を送りました。

 それらがグローバル社会にあって他国からリスペクトされる大きな要因でした。「死ね!」「殺せ!」「絶対、許さない!」。

 なぜ、これほどまでイライラし、誰かをののしり、他人を赦さない人間が増殖してしまったのでしょうか。


リベラルアーツが赦しのリーダーシップを磨く。

 不寛容化は、ネット社会の匿名性が一要因です。個人が特定されなければ何を書いてもお咎めはありません。ただ、口汚く過剰なまでに自己の権利を主張するモンスタークレーマーやモンスターペアレント、ひいてモンスター社員の増加は、ネットだけの問題ではなく、成熟社会における「個人主義」の暴走です。

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まっつん

 こうした社会状況において、グローバルリーダーとして著名であった小林陽太郎氏(元富士ゼロックス社長)が説きつづけた「リベラアーツ教育」を改めて評価する気運が高まっています。

 なぜなら、リベラアーツとは人間の本質を理解し、正しい人生を歩むための道標となる知だからです。

 経営学者P・F・ドラッカーは、こう言ってました。

『チェンジ・リーダーの条件』(P.F.ドラッカー ダイヤモンド社)
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マネジメントとは、人間の心、すなわちよかれ悪しかれ人間の本質に関わるものである。
 したがって、マネジメントとは、まさに伝統的な意味におけるリベラルアート、すなわち一般教養である。
 知識、認識、英知、リーダシップに関わりをもつがゆえに人格に関わるものであり、仕事に関わりをもつがゆえに技能に関わるものである。
 かくしてマネジメントたる者は、心理学、哲学、倫理学、経済学、歴史など、人文科学、社会科学、自然科学の広い分野にわたる知識と洞察を身につけなければならない。」

 『チェンジ・リーダーの条件』(著 ドラッカー ダイヤモンド社)p20

 優れたリーダーは、分野にとらわれず本を読むことは誰もが知るところです。読書会を開く会社は多数存在し、人材育成の面で着実に成果をあげています。

 マンデラ大統領は、他人から予想以上の力を引き出す秘訣について、優れた芸術にふれることだといいます。このリーダー哲学は、27年間獄中にいて一編の詩に支えられた経験から生まれました。

 その詩が映画のタイトル「インビクタス」です。インビクタスはラテン語で「屈服しない」を意味します。赦しのリーダーシップの源泉は、獄中の体験とその詩にあるのでしょう。詩の最後はこうです。

門がいかに狭かろうと
いかなる罰に苦しめられようと
私は我が運命の支配者
我が魂の指揮官なのだ

 組織を導くリーダーたちがリベラルアーツにふれ、我が魂の指揮官となり「赦しの組織文化」をつくることが今、日本企業で求められています。

(文:松山淳)