渋沢栄一の言葉と思想

渋沢栄一の言葉

ドラッカーも認めた「近代資本主義の父」

渋沢栄一の顔写真
渋沢栄一(1840-1931)

 みずほ銀行、東京海上日動火災保険、東京ガス、帝国ホテル、サッポロビール、JR、日本郵船。これらの企業含め約470社の創設に関わったのが渋沢栄一(1840-1931)です。

 「近代資本主義の父」と呼ばれる歴史に残る偉人ですね。

ピーター・ドラッカーの写真
経営学者ピーター・ドラッカー

 かの経営学者P.F.ドラッカーは、渋沢をこう評しています。

「私は、経営の『社会的責任』について論じた歴史的人物の中で、かの偉大な人物の一人である渋沢栄一の右に出るものを知らない。彼は世界のだれよりも早く、経営の本質は“責任”にほかならないということを見抜いていた」

『マネジメント』(P.F.ドラッカー ダイヤモンド社)

 「企業の社会的責任」(CSR:Corporate Social Responsibility)に真摯に取り組まなければ、企業経営が立ち行かない時代となっています。

 日本で「CSR」という言葉が脚光を浴びたのは、バブル経済が崩壊して、日本企業が不振にあえぐ90年代のことです。バブルの頃は、潤沢な予算とともに企業が芸術・文化を支援する「企業メセナ」と称する「社会貢献活動」が盛んに行われました。大規模な展覧会や音楽・スポーツイベントが全国津々浦々で開催されていました。「企業メセナ」は、「CSR」の一部と言えます。

 ところが、バブルが崩壊して予算が無くなり「企業メセナ」が冷え込むと、それに対する反省も起きました。

 「企業は〝本業〟を通して社会に貢献する」

 松下幸之助に代表される昭和の名経営者たちが言っていたような「経営の原点回帰」といえる経営思想が注目されました。また、世界的な異常気象から環境問題への危機意識は、さらなる高まりを見せていました。

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まっつん

そうした時代背景から「企業の社会的責任」(CSR)という言葉がクローズアップされていったのです。ただ、「CSR」とは言わず、「企業は社会に対して責任を負っている」という経営上の哲学・思想は、古くからあったのです。

 その原点が「近代資本主義の父」渋沢栄一です。

 経営とは、利潤を最大化させることが目的ではなく、本業を通して社会からの要請に責任をもって応える「社会貢献」にこそ真の目的があります。

 渋沢は「士魂商才」「義利両全」の言葉とともに「道徳と経済の両立」を提唱しました。渋沢の著『論語と算盤』は有名ですね。

「論語」が道徳、「算盤」が経済(経営)の比喩ですね。渋沢栄一は、こう言っています。

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渋沢栄一

「世の中を渡っていくのは、とても難しいことだが、『論語』をよく読んで味わうようにすれば、大きなヒントも得られる。だから私は普段から孔子の教えを尊敬し、信ずると同時に、『論語』を社会に生きていくための絶対の教えとして常に自分の傍から離したことはない」

『現代語訳 論語と算盤』(渋沢栄一 現代語訳:守屋淳 ちくま新書)

 渋沢栄一は『論語』を座右の書とし、ビジネスにおける道徳の必要性を説き続けた人物です。

 どんな会社でも、企業理念やミッションや行動指針が高潔な文章で書かれています。でも、世間を騒がす不祥事は後を絶ちません。カリスマリーダーとして社会的地位を確立し、多くの人を啓蒙できる存在だったにもかかわらず、晩節を汚すリーダーは歴史上多く存在します。

 「論語読みの論語知らず」とは、このことでしょう。

 渋沢栄一の場合は、論語が机上の空論とならず、より現実的な行動哲学となって、経営においては、実際的な効果をあげていました。その裏づけとして、冒頭書いた企業名の創設を彼が成功させた歴史的事実を挙げれば十分でしょう。

 「義利両全」(正義と利益を両立させる)は、温故知新の教え通り、今、改めて深く考えたいマネジメント哲学です。

渋沢栄一の名言
欧米諸国の、日々進歩する新しいものを研究するのも必要であるが、東洋古来の古いもののなかにも、捨てがたいものがあることを忘れてはならない。

『現代語訳 論語と算盤』(渋沢栄一 現代語訳:守屋淳 ちくま新書)


怪物「岩崎弥太郎」との対立。

渋沢栄一のキャリア 

 渋沢栄一は天保11年(1840年)、現在の埼玉県深谷市血洗島にあった豪農の家に生を受けました。

 ちなみに、坂本龍馬は天保6年(1835年)生まれです。ですので、渋沢の青春期は、日本が揺れに揺れた幕末にあたります。龍馬と同じ時代の空気を吸って、若き日は尊皇攘夷の志士として高碕城乗っとりや横浜を襲撃する異人殺害計画を立案しています。

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まっつん

この異人殺害計画は失敗に終わり、「最後の将軍」徳川慶喜の一橋家に仕えることになります。その後、幕府の家臣として渡仏し、帰国後、明治政府の官僚(大蔵省)となります。その大蔵省を辞職した後に、実業家として大成していくのです。

 「近代資本主義の父」のキャリアにも紆余曲折がありますね。

岩崎弥太郎 

 さて、渋沢と同時代の実業家といえば三菱財閥を築き上げた岩崎弥太郎です。ふたりは「両雄並び立たず」と言いたくなる関係で、対立した時期があります。

 岩崎弥太郎は土佐藩から買い取った船で海運業を始めました。これは、坂本龍馬の遺産ですね。岩崎は大隈重信をバックにつけ、明治11年(1878年)には、海運業で巨万の富をえていました。

 渋沢は、大久保利通との対立があって大蔵省を辞め、第一国立銀行の頭取として実業界で名を馳せていました。

 明治11年の8月、岩崎から誘いがありました。向島の柏屋で舟遊びでもしませんかと。岩崎の目論みは、栄一を味方に引き入れることです。柏屋での会話について、渋沢の四男である渋沢秀雄氏が『明治を耕した話』で、こんな風に書いています。

 岩崎が今後の経営について尋ねると、渋沢は持論の「合本法」の話をして、国利民福を事業の目標にすべきと答えた。岩崎は合本法を「船頭多くして船山に登る」と批判し、優れたリーダーの専制的な経営が必要だと、また、巨大な利益が独占できるからこそ働き甲斐があると自説を展開し、渋沢の合本論は理想論だと退けた。意見は対立し、栄一は席をたって帰ってしまう。

『明治を耕した男』(渋沢秀雄 青蛙房)

 「合本法」とは今の株式会社制度ですね。

 広くお金を集め、多くの人に還元する。「国利民福」とは、国が豊かになり国民が幸福になることです。それこそが事業の目的だと栄一は言います。岩崎は、一企業で富を独占しても構わないとします。「渋沢合本主義」と「岩崎独占主義」の対立は、後に熾烈な「海運戦争」に発展していくのです。

「日本郵船」が生まれた歴史的背景。

 岩崎は海運業をほぼ独占していました。価格は思い通りで、国民が不利益を被っていたのです。これを放置していては、論語にある「義を見て為さざるは、勇なきなり」です。

 栄一は三井財閥と組んで明治13(1880年)に、東京風帆船会社を設立し競争をしかけます。岩崎の参入によって、激しい価格競争が繰り広げられました。しかし、岩崎が明治18年(1885年)に鬼籍入りし、政治家の介入もあって両陣営は合併することになります。この時、統合された会社が現在の「日本郵船」です。

渋沢栄一の名言
正しいことをねじ曲げようとする者、信じることを踏みつけにしようとする者とは、何があってもこれと争わなければならない。このことを若いみなさんに勧める一方で、わたしはまた気長にチャンスが来るのを待つ忍耐もなければならないことを、ぜひ若いみなさんには考えてもらいたいのである。

『現代語訳 論語と算盤』(渋沢栄一 現代語訳:守屋淳 ちくま新書)


経営は、社会への恩返し。

 渋沢は『論語と算盤』にこう書いています。

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渋沢栄一

「正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ。ここにおいて論語と算盤という懸け離れたものを一致せしめることが、今日の緊要の務めと自分は考えているのである」

『現代語訳 論語と算盤』(渋沢栄一 現代語訳:守屋淳 ちくま新書)

 今、企業経営において最も大事なのは「道徳」「道理」「倫理」だと言ったら、一笑に付されるでしょうか。

 渋沢も『論語』を持ち出すと、笑われ批判されたと言います。

 でも、明治でも昭和でも平成でも、そして令和になっても、道徳観が企業経営を成功させる一要因であることに変わりはありません。エシカル消費(Ethical Consumption)という言葉も登場し、消費者・生活者、つまり社会が倫理的な企業を求めています。渋沢は家族の前でよく言っていたそうです。

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渋沢栄一

「どんな賢い人でも、社会があればこそ成功できたのだ。だからその社会には恩返しをしなくては申し訳ない」

『明治を耕した男』(渋沢秀雄 青蛙房)

 道徳観をもった社会への恩返しが企業経営の目的です。

 ネット社会となり内部から企業の不正が暴かれる時代です。企業の社会的責任とそれに伴った道徳観・倫理観が真の意味で問われています。渋沢栄一が、新札の顔として登場する日(2024年予定)も近づいています。

 今、渋沢栄一の思想に学ぶべきものは、とても多いですね。

渋沢栄一の名言
本当の経済活動は、社会のためになる道徳に基づかないと、決して長く続くものではないと考えている。

『現代語訳 論語と算盤』(渋沢栄一 現代語訳:守屋淳 ちくま新書)

(文:松山淳)