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元型とは何か《ユング心理学》

元型とは何か?ユング心理学

「元型」(archetype)とは、人間に生まれ持ってそなわる集合的無意識で働く「人類に共通する心の動き方のパターン」のことである。分析心理学者C.G.ユング(1875-1961)が提唱した概念。ユングは患者の言動や神話を研究することで「元型」を分類し理論を確立していった。「太母」(グレートマザー)、「影」(シャドー)、「アニマ・アニムス」「トリックスター」「老賢者」(ワイズオールドマン)が、代表的な「元型」である。

 ユングは『元型論』(紀伊国屋書店)で「元型とは、意識の手が加わっていないような心の内容、つまり、こころがそのまま現れてきたものだけを指している」(p30)と書く。

 「元型」の基本的な意味をおさえ、次に「元型」の働く領域である「集合的無意識」を解説し、「元型」の種類〈「太母」(グレートマザー)「影」(シャドー)「ペルソナ」など〉について説明していく。

元型とは

 「お母さん」。この言葉からどんなことをイメージしますか?

 この質問を、日本人、アメリカ人、ドイツ人、ブラジル人、中国人、韓国人、アフリカ人など、全世界の人に聞いてみたとします。その時、言語は違えども「優しさ」「愛情」「あたたかさ」など、共通する言葉の出てくることが予想されます。

 なぜ、共通する言葉が出てくるのかと言えば、それは「人間に生まれ持った共通する心のパターン」があるからです。

 ユングは、こうした人間に共通する心の動きを分類しパターン化し、それを「元型」(アーキタイプ archetype)と呼びました。

 『夢分析論』(みすず書房)で、ユングは元型について、こう書いています。

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「元型とは、あらゆる時代や地域の中のみならず、個人の夢やファンタジー、ヴィジョンや妄想の中においても一致した形式で見出される、特定の形式とイメージ上の関連性、と理解されるべきものである。」

『ユング 夢分析論』(C.G.ユング みすず書房)p108

 またこうも書いています。

「元型はイメージであり、それと同時に情動である。元型について語ることができるのは、これらの二つの側面が同時に生じる場合のみのことだ。」

『ユング 夢分析論』(C.G.ユング みすず書房)p241

 ここまで書いたことを考慮すると、「元型」の3条件を提示できます。

  1. 元型は人類に共通する心の動きのパターン。
  2. 元型はイメージ。
  3. 元型は情動をともなう。

 ここでちょっとわかりにくいのが「情動」という言葉です。「感情」ではなく「情動」です。

 「情動」を辞書に当たると「恐怖・驚き・怒り・悲しみ・喜びなどの感情で、急激で一時的なもの」(デジタル大辞泉:小学館)とあります。私たちが日々、感じる「感情」よりも、その程度が大きくて深いものが「情動」です。

まっつん
まっつん

 ですので、夢を見た時に、自分の存在を深く揺り動かされるような「情動」を体験するのであれば、それが「元型」にまつわる夢だといえます。神様や龍が出てきたからといって、すぐに「元型」とはいえません。映画で観たり漫画で読んだりした神様や龍が「反復夢」(現実の出来事が夢の中で反復される)として出てきただけかもしれません。

 この「元型」の働く心の領域としてユングは「集合的無意識」を想定しました。

集合的無意識(collective unconscious)

 ユングは、集合的無意識(collective unconscious)で「元型」が働くと考えました。では「集合的無意識」とは何でしょうか。集合的無意識とは、生まれてからできたものではなく、人間に生まれ持ってそなわっている無意識の領域です。集合的無意識は、普遍的無意識とも訳されます。ユングは、こう書いています。

「集合的無意識とは、個人的なものではなく、すべての人間にとって、そしておそらくはすべての動物にとっても共通するようなものであり、先祖から受け継いだ表象可能性の遺産として、個人のこころの真の基礎となるものである」

『エッセンシャル・ユング』(アンソニー・ストー 創元社)p79

 集合的無意識が「生まれ持ったもの」に対して、生まれてからできたのが「個人的無意識」(Personal unconsucious)です。個人的無意識には、コンプレックスや抑圧した感情、忘れられた記憶などが含まれています。

「意識」「個人的無意識」「集合的無意識」のイメージ図

 つまりユングは心の領域を3つのエリア=「意識」「個人的無意識」「集合的無意識」に分けて考えました。これはユング独自の発想です。

「個人的無意識の内容は主として、いわゆる強い感情を伴ったコンプレックスであり、これは心的生命のうち個人的な内容の部分を形成している。それに対して集合的無意識の内容はいわゆる元型である」

『元型論』(C.G.ユング 訳 林義道 紀伊国屋書店)p29

「元型」研究の始まり

 ユングが「元型」を理論化するのは、患者の話すことや行動を解明しようとしたことがきっかけです。ユングの患者とは、今でいう統合失調症の人たちです。彼ら彼女らは意味不明の言葉を発し、不可解な行動を繰り返しているように見えます。

 当時の医師たちは「病気だから、それはそういうもの」と、患者の言動を掘り下げて研究しようとしませんでした。ユングは違いました。患者たちの言葉や行動には「何か意味があるのではないか」と考えたのです。

 1906年頃、ある患者が頭を左右に振りながら太陽を見ていました。ユングが「何が見えるのか」と尋ねると、患者はいいました。

患者
患者

「太陽のペニスが見えるでしょうが。私が頭を左右に動かすと、それも同じように動くんだよ。そしてそれが風の原因なんです」

『元型論』(C.G.ユング 訳 林義道 紀伊国屋書店)p22

 患者が何をいっているかわかりませんでしたが、ユングは記録しておきました。それから約4年後、言語学者アルブレヒト・ディーテリッヒの本に、ミトラ教の一文を見つけ、ユングは驚きます。

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「汝、日輪より垂れ下れる筒を見るならん。これ西の方角を向けばたちまち東風起こりて止むことなく、東の方角を向きて名ずれば西風となる。かくの如く筒の方向により様相、逆転し、あるいは移ろいゆくのを、汝、見るならん」

『元型論』(C.G.ユング 訳 林義道 紀伊国屋書店)p23

 この患者が、ミトラ教を知るはずがありません。20代頃に病を診断され、病院に隔離されていました。しかし、彼の言っていることはミトラ教の一文と共通しています。

まっつん
まっつん

 ユングは意味不明な患者の言動にも何らかの意味があり、知るはずもない宗教の教えを患者が言葉にできるのは、「人間の心の奥深くには何らかの共通するパターン」があるのだと考えました。そう考えれば、患者と宗教の教えが一致することは、論理的につじつまが合います。

 ユングは、夢を分析し神話や昔話を収集しました。また患者に「能動的想像」(アクティブ・イマジネーション)を試みてもらったり、絵を描いてもらったりして「元型」のイメージを蓄積していきました。

 「能動的想像」とは、イメージ・ワークのことです。例えば、夢の中に「母親」が出てきたとします。この時、「母親」について連想したり、イメージの中で対話をしてみたり、さらに夢の物語を展開させたりしてみることです。

 ユングが研究を重ねていくと、そこにパターンがあるのを発見しました。このパターンを分類し理論化したのが「元型論」というわけです。

 では、次から「元型」にはどんな種類があるのかを見ていきましょう。

「元型」の種類

 「元型」の種類について書いていきます。「太母」(グレートマザー)「影」(シャドー)「ペルソナ」「アニマ・アニムス」「トリックスター」の順に論を進めていきます。

太母(グレート・マザー)

「母」へのイメージは誰もが持つものであり、多くの人の夢に登場します。母には「優しさ」「ぬくもり」などの明るい面もありますが、「支配」「誘惑」「呑み込み」などの暗い面もあります。

 ユング派河合隼雄氏の著『ユングと心理療法』(講談社)に、こんな夢の例があります。

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 自分の背の高さよりも高いクローバーが茂っている。その下を歩いていくと、大きい大きい肉の渦があり、その渦にまきこまれそうになって叫び声をあげ、目を覚ます。

『ユングと心理療法』(河合隼雄 講談社)p53

 クライエントは不登校の中学2年生の男子です。この夢で「大きい大きい肉の渦」が不可解でインパクトがあります。河合氏が「肉の渦」について少年に連想を尋ねても「ほとんどない」状態でした。

 この夢には叫び声をあげるような「情動」がともなっています。「情動」は元型の条件でした。河合氏はこの夢が、元型のひとつ「太母」(グレートマザー)に関わる夢だとし、こう書いています。

 この夢の中の肉の渦のイメージについて考えると、これはまさに神話のモチーフとしてのグレートマザー(太母)の深淵に通じるものである。グレートマザーはすべてを生み出す地なる母でもあり、その反面に、すべてのものをのみつくしてしまう死の神である。そして、生と死のこの両面性を象徴するものとして、渦巻がもちいられ、多くの地母神の像に認められる。

『ユングと心理療法』(河合隼雄 講談社)p53

 少年の夢には、「太母」(グレートマザー)の暗黒面が色濃く反映されています。

 人間は誰もが「母」から生まれます。そのためか、母なる存在への共通したイメージを持っているのです。それは、「光の神」としての明るい面もあれば、「死の神」としてのの恐ろしい面もあります。

 ユングはこう書いています。

 すべての元型は、肯定的で好意的で明るく、上方を指し示す性格をもつと同時に、下方を指し示す性格をもち、あるものは否定的で険悪な性質を、あるものは大地的というだけの広い意味で中性の性質をもつ。

『元型論』(C.G.ユング 訳 林義道 紀伊国屋書店)p255-256

影(シャドー)

 「影」(シャドー)とは、その人の「生きられなかった反面」です。

 例えば、「自分の性格は小さい頃から明るい」と、肯定的に自己評価しているAさん(男性)がいたとします。周囲の人もAさんは「明るい性格だね」と認めていて、そう言われることをAさんは心地よく感じます。

 Aさんは「性格の明るい人」として生きてきました。これをひっくり返すと、「性格の暗い人として生きてこなかった」ことになります。

 つまり、Aさんにとっての「生きられなかった反面」とは「性格の暗い人」です。Aさんは「明るい自分」を意識に受け入れていますが、「暗い自分」は受け入れていません。すると、「暗い自分」は無意識に追いやられ、生きているのです。

意識が否定する「生きられなかった反面」が、無意識の領域で「影」(シャドー)となる。

 この図式は、人間に共通する心のパターンです。よって、ユングは「元型」のひとつとして「影」(シャドー)をあげているのです。ユングは、こう書いています。

 影ということで、私は人格の「否定的」側面を意味している。それは十分に開発されてこなかった個人的無意識の内容・機能を含めて、私たちが表出したがらない不快な性質をもったもののの集合である。

『エッセンシャル・ユング』(アンソニー・ストー 創元社)p101

 「影」(シャドー)は、夢の中では自分の同性となって登場してきます。男性の夢には男性として、女性の夢には女性として「影」が現れます。

 先ほどのAさんを男性とした時に、いかにも性格の暗い「男の人」が夢に出てきて、その男と喧嘩したり、言い合いをして不快な思いをしたら、その「暗い男」が「影」(シャドー)です。

まっつん
まっつん

でも、「暗い男」も「Aさん自身」です。「私を無視するな、見捨てるな」と夢を通して伝えてきているのです。夢は無意識からのメッセージです。「影」が出てきた時には、その声に耳を傾け、意識の領域へ取り入れようとする努力が求められます。

ペルソナ(仮面)

 「ペルソナ」とは、外(社会)に向けた自分の顔です。語源は「仮面」。

  例えば、ある企業で働くS課長がいたとします。課長ですので部下の前では「上司」です。でも部長が登場するとS課長は「部下」になります。部下の前で堂々と「上司の顔」をしていたS課長は、部長の顔を見て、突然、腰が低くなり「部下の顔」になります。

 会社ではS課長ですが、結婚して子どもがいれば、家に帰るとS課長は、奥様の前では「夫」になり、子どもの前で「父親」(パパ)となります。家族の前では、会社で見せない「顔」を見せます。学生時代の同級生と飲みにいけば「友達同士」として「子どもの顔」になってふざけます。その顔は、会社の人たちにも家族にも、見せたことのない「顔」です。

 人間は、その時々で、自分に課せられた役割(上司・部下、夫・妻、父親・母親、友達など)を果たそうと、外に向けている「自分の顔」をしなやかに変化させながら生きているのです。 

 ユングは「ペルソナ」について、こう書いています。

 ペルソナは、個人的無意識と社会との間の複雑な関係システムである。一方では他者に一定の印象を与え、他方では個人の本当の姿を隠すという、いわば一種の仮面の役割を果たしている。自分の真の姿を隠すなどというのは不必要なことだと言えるのは、自分のペルソナと同一化してしまっていて、もはや自分が分からなくなっている人だけであろう。

『エッセンシャル・ユング』(アンソニー・ストー 創元社)p101

 この「ペルソナ」は、夢の中で、洋服に関連することが多くあります。

 例えば、S課長がこんな夢を見たとします。

 【S課長の夢】
 会社に出社したら自分だけパジャマを着ていた。職場のみんなはいつもの様子。私は恥ずかしさのあまり、あわてて会社から逃げ出した。

 この夢は、会社におけるS課長の「ペルソナ」が、バランスを崩していることを意味しています。

 もしかしたら「自分は仕事ができる課長だ」と天狗になっているのかもしれません。周りの人は、S課長を「仕事のできる上司」とは認めていないのです。そのズレを無意識は気づいているので、夢の中で「間違ってるぞ、天狗になってるぞ」とメッセージを伝えてきているのです。

 夢の中で、場違いな格好をしていたら、外に向けた「自分の顔」(ペルソナ)がズレていないか、疑ってみましょう。 

アニマ・アニムス

 ペルソナ(仮面)が「外に向けた顔」なら、「アニマ・アニムス」は「内に向けた顔」です。アニマ(anima)、アニムス(animus)は、ラテン語で「魂」を意味します。

 よって、「アニマ・アニムス」は「魂のイメージ」ともいえます。

まっつん
まっつん

 外の世界(社会・会社)に向けて立派なペルソナをつくり上げ、社会的に成功していた人が、ある日を境に「自分の成し遂げてきたことに意味を感じられず、何もかもが虚しくなる」ということが起きます。

 外の世界で立派でいること(ペルソナ)に心を奪われ、自分の「内なる世界」「心の声」「魂の叫び」を無視・軽視していると、ある日突然、虚しさにとらわれ、逃れなくなるようなことがあるのです。

 人生では、外に向けた顔(ペルソナ)も大切ですが、内に向けた顔(アニマ・アニムス)も大切です。「魂」が何を求めているのかを聞こうとするだけでも、心の健やかさにつながります。

アニマは、男性の魂のイメージであり、夢では女性の姿をとることが多いとされます。
アニムスは、女性のもつ魂のイメージであり、夢では男性の姿をとることが多いとされます。

心は二律背反構造

 なぜ、男性が女性のイメージで、女性が男性のイメージになるのでしょう。なぜなら、心が「二律背反」の構造になっていると、ユングは考えたからです。

 「二律背反」とは、対立・矛盾する概念が二つ同時に存在している状態です。

 性格論ですと「外向」⇆「内向」が二律背反の代表例です。「外向」⇆「内向」は、対立・矛盾する概念ですが、人間はその二つを同時に持っています。

 男性は、社会的に「男らしさ」を求められます。するとペルソナ(外に向けた顔)は、社会(外)から求められる役割を果たそうと、より「男らしく」あろうとします。「外へ」が「男性」であれば、二律背反ですので、その反対の「内へ」は「女性」となるのです。女性はその逆パターンです。

 ユングはアニマについて、こう書きます。

人生の半ばを過ぎると、アニマを失ったままでいることは、生気や柔軟性や人間味がますます失われていくことを意味している。たいていは年のわりに早く硬直化し、頑固、画一性、狂信的一面性、わがまま、強情となるか、反対に諦め、倦怠、自堕落、無責任、ついには飲酒癖を伴うような「脳軟化症」となる。それゆえ人生の半ばを過ぎたら、元型的な体験領域との関係をできるかぎり再建すべきである。

『元型論』(C.G.ユング 訳 林義道 紀伊国屋書店)p98

 河合隼雄氏の事例では、ある男性の夢で「海から裸の少女を浮き上がってきて、あわてて人工呼吸をする」という場面があります。海は無意識、少女はアニマの象徴であり、この男性のアニマは無意識の領域にいて、死にかけていたのです。

 「アニマ・アニムス」をあまりに軽視すると、「自分に嘘をついて生きる」ことになります。ユングは、中年期以降が「アニマ・アニムス」と向き合い、心を成長させていく時だと考えています。

 「中年の危機」(ミッドライフ・クライシス)は、「アニマ・アニムス」にまつわる問題が多いものです。

 「自分は本当はどんな生き方をしたいのだろう」。

 そんな問いを時には投げかけつつ、夜見る「夢」にどんな人物が現れ、何を言っているかに注意を払ってみてください。

トリックスター

 トリックスター(trikcster)は、いたずら者、ペテン師などと訳され、多くの神話に登場します。北欧神話「ロキ」、ギリシア神話「ヘルメス」、日本神話「スサノオ」などが代表的なトリックスターです。

 映画アベンジャーズ・シリーズを観たことがあるなら、映画に登場する「ロキ」を思い浮かべてみてください。嘘つきで狡猾ですが、英雄的な役割も果たし、脇役でありつつ物語を次に展開させる重要な役割を果たしています。

 ユングはトリックスターについて、こう書きます。

彼は救い主の先駆者であり、救い主と同様に神であり人間であり動物である。彼は人間以下でありながら人間以上であり、神=獣的存在であり、その一般的な最も強い特徴は無意識性である。

『元型論』(C.G.ユング 訳 林義道 紀伊国屋書店)p98

 トリックスターは、救い主であり先駆者であり神であり動物であり英雄でもあります。多様な「顔」を変幻自在に操りながら、行き詰った状態を突破する役割を果たします。

 トリックスターは英雄になりたくてそうしているのではありません。無意識の内に「そうしてしまう」「そうなってしまう」という点が特徴です。ユングの一文の最後、「一般的な最も強い特徴は無意識性である」は、そのことを指摘しています。

まっつん
まっつん

 例えば、部下にとても厳しく、顔をいつもしかめているZ部長(男性)が、初めて会った女性の新入社員に「何でそんな怖い顔してるんですか、もっと笑ったらいいと思います」と、さらっといわれて困惑する場面を想像してみてください。Z部長にとって、1度も言われたことのない言葉です。

 Z部長(50代)は「厳しい上司」としてのペルソナを作りあげ、キャリアを積み上げてきました。しかし、人間関係で揉めることが多く、厳しいばかりで周囲からの評価は決して高いものではありません。アニマ(女性ならではのしなやかさ、優しさ)の要素を、意識に統合することがS部長の課題です。

 新入社員は、部長を怒らせようとか、短所を指摘しようとか、人格を変容さようとか、何かを意図していったのではありません。ただ無意識の内に感じたことをいったまでです。彼女はさらっと本音を口に出せる性格タイプでした。

 この新入社員との関係性の中で、Z部長が「厳しくもあるけど優しくもある上司」へと変わっていったのなら、彼女はトリックスターとしての役割を果たしたことになります。トリックスター(新入社員)は、Z部長のペルソナとアニマとの間にエネルギーが流れる水路を開いたのです。それは創造的かつ英雄的な働きです。

 トリックスターは硬直した人間性に創造的破壊をもたらします。新たに創るためには一度、壊さなければなりません。壊れたものから新たな何かが生まれてきます。

 完璧主義、真面目一辺倒では疲れてしまいます。厳しいばかりでは周囲の人が疲れます。トリックスターのような「しなやかさ」「色々な顔」「ふざけて遊ぶ」ことが、人格に新たな要素を創造し、人間性に深みと潤いをもたらすのです。

  河合隼雄氏は『影の現象学』(講談社)で、こう述べています。

『影の現象学』(河合隼雄 講談社)
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ある人が人生を創造的に生きようとするかぎり自分の心の内部のトリックスターと常に接触を失わないことが必要であることは事実である。王や英雄への同一化を急ぐあまり道化性を失ってしまった個人は、いかに弾力性に欠け、危険性に満ちたものになるか

『影の現象学』(河合隼雄 講談社)p214

 夢の中に、自身の硬直したセルフ・イメージを突き崩すような「ふざけた子供」「ピエロ」「変な動物」などが出てきて慌てたり、驚いたり、怒ったり、笑ったり、何らかの「情動」を感じて目が覚めたことはないでしょうか。

まっつん
まっつん

 もし思い当たる夢があれば、その夢は、あなたが必要以上にこだわっているけど、すでに賞味期限切れしている何かを変えようとして、あなたの「トリックスター」が心の中で動き回っているのかもしれません。

 しなやかに健康でいるために、トリックスターの声にも耳を傾けてみましょう。

なぜ、ユングは「元型」を重視するのか?

 ユングは「元型」に重きを置きます。なぜなら、「元型」は心の奥深く(集合的無意識)から生まれ出るイメージであり、人格を発展させるエネルギーを持っているからです。

 ユングは、人が「個性化」(individuation)していくことを重視しました。「個性化」とは、「その人が本来そうなるであろう究極の自分になっていくこと」です。人生とは「個性化」のプロセスそのものといえます。

 「個性化」を実現することは、意識と無意識を含めた「心」全体を成熟させていくことに他なりません。

「心」全体の成熟は、「無意識」の状態を知り、「無意識」の要素を「意識」に統合していくことで成されます。

 では、無意識の状態を知るにはどうすればいいのでしょう。その答えが夢分析です。夢は無意識からのメッセージです。無意識がどうなっているかを夢は表現しています。ですので、ユング心理学では夢分析を重んじます。

 「個性化」は決して完成することのない生涯を通して行われる心のお仕事です。

 ユングの考える心は、「意識」「個人的無意識」「集合的無意識」が合わさってひとつの心=全体でした。

 集合的無意識から生まれる「元型」のイメージは、私たちに生まれ持ってそなわっているものであるがために、「個性化」のための大きなヒントを提示します。

 感情を強く揺さぶられる「情動」をともった夢を見た時には、「元型」が動いている可能性があります。

 そんな時には、その夢は絵に描いてみたり文章にしたりして、どんなメッセージを伝えようとしているのか、ちょっと考えてみましょう。

 心を成熟させる大きなヒントが、きっと、そこにあります。 

(文:松山 淳


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