10/7 セミナー「逆境を乗り越える力を高めるフランクル心理学 7つの教え」

ユングの夢分析

コラム136ユングの夢分析

 ユングの夢分析は、「補償理論」「目的論」「元型」という3つの考え方をベースに展開される。ユングは、無意識に「病」の原因が潜在する否定的側面を認めつつ、「創造性の宝庫」としての肯定的な側面を強調した。ユングの無意識に対する肯定的なとらえ方が、彼の夢分析を特徴的なものにしている。「補償理論」「目的論」「元型」をキーワードとして、ユングの夢分析について解説していく。

まっつん
まっつん

 コロナウイルスで大変な時です。本コラムの「転載・引用」に許可はいりません。お役に立ちそうであれば、どうぞ自由に使ってください。みんなで力をあわせて、乗り越えていきましょう!

夢分析で、無意識を知る。

 心には「意識」「無意識」の領域があります。あなたは、「今、自分はコラムを読んでいる」と、自分に気づくことができます。それは「意識の領域」の働きです。当たり前過ぎることですが、人は眠りから目を覚ますと、仕事や勉強や家事を「意識の領域にいる自分」でこなしていくことになります。

 一方で、人には、日頃の自分では意識できない「無意識」という領域があります。この無意識は、日中、起きている時も、夜、寝ている時も、常に働き続けてあなたに影響を与えています。

 「無意識」からの影響が、否定的な力を発揮すると、時に、人は「心の病」をわずらうことになります。

夢とは?

『ユング 夢分析論』(みすず書房)
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 ここでやっかいなのが、無意識を知ることの難しさです。足を痛めた時に、レントゲン写真を撮って、骨が折れていれば、痛みの原因は明らかです。でも、心をレントゲンで撮ることはできません。心は目に見えないのです。そこで、無意識が「どんな状態になっているか」を知ろうとして、様々な手法が編み出されてきました。

 夢分析は、そのひとつです。

 ユングは「夢」について、こう書いています。

ユング
ユング

「夢とは無意識的なこころの活動の直接的な表現です」(p5)
「夢とは目下の無意識の状況が象徴的な表現形式で自発的に自己表現したもの」(p70)

『ユング 夢分析論』(C.G.ユング みすず書房)P70

 夢は、無意識にある情報を、睡眠中にその人の意識が把握したイメージです。

 ですので、夢を語ってもらい分析してけば、その人の無意識が「何を考え」「どんなメッセージを発信しているのか」が理解できるはずです。

ユング
ユング

「心の性質は、意識の中よりも夢の中でより明らかになります。心のもっともプリティブな性質に由来するイメージや欲動は、夢の中で発言の機会を得るものなのです。」

『ユング 夢分析論』(C.G.ユング みすず書房)P32

 心は「意識」と「無意識」が合わさってひとつです。

 ですので、無意識の状態がわからなければ、「心の性質がわかった」とは言えません。夢は無意識にあるものを、より多く語ります。そこでユングは「心の性質は、意識の中よりも夢の中でより明らかになります」というのです。

 それでは、次から実際の夢をとりあげながら、ユングの夢分析の特徴である「補償理論」「目的論」「元型」を織り交ぜながら、話を進めていきます。


心にはバランスをとる働きがある(補償理論)

 ある社会的に大成功を収めた男性がユングのもとを訪れました。その男性は「不安、危険だという感覚、眩暈(めまい)に悩まされていて、それが時には吐き気、頭重感、息苦しさに至ること」(p5)もある状態でした。今でいえば神経症のひとつ「パニック障害」の症状です。

 その男性は2つの夢を語りました。ひとつ目の夢は、こうです。

〈夢:成功した男〉

「私は自分が生まれた小さな村に帰ってきている。同じ学校に通っていた農家の子どもたちが何人か並んで通りに立っているが、私は彼らのことを知らないかのようにして通り過ぎる。すると彼らの一人が私を指差して、「あいつもあまりおれたちの村に帰ってこないな」と言っているのが聞こえる」

『ユング 夢分析論』(C.G.ユング みすず書房)P5-6

 男は、社会的に成功をおさめました。お金はあり地位は高くなり上流階級入りしました。ただ、彼は「貧しい農家」から身を起こした人物だったのです。才能に恵まれ努力を重ねて成功を勝ち取りました。

 社会的に成功しているのに「不安、危険だという感覚、眩暈(めまい)」に悩まされています。この夢は、男に何を伝えようとしているのでしょう。ユングは「夢ははっきりとこう言っているのです」と前置きして、こう書いています。

ユング
ユング

「お前は自分がどれだけ下のところから出発したか、忘れてしまっている」

『ユング 夢分析論』(C.G.ユング みすず書房)P6

 この夢は、男の度を過ぎた「生き方」に、警鐘を鳴らしています。「成功者として高い地位まで登りつめたのはいいが、お前には限界があるぞ」と…。意識レベルでは、成功した自分を維持しようと必死になっていますが、無意識は「もう限界だ」と認識していて、その結果、「夢」を通してメッセージを伝えてきているのです。

 ふたつ目の夢は、「列車が線路から脱線して大惨事になる夢」でした。夢は、複雑なイメージが入り乱れるのが常で、解釈するのにとても苦労しますが、この例は、わかりやすいですね。2つの夢からユングはこう書きます。

ユング
ユング

「彼は自分が成し遂げたことで満足するべきなのにそうすることなく、野心が彼にとっては空気が薄すぎるところまで、さらに上へと彼を登らせ続けているのです。そんなところでは、彼は適応できません。だからこそ、警告を行う神経症が彼のもとへとやってきているのです」

『ユング 夢分析論』(C.G.ユング みすず書房)P6

 男はユングの解釈を否定的にとらえました。「生き方」を改めなかったのです。

 その結果、夢が警告した通りの「大惨事」が起きました。彼は、仕事の面で「完全に脱線」してしまったのです。『ユング 夢分析論』に詳細は書かれてありませんが、会社が倒産するとか、左遷させられるとか、症状が悪化して仕事ができなくなるとか、何らかの大きな挫折を味わうことになったのでしょう。

ユング心理学の補償理論

 ユングは、「意識」と「無意識」は「補償しあう関係にある」と考えました。

 これをユング心理学で「補償理論」といいます。「補償」とは、欠けたものを補うことです。つまり、ある人の「生き方」がバランスを失っていたら、心にはそれに気づかせ、バランスをとろうとする働きがあるのです。

 仕事が少しできるからと「天狗になってしまう人」は、「天狗になっている自分」に気づけないことが多いですね。すると、「最近、天狗になって、まわりに迷惑をかけているよ」と、夢で何らかのメッセージを伝えてくることがあります。

 反対に、仕事もちゃんとできて魅力もあるのに、「私は全然ダメ、価値がない」と自己卑下ばかりしているなら、「自分の魅力をもっと素直に認めたら」と気づかせるような夢が届けられるでしょう。

ユング
ユング

「こころとは自己調整を行うシステムであり、体という生がそうするのと同じようにしてバランスをとっています。行き過ぎた過程に対しては、それが何であれ直ちに、そして確実に補償が始まります。この補償を抜きにしては、正常な新陳代謝も正常な心もありえません。」

『ユング 夢分析論』(C.G.ユング みすず書房)P6

 もし、男が、ユングの夢分析の解釈を謙虚に受け入れて、「今以上の成功はあきらめ、今の成功で十分に満足する」ような生き方に改めていたら、彼の人生に「大惨事」は起きなかったかもしれません。


何のためにその夢を見たのか(目的論)

 男の無意識は、度の過ぎた「生き方」に気づかせるために、夢を見せていました。彼が気づかないので、表現を変えて2つの夢まで、見せていました。それは、夢には何らかの「目的」があるということです。

 ユングは「何が原因でこんな夢を見るのか」と考える「原因論」ではなく、「どんな目的からこの夢を見るのか」と考える「目的論」の立場をとりました。

 「何のためにその夢を見るのでしょう」。そう考えるのが目的論です。

 夢の目的は、心のバランスをとる「補償」にあるわけで、夢には何か伝えたいことあるのです。だとすれば、インパクトのある夢を見た時には、自分の今の「生き方」にどこか改善する点がないか、と自問自答するといいですね。ユングは、次の問いを提示しています。

ユング
ユング

「夢によって補償されているのはどのような態度だろうか」

『ユング 夢分析論』(C.G.ユング みすず書房)P22

 男の例では、「さらに成功を求める度の過ぎた態度」でした。

 次の例は、「馬鹿馬鹿しい偏見と強情な主張」(p174)を繰り返す女性です。主治医は言葉を尽くし、彼女に「多少なりとも分別を得てもらおうと骨を折った」(p174)のですが、無駄でした。非常に自己中心的で、偏見で他人を攻撃するような人だったのでしょう。その女性が、ある日、こんな夢を見ました。

〈夢:強情な女性〉

 盛大な社交パーティがあり、彼女はそれに招待されている。彼女は玄関で主人役の女性(とても立派な貴婦人)に迎え入れられ、このように言われる。「お出いただけて嬉しいです。お友達の皆さんもすでに到着されて、あなたのことをお待ちですよ」。主人役の女性は彼女をあるドアのところまで連れて行き、そのドアを開ける。彼女は中へと入っていく─── 牛小屋の中へと。

『ユング 夢分析論』(C.G.ユング みすず書房)P174-175

 「盛大な社交パーティ」と最後の「牛小屋」との対比が、強いインパクトを残す夢です。

 この夢を見た強情な女性は、自分のことを、この夢に出てくる「立派な貴婦人」ような存在と考えていたのでしょう。でも、無意識は、それに反論する形で、真実を告げてきました。

「あなたには牛小屋がお似合いですよ」

 彼女は、この夢の解釈を認めませんでしたが、しばらくして、受け入れざるをえない状況になりました。医師(他人)が言葉を尽くしたことは、100%無駄とはいえません。この夢のように警告を発する夢を誘発する可能もあるからです。聞き入れていないのは、彼女の「意識」であって「無意識」は、しっかり聞いているのです。

 ただ、最後の最後、変わることに納得するのは本人次第です。心の底から「このままではまずいな」と、本人が腹落ちした時に、人は変わるものです。「腹落ち」させるために、夢は、とても効果的です。なぜなら、他人ではなく、自分が自分にそういっているからです。

まっつん
まっつん

 彼女が「あなたは何のためにこの夢を見たと思いますか?」「何の目的で牛小屋に案内されたのですか?」と問われたら、何と答えていたでしょう。きっと冷や汗をかいて答えに困ったことでしょう。夢の目的は明らかです。強情で偏見に満ちた「生き方」を改めさせるために、無意識は彼女に「牛小屋へと案内される」夢を見せたのです。

 彼女が夢のメッセージを受けとって、その強情さが影をひそめていったのであれば、そもそも強情ではない彼女が、彼女の中に存在していたとも考えることもできます。

 つまり、彼女の無意識には「強情ではない人格」があらかじめ用意されていたのです。

 ですので、夢のメッセージを受け入れ、人がよりよく変わり成長していくことは、「無意識の自分と意識の自分が交じり合いステップアップしていくこと」といえます。「交じり合いステップアップしていくこと」は、ひと言で「統合」と表現できます。

 ユングは、夢の目的について、こう書いています。

ユング
ユング

「生きとし生けるものはすべて全体性を求めるものであり、それゆえ意識的な世の避けようもない一面性に対して、私たちの中の普遍的な人間的本質の側からたえず修正と補償が生じるのだ。そしてそれらは、無意識を意識の中へと最終的に統合すること、より適切に言えば自我をより広範なパーソナリティのもとへ同化させる、という目標を伴うものなのである」

『ユング 夢分析論』(C.G.ユング みすず書房)P 110

 夢の目的は「補償」であり、「無意識の自分」を意識の中へと「統合」していくことです。その結果、より広範なパーソナリティが形成されていきます。広範なパーソナリティを身に着けるとは、人としてひとまわり大きく成長することです。

 「意識的な世の避けようもない一面性」とは、バランスをくずした「生き方」のことです。仕事で天狗になったり、強情で自己中心的なのに「私は気高い人」と勘違いすることが、人間の一面性です。この一面性をユングは「避けようもない」と書いています。つまり、それは誰にでも起きることなのです。

 でも、バランスが崩れると「普遍的な人間的本質の側からたえず修正と補償生じる」わけです。ここでいう「普遍的な人間的本質」のひとつが、「無意識」のことであり「夢」のことです。

 そう考えると、私たちの心には、バランスを崩した自分を修正してくれる「心強い味方」が存在していると考えられます。そして、その「心強い味方」には、人間の心の奥深くに生まれながらに刻み込まれている「共通した要素」もあるのです。

 その「共通した要素」がユング心理学の「元型」という考え方です。それでは、次に夢の例を上げながら「元型」についてお話ししていきます。


世界中の人間に共通する心の様式(元型)

 夢には、現実に存在する親や友達や会社の人が登場する「現実的な夢」があります。会社の上司に叱られたら、その夜に「上司が夢に出てきた」なんてことは、よくある夢です。

 この「現実的な夢」に対して、神様や宇宙人が登場し、神様と話をしたり宇宙人とUFOに乗ったりする「非現実的な夢」があります。自分の人生経験からは、どう考えても考え出せない奇想天外で不思議で不可解で極めてインパクの強い夢です。

 そうした「非現実的な夢」から目覚めると、自分が見た夢なのに「いったい誰が、こんな夢を創り出したのだ?」と不思議でしかたなく、自然と、自分以外の「他の存在」「他の創り手」に思いが及びます。

「集合的無意識」(Collective Unconscious)とは

 「非現実的な夢」は決して珍しいものではなく、今から約100年ほど前のユングの生きた時代にも、数多く報告されています。そこでユングは「個人の無意識のさらに奥深くに別の意識の層がある」と考えました。

 それを「集合的無意識(普遍的無意識)」(Collective Unconscious)と呼びます。

意識と個人的無意識と集合的無意識のイメージ図
ユング心理学の「3つの意識」

 ですので、ユング心理学では上の図のように「無意識」を2つにわけます。

ユング心理学 2つの無意識

「個人的無意識」(Personal Unconscious)
「集合的無意識(普遍的無意識)」(Collective Unconscious)

 ユングは、個人の力ではとても考えつかない、あまりにも「非現実的な夢」は、「集合的無意識(普遍的無意識)」から生まれてくることがあると考えました。「集合的無意識」について、ユングは著書『元型論』(紀伊国屋書店)の中で、こう説明しています。

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ユング
ユング

「集合的無意識とは心全体の中で、個人的体験に由来するものではなくしたがって個人的に獲得されたものではないという否定の形で、個人的無意識から区別されうる部分のことである」

『元型論』(C.G.ユング 紀伊国屋書店)P12

「元型」と「集合的無意識」

 ユングは集合的無意識を「個人的に獲得されたものではない」といいます。これを逆にいえば、「個人ではない何かによって獲得されたもの」といえます。「個人ではない」ですから、「人類全体」ということです。

 「集合的無意識」には、人類全体に共通する「心の様式」が、そこに含まれています。

 なぜ、そういえるのでしょう。その根拠として、ユングは「神話」を例にあげます。世界に散らばる「神話」には多くの共通点があります。「神話」が誕生した古代には、電話もインターネットもありません。ギリシャと日本で連絡を取り合うのは不可能です。なのに、神話に描かれる要素(モチーフ)には、似ている部分がたくさんあるのです。

 なぜ、「神話」に共通性があるのでしょう。その理由として、西欧人だろうが東洋人だろうがアフリカ人だろうが、心の奥深くには人間が共通してもつ「心の様式」があるからだ、とユングは考えたわけです。

 そして、「集合的無意識」に存在する「心の様式」を分類しパターン化したものを「元型」(archetyape:アーキタイプ)と呼びました。

ユング
ユング

「元型という概念は集合的無意識の観念に必ずついてまわるものであるが、それは心の中にいくつもの特定の形式があることを示唆している。しかもそれらの形式はいつの時代にもどこにでも広く見出される。神話学ではその形式を「モチーフ」と呼んでいる。」

『元型論』(C.G.ユング 紀伊国屋書店)P13

 ユングが分類した「元型」の種類は、「ペルソナ」「影」「アニマ・アニムス」「自己」「太母」(グレートマザー)「老賢者」などです。それぞれの詳細は、別の機会にゆずりまして、ポイントは、ユングの夢分析が、集合的無意識に存在する「元型」を分析の素材として活用していく点です。

 神と対話し強く心を揺さぶられるような、個人の体験を超越する不思議な夢は、「集合的無意識」から送られてきたものではないかと分析材料にするのです。「集合的無意識」「元型」もユングが考え出した概念です。よって、それらを活用するということが、ユングの夢分析を他にない独自(オリジナル)のものにしています。

少女の不思議な夢

 次の夢は、8歳の少女が見た夢シリーズの一部です。

〈夢:強情な女性〉

一. 「悪い動物」。たくさんの角の生えたヘビのような怪物が、それ以外の動物をみんな殺して貪(むさぼ)り食ってしまう。しかし神さまが四隅からやって来る。本当は四人の神さまだ。神さまは動物たちを生き返らせる。

二. 天国への上昇。そこでは異教徒の舞踏会が催されている。地獄への下降。そこでは天使たちが善行をなしている。

三. 小さな動物の大群が、夢を見ている少女を怯(おび)えささせる。動物たちはとてもつもない大きさになり、そのうちの一匹が彼女を貪り食ってしまう。

『ユング 夢分析論』(C.G.ユング みすず書房)P205

 この夢は12番まで書かれてあります。

 少女の父親は精神科医です。少女が10歳になる時のクリスマスに、父親へのプレゼントとして、この夢を受けとりました。3番まででも十分だと思いますが、12番まで読むと、「本当に、こんな不可解で壮大な夢を8歳の少女が見るのだろうか?」と不思議でなりません。

 でも、私たち人間が、生まれながらに「集合的無意識」をもっていて、そこから生み出される夢もあるとするなら、首を縦にふれます。

 残念なことに、少女は、10歳のクリスマスの1年後に感染症で亡くなります。

 ユングはこの夢を読んだ時に、「惨事の予兆ではないかという奇妙な感じを抱いた」(p211)と書いています。というのも、「生の自然な連続性の先の方ではなく、後ろの方を振り返って見ている人」(p211)ならでのは特徴を、少女の夢に見い出したからです。

 「後ろの方を振り返って見ている人」とは、例えば「老人」がそうです。70歳、80歳となれば、自分の歩んできた人生を振り返ることができ、全体の流れを語ることができます。それは同時に、終わり(死)が近いことを意味します。10歳の少女が、あたかも、老人のように自分の人生全体を振りかえっているメッセージを夢の中から読みとり、ユングは「惨事の予兆」を感じたわけです。

夢は創造性の宝庫

 現代を生きる私たちは、小説、アニメ、映画に日常的にふれることができます。芸術家やアーティストが「魂」から生み出すバラエティ富んだ質の高い作品に、いつでもアクセス可能です。ですので、ここに登場した10歳の少女とは環境が違います。

 夢には、その日、体験したこと…見たこと、聞いたこと、読んだものが、そのまま現れてくることもあります。神様が夢に出てきて感動しても、それがすぐに「集合的無意識」からのメッセージとはいえず、「映画やネットでたまたま見た〝神様のイメージ〟が、夢の中で再生されただけ」というケースが多いのです。

 現代は、あまりに豊富なイメージに囲まれているため、集合的無意識からのメッセージを読み取りにくくなっています。かといって「集合的無意識」からもたらされる夢が消えたわけではありません。

まっつん
まっつん

 むしろ、神や魂の存在を否定しがちな現代社会においては、「集合的無意識」からの夢が、心のバランスを取り戻すために、大きな役割を果たします。スピリチュアルやパワースポットが、ムーブメントになるのは、ユング心理学で解釈すれば「集合的無意識」からの働きかけといえます。

 夢には「補償」の効果がありましたね。補償とは、バランスをとることです。度の過ぎた「生き方」が、個人のケースもあれば、社会全体の場合もあります。社会の「行きすぎた状況」に対するメッセージも、私たちは受けとるのです。

人生がうまくいっていない。
何をしても空回りしているようだ。
私も人間も社会も、このままではいけない。

 なんとなくでも、そう感じるなら、あなたの夢が語る言葉に耳を傾けてみましょう。夢は創造性の宝庫です。

夢から目覚めた女性のイメージイラスト

 それでは最後に、私たちの背中を押してくれるユングの力強い言葉を記し、このコラムを終えます。

ユング
ユング

「いかなる変化も必ずどこかで始まらなければならない。したがってそれを引き受け、やり抜くことになるのも、一人の個人なのである。変化は一人の個人と共に始まらなければならない。それは私たちの中の誰かのことかもしれないのだ。辺りを見回して、自分では気が進まない何かを自分の代わりにしてくれる誰かを待っていればよい人などいないのである。自分が何ができるかわかる人などいない。だとすれば、満足のいく意識的な答えがどこにも見当たらない時には、ひょっとしたら無意識が助けとなる何かを知っているのではないかと、自らに問いかけるくらいは勇敢であってよいはずだ」

『ユング 夢分析論』(C.G.ユング みすず書房)P248

(文:松山 淳)


【参考文献】

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