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二宮金次郎に学ぶ「譲る心」ー推譲ー

「愛嬌」が人を動かす。

 詩人で書家の「相田みつを」さんに、こんな素敵な詩があります。

うばい合えば
足らぬ
わけ合えば
あまる

If we take from one another, there will never be enough
if we share with each other, there will be more than enough

(c)相田みつを Mitsuo Aida

 私は、相田みつをさんの美術館を訪れ、本も何冊か持っていたのですが、この言葉を初めて知ったのは、ある公園の掲示板に貼られたポスターでした。しばらく立ち止まって、眺めていたのを覚えています。

 日本には「おすそ分け」「お福分け」なんて言葉もあって、「わけ合う」ことを尊い行いとしてとらえる文化があります。

 「わけ合う」ことは、自分のもっているものを「譲る」ことですね。この「譲る」ことの大切さを説いていた偉人がいます。

二宮金次郎(尊徳)とは

 二宮金次郎(尊徳)です。

二宮金次郎(尊徳)
二宮金次郎(尊徳)
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まっつん

 二宮金次郎と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。私は昭和43年(1968年)生まれです。私と同年代もしくは、その上の世代の方であれば、学校の校庭にあった、薪を背負い書を持つ幼き日の二宮金次郎の銅像を思い出すことでしょう。

 私が通っていた小学校に、金次郎の銅像はありました。でも、もしかしたら、それは、少数の部類に入る小学校だったのかもしれません。なぜなら、あの銅像は、戦後の思想転換で多くが引き倒され、撤去されたからです。

 戦争を体験された世代の方ですと、二宮金次郎は軍国主義のイメージと結びついているようです。

 「貧しくとも懸命になって働いた少年」

 そんな二宮金次郎のイメージは、戦中の少年少女を啓蒙するよきモデルになりました。「欲しがりません、勝つまでは」。そんな言葉が流布された時代に、貧しさに耐え、勉学に励み、成人して国(当時は徳川幕府ですが)のために働いた人物の存在は、教育の素材として、うってつけだったのでしょう。 

 でも、戦争が終わった時に、軍国主義を象徴する偉人の像は、少年少女の前から消し去られていったのです。金次郎の悲劇です。

 二宮金次郎は、戦争をした人でしょうか?

 いえいえ、まったく違います。現在の静岡県小田原に生まれ(1787年)、立身出世を果たすと、生涯、農政家・思想家として貧しい村の復興に尽力した人です。

 金次郎が生きた時代は、江戸時代後期ですね。没年は1856年。それから12年の月日が流れ明治時代がやってきます。浦賀にペリーがやってきたのは1853年のこと。坂本龍馬や西郷隆盛が活躍する幕末の動乱が、まさに始まろうとする少し前の時代を生きた人物が二宮金次郎です。

 幕府の威信が揺らぎ、「尊王」「倒幕」といった考え方が広まるなか、そうした思想には見向きもせずに、村民のため、農民のために力を尽くしました。痩せた土地を復活させ、人々が豊かになるように導きました。

 軍国主義どころか、その反対の生き方をしたのが、二宮金次郎です。だからこそ、温故知新よろしく、今も、その教えには耳を傾けるべきものが多いのです。


「推譲」の教えーゆずり合うことの大切さ

 二宮金次郎が説いた教えに「推譲」(すいじょう)があります。

 「推譲」を辞書でひくと「人を推薦して地位・名誉などを譲ること」とあります。簡単にいうと「ゆずる」ことですね。

 金次郎は、今で言えば、企業の経営参謀です。

 精神論ではなく、財務知識にすぐれ、お金を巧みに動かし村を復興させていきました。その財務的な基盤となったのが、小田原藩の資金をベースに金次郎がつくった「五常講」という融資制度です。「五常講」とは、いまでいう投資信託のファンドのようなものといえます。

ちなみに、「五常」とは「人倫五常」のこと。

「仁」「義」「礼」「智」「信」が、その五つです。

五常

・お金のある人がお金の無い人にお金を貸す愛、優しさ、これが「仁」
・借りた人は、期日までに約束を守り、しっかりと返す、これが「義」
・困った時にお金を貸してくれた人への感謝する気持ち、これが「礼」
・借りた人は、どうすれば返せるかを考え、考え、働く、これが「智」
・これらの全てのものの土台として人と人との信頼関係、これが「信」

 金次郎は「五常講」を有効に活用し、人の道に外れないやり方で金銭の貸し借りを行い、お金に困り借りに来る人に「人倫五常」をも啓蒙していったのです。

田を耕し人の心も耕す「心田開発」

 金次郎がその名を小田原藩に知らしめた服部家(小田原藩家老)の再興は、「五常講」があってこそです。

 「武士は食わねど高楊枝」

 多くのが武士が、商人から借金をしていました。大名も同じです。幕藩体制は、徳川幕府にたてつくことのないように、藩を疲弊させる巧妙な仕組みが働いていました。参勤交代はその代表格で、とにかく武家はお金がかかる。だから、借金まみれになっている武士の家が多く、多くの藩財政は破綻しかかっていたのです。

 「衣食足りて、礼節を知る」

 武士の誇りやモラルも、また借金によって壊れかけていたのが江戸後期です。

 そこで二宮金次郎は、「五常講」でのお金のやり取りを通して、武士たちに、人としての「徳」を身につけてもらおうとしました。

 また、村を復興するために、田を耕し、お金の貸し借りを五常の精神ですることで、村民たちの心をも耕していったのです。

 これを金次郎は「心田開発」と呼びました。

推譲の精神

 さて、話が「推譲」にふれていないようで、実はふれていまして、お金を貸すことは、他人に「ゆずる」コトですね。

 もちろん、お金を返してもらうのが前提ですが、しかし、返ってこないこともあります。するとこれはもう、「ゆずる」ことに他なりません。

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まっつん

 士農工商、どの身分の者でも、懸命になって働き、節度のある生活をして、そして、お金が少しでも余ったら、これを困っている人のために「ゆずる」のです。困っている人のために、他人のために、社会のために、自分のもっているものを「ゆずる」のであれば、それが「推譲」です。

 自ら「ゆずる」こと、その大切さを、金次郎は生涯、説き続けました。時代小説家「童門冬二」氏が書いた『全一冊 小説 二宮金次郎』(集英社)に、こんな一文があります。

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 特に、人生経験の浅い借り手に、努力の道や、工夫の方法を教えるのも、貸し手の責務だと思っていた。このこと自体はもう金の貸し借りとは関係ない。
 つまり生きる知恵、いろいろな生活技術を体得している者が、まだそういう経験の浅い人間に対して、いろいろとものを教えるのも一種の「推譲」だと思っていたのである。

『全一冊 小説 二宮金次郎』(童門冬二 集英社)

リーダーとは「ゆずる人」であり「わけあう人」。

経験の浅い人間に対して、いろいろとものを教えるのも一種の「推譲」

 であるなら、入社年数の浅い社員や部下に対して、リーダーが、職場や仕事に必要な知識や知恵をしっかりと「ゆずる」こと、「教える」ことが「推譲」ということになります。

 「教える」ことは、「ゆずる」こと。

 もし「ゆずる」という言葉に抵抗があれば、相田みつをさんの言葉にあった「わけ合う」はどうでしょうか。「わかち合う」もいいですね。

 あなたが持っている知識、知恵を「みんな」と「わかち合う」。
  
 すると、相田みつをさんがいったように、何かが余るでしょう。その「余り」とは、部下の成長であり、部下との信頼関係です。「余り」は循環し、リーダー自身の職場における充実感や達成感へと結びついていきます。

 『日本でいちばん大切にしたい会社1』(坂本光司 あさ出版 )に登場し、一躍、全国区の知名度を獲得した会社に「伊那食品工業」があります。その伊那食品工業の塚越寛会長が書いた『いい会社をつくりましょう』(文屋)に、こんな一文をみつけました。

『いい会社をつくりましょう』(塚越寛 文屋)の表紙画像
いい会社をつくりましょう』(文屋)
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 幸せになりたいという気持ちは、だれもがもっていて当然ですが、「より大きく、より早く」と、幸せを自分のほうへかき寄せようとすべきではないと思います。
 そうではなく、まず身近な人へ先に幸せを与えるようにすれば、気がついたときには何倍にもなって自分に返ってくるような気がします。

『いい会社をつくりましょう』(塚越寛 文屋)

「推譲」というと言葉がかたく、二宮金次郎という名を出せば、さらに古く感じられ、「推譲」の現代的な価値を伝えきれないかもしれません。

 ただ、塚越会長など、成功しているリーダーの多くが、「まず自らが先に与えること」「ゆずる」ことの大切さを口にしています。

 実は、塚越会長は、二宮金次郎に大きな影響を受けています。

 西郷隆盛は、二宮金次郎を尊敬していましたし、渋沢栄一、安田善治郎、豊田佐吉、松下幸之助など、実業界の偉人たちも西郷に同じです。

 人に譲る心をもつ。それがリーダーの人望をつくりあげていくのですね。

 それでは、最後に、塚越会長の言葉に通じる、二宮金次郎の名言を記して、コラム65を終えます。

二宮金次郎の名言
「少し押せば少し帰り、強く押せば強く帰る。これが天理だ。
 仁といい、義というのは、湯を向こうへ押すときの名である。
 自分のほうへ掻(か)き寄せるときは不仁となり、不義となる。
 慎まなくてはならない。」

『二宮翁夜話』(著 渡邊毅 PHP研究所)より

(文:松山 淳)(イラスト:なのなのな)