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マーティン・セリグマンのポジティブ心理学

コラム131マーティン・セリグマンのポジティブ心理学

 「ポジティブ心理学」とは、人間が身体的、精神的、社会的に良好な状態=「ウェルビーイング(Well-being)」の実現を志向する心理学。提唱者は、アメリカの心理学者マーティン・セリグマン(Martin E. P. Seligman)。彼は「ポジティブ心理学の父」と呼ばれる。セリグマンは、1960年代、ペンシルバニア大学で研究された「学習性無力感」 (Learned helplessness)の理論により、当時、主流だった「行動主義心理学」に風穴を開け、心理学に変革を起こした。「ポジティブ心理学」の発想は「学習性無力感」の研究から生まれている。「ポジティブ心理学」は、自己啓発の「ポジティブ・シンキング」とは違う。

 セリグマンのポジティブ心理学は、3つの段階を経て発展してきた。①「楽観主義と悲観主義」→②「幸福論」→③「ウェルビーイング論」の3段階である。セリグマンの業績をふりかえりつつ、ポジティブ心理学について解説する。

学習性無力感の研究からヒントが

 マーティン・セリグマン(Martin E. P. Seligman)は、「ポジティブ心理学」の創始者のひとりとして世界に名を知られています。「ポジティブ心理学」が生まれるきっかけは、もうひとつの彼の偉大な功績である「学習性無力感」(Learned helplessness)の研究にあります。

Martin Selgman
マーティン・セリグマン
(Martin E. P. Seligman)

 「学習性無力感」とは、「学習によって生まれる無力感」のことです。詳しくは、コラム130「学習性無力感とは」に書きましたので、参考になさってください。

 「学習性無力感」を発見する実験は、犬や人間に対して行われました。「何をやっても無駄だ。意味がない」。そう「無力感」を学習する環境に置いて、反応を見ます。

 セリグマンの予想通り、無力感を学習した犬や人は、高い確率で、あきらめの心理に支配され、行動しなくなったのです。でも、それはあくまで「高い確率」であって、100%ではありませんでした。

 つまり、無力感に支配される環境におかれても、「あきらめない犬や人がいた」のです。セリグマンは考えます。

なぜ、無力にならない人がいるのだろう?

 このシンプルな問いがきっかけとなり、「ポジティブ心理学」の扉が開かれることになるのです。


楽観的な人ほど「あきらめない」

 セリグマンの研究は、「無力になってしまう人」だけに焦点を当てるのではなく、「無力にならない人」、つまり「屈しない人」「あきらめない人」というポジティブな要素を視野に入れつつ、新たなステージに移っていきます。

 その新たなステージでの研究について、詳しく述べられている本が、『オプティミストはなぜ成功するか』(講談社)です。

『オプティミストはなぜ成功するか』(講談社)の表紙画像
『オプティミストはなぜ成功するか』(講談社)
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 本のタイトルから、新たなステージでの結論が分かりますね。言うまでもありませんが、セリグマンの結論は、こうです。

オプティミストのほうが、「屈しない」「あきらめない」確率が高い。

 「オプティミスト」(optimist)とは、「楽観主義者」のことです。「オプティミスト」の反対が、「ペシミスト」(pessimist)「悲観主義者」となります。

オプティミスト(楽観主義者)↔️ ペシミスト「悲観主義者」

 セリグマンは、25年に及び様々な調査をして、オプティミスト(楽観主義者)ペシミスト「悲観主義者」」の研究してきました。その研究内容をまとめたのが『オプティミストはなぜ成功するか』(講談社)です。

 セリグマンは、こう書いています。

 ペシミストの特徴は、悪い事態は長く続き、自分は何をやってもうまくいかないだろうし、それは自分が悪いからだと思い込むことだ。オプティミストは同じような不運に見舞われても、正反対の見方をする。敗北は一時的なもので、その原因もこの場合にのみ限られていると考える。そして挫折は自分のせいではなく、その時の状況とか、不運とか、他の人々がもたらしたものだと信じる。このような人々は敗北にめげない。これは試練だと考えて、もっと努力するのだ。

『オプティミストはなぜ成功するか』(講談社)p18

 上の文章には、ペシミスト(悲観主義者)オプティミスト(楽観主義者)の特徴が書かれていますね。

 上の文章を整理すると、次のようにまとめられます。

ペシミスト(悲観主義者)オプティミスト(楽観主義者)
説明スタイル説明スタイル
永続的悪い事態は長く続く一時的失敗は一時的
普遍的何をやってもうまくいかない特定的失敗はこのケースだけ
内向的自分が悪い外向的自分以外に原因

悲観主義と楽観主義の特徴

「説明スタイル」が決め手になる

 上の表に「説明スタイル」とあります。「説明スタイル」とは、現実に起きた出来事を「どのように説明するか」─その習慣的な認知スタイルのことです。

 簡単にいえば、「思い癖」「考え癖」のことです。

 悪い出来事が起きた時に、すぐに「もうダメだ」「私が全部いけないんだ」と、悲観的に考える人がいます。反対に、「なんとかなる」「全部自分がいけないなんてことはない」と、楽観的に考える人もいます。セリグマンは、こう書いています。

日常、挫折や大きな敗北を経験した時、自分に対してどんな説明スタイルを取るかによって、どれほど無力感に襲われるか、または自分を奮い立たせることができるかが決まる。説明スタイルとは、〝自分の中の心の言葉〟を反映するものだと私は考える。

『オプティミストはなぜ成功するか』(講談社)p36

 上の表で「内向的」「外向的」とは、性格のことではありません。現実に起きた出来事の原因が、「自分にある」と考えるのが「内向的」で、原因は「自分以外にある」と考えるのが「外向的」です。認知のスタイルのことです。ですので、「内向的な見方」「外向的な見方」といったほうが、わかりやすいですね。

 例えば、営業マンが、お客さんに断られて、セールスに失敗したとします。ペシミスト(悲観主義者)の営業マンは、「永続的」「普遍的」「内向的」な考え方で、現実を説明しがちです。

悲観主義さん
悲観主義さん

 「どうせ次も失敗するに決まってる(永続的)。何をやってもホントにダメだな(普遍的)。俺って最悪だわ(内向的)

 オプティミスト(楽観主義者)の営業マンであれば、「一時的」「特定的」「外向的」な考え方でこうなるでしょう。

楽観主義さん
楽観主義さん

 「今回、たまたま失敗しただけ(一時的)だし、今回のケースでは(特定的)うまくいかなったけど、次もあるし、お客さんの機嫌がたまたま悪かったのかもしれないよな(外向的)

 こうした説明スタイルの違いが、現実の具体的な行動に作用をして、オプティミスト(楽観主義者)の方が、くじけず、あきらめず、より行動的になるので、その結果、成功をおさめる確率が高くなるというわけです。

なぜ、無力にならない人がいるのだろう?

 この問いに対する答えは「楽観主義」というわけです。

 ちなみに『オプティミストはなぜ成功するか』(講談社)の原題は、『LAERNED OPTIMISM』で、1990年に米国で発売されました。「学習性無力感」が「Learned helplessness」でしたので、「Learned optimism」は、「学習性楽観主義」と訳せます。

悲観主義者も楽観主義者になれる。

 「悲観主義者であっても楽観主義は学ぶことで身につけられ、変わることができる」。これがセリグマンの主張です。自分を悲観主義者だと思う人にも、救いとなる考え方です。

まっつん
まっつん

 「悲観主義者」が「楽観主義者」になるには、自分の「説明スタイル」を変えていけばいいのです。日頃から「自分の中の心の言葉」を意識し、悲観的「永続的」「普遍的」「内向的」)な「説明スタイル」をしているなと思ったら、その度に、楽観的「一時的」「特定的」「外向的」)な「説明スタイル」に変えていくのです。

 これは「論理療法」や「認知行動療法」で行われていることですね。

成績上位の保険営業マンたちの特徴。

 セリグマンは、25年に渡り、様々な調査をしてきました。その中で、代表的なのが、1982年から始まったメトロポリタン生命の外交員(営業マン)に関する調査です。

 「断れられた時から営業は始まる」。

 そんな格言がありますが、外交員(営業マン)にとって、お客さんにアプローチを繰り返し、何度も何度も断られるのは、精神的にとても辛いものです。

 1980年代だとまだインターネットが普及していません。当時、米国の生命保険では、電話営業が主流でした。やんわり断られるならいいですが、悪口を言われたり罵声を浴びせられたりするのが日常でした。

 知能(IQ )テストや職業適性検査で高い得点を上げ入社した人材も、「心が折れて」辞めていきます。6万人の中から5,000人を採用して、最初の1年で半分が辞め、4年目に残っているのは、5,000人の20%(100人)という数字です。

 メトロポリタン生命の社長ジョン・クリードンが、セリグマンに尋ねたことは、「博士のテストで優秀な外交員になる人をあらかじめ選び出せるだろうか」(p153)でした。

まっつん
まっつん

 セリグマン博士は、持論を展開します。契約をとれる優秀な外交員たちは、セールストークが優れているというよりも、断られても断られてもめげずにアプローチを繰り返す「楽観主義」がキーポイントになっているのではないか、と…。

 セリグマンは、1980年代には、すでにメンタルヘルスの臨床現場に応用してきた、「人の楽観度、悲観度を測定するアンケート票」を完成させていました。『オプティミストはなぜ成功するか』(講談社)の中に掲載されています。

 まず現職の営業マンたちにアンケートを受けてもらいました。すると、やはり優れた営業マンたちは「楽観度」が高かったのです。

 次に、1983年1月ペンシルバニア州西部地区で採用された104人の外交員を調査しました。セリグマンの理論では、「楽観度」が高い社員ほど辞めないでいるはずです。

 1年後、クリード社長の言葉通り、約50%(104人中59人)が辞職していました。辞めた社員の「楽観度」を見ると、辞めていない社員に比べて「低い」という結果でした。また、成績(契約獲得高)も、楽観度の高い社員の方が、まさっていました。

 この後、営業マンに関する様々な調査が行われました。「悲観主義者」に比べて「楽観主義者」の方が、優れた成果を残す。このことが、くりかえし確認されました。

 1980年代の話しですと、「昔のこと」と一蹴してしまいそうになりますが、断られても、断れてもお客様にコンタクトを続け、「母数」を増やすのが有効なのは、現代でも同じなようです。

 ダイヤモンドオンライン『プルデンシャル生命“伝説の営業マン”が教える100%結果が出る「超シンプルな方法」』(2021.2.16)に、プルデンシャル生命保険の国内営業社員約3200人中の1位をとった優れた営業マン(金沢景敏さん)が登場しています。「母数を増やすことの大切さ」について話していますので、参考になさってください。

「悲観主義」も必要である。

 メトロポリタン生命の調査結果を聞くと、「だったら、楽観主義だと、何もかもうまくいくのでは…」と、つい考えてしまいますが、セリグマンの主張は、そうではありません。

「悲観主義も必要である」

 これは、セリグマンが強調していることです。なぜなら、楽観的すぎることは、リスクを考えずに行動することであり、その結果、大きな失敗につながることもあるからです。楽観性のデメリットは確実に存在します。セリグマンはこう書いています。

 うまくいっている会社に楽観主義と悲観主義の両方が必要であるように、人生をうまく生きるためには、少なくとも時には悲観主義が必要であるかもしれない。

『オプティミストはなぜ成功するか』(講談社)p173

 さて、ここまで読んできて、気づいた人がいるかもしれません。「あれ?ポジティブ心理学って言葉が出てこないな〜」と。

 そうなんです。実は、1990年に出版された『オプティミストはなぜ成功するか』(講談社)に「ポジティブ心理学」という言葉は見当たりません。内容的には、「人間のポジティブな側面」=「楽観主義」により焦点を当てているので、ポジティブ心理学研究のひとつに数えられます。

 「ポジティブ心理学」という言葉が登場するのは、日本で2004年に出版された『世界でひとつだけの幸せ ポジティブ心理学教えてくれる満ち足りた人生』(訳 小林裕子 アスペクト)からです。

 原題は『Authentic Happiness』で、2002年に米国で出版されました。訳せば『本物の幸せ』ですね。

 本のタイトルからわかる通り、「学習性無力感」から「悲観主義と楽観主義の研究」に移り、さらに、「何が人を幸せにするのか?」と「幸福」をテーマに、セリグマンは研究に励むことになるのです。


ポジティブ心理学のテーマ

 『世界でひとつだけの幸せ ポジティブ心理学教えてくれる満ち足りた人生』(訳 小林裕子 アスペクト)は、出版社が変わって、2021年に新版が出ています。

 新版のタイトルは、『ポジティブ心理学が教えてくれる「ほんものの幸せ」の見つけ方 とっておきの強みを生かす』(訳 小林裕子 パンローリング)です。

『ポジティブ心理学が教えてくれる「ほんものの幸せ」の見つけ方』(パンローリング)の表紙画像
『ポジティブ心理学が教えてくれる「ほんものの幸せ」の見つけ方』(パンローリング)
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 この本にポジティブ心理学という言葉が登場します。「ほんものの幸せ」とあり、原題『Authentic Happiness』に近づいていますね。このタイトルにセリグマンの主張が、凝縮されています。

ほんものの幸せは、自分のとっておきの強みを生かすことで実現できる。

 セリグマンは、こう書いています。

 良い生活とは、「とっておきの強み」を日々、活用して、本物の幸福と豊かな充足感を得ることにある。

「とっておきの強み」を生かして得られる幸福は本物だ。

『ポジティブ心理学が教えてくれる「ほんものの幸せ」の見つけ方』
(パンローリング)p25

 上の文章にある「とっておきの強み」は「Signature Strength」と書かれてあり、セリグマンの定義で「性格と深く関わる強み」のことです。

まっつん
まっつん

 「性格と深く関わらない強み」─例えば、「走るのが速い」「高く飛べる」など、身体能力に関わる「強み」もあります。セリグマンは、それらを「性格と深く関わる強み」と分けて考えています。ですので、セリグマンのポジティブ心理学において「とっておきの強み」(Signature Strength)は、重要な概念になります。

 今や、ポジティブ心理学の代名詞であるセリグマンですが、では、どのような経緯でポジティブ心理学は誕生したのでしょう。実は、そのきっかけは、セリグマンの微笑ましい日常風景の中にありました。


ポジティブ心理学誕生の瞬間

 セリグマンは「楽観主義者」の研究で、大リーグやNBAの優勝チームを予測して当てたり、大統領選の行方を予想したりして、専門誌だけでなく、マスコミにも取り上げられるようになりました。セリグマンの社会的地位は、着実に向上していきました。

 1998年、セリグマンは、アメリカ心理学会(American Psychological Association:APA)の会長に就任するのです。会長となったセリグマンは、心理学の新たな地平を切り開くような「新たなテーマ」を探していました。

 会長に就任した年、5歳になる娘のニッキと庭で草取りをしていました。ニッキはふざけてばかりで集中しません。セリグマンは思わず怒鳴ってしまいます。一度、どこかへ行ってしまったニッキは戻ってきて、言いました。

ニッキ
ニッキ

「文句を言わないでいるのは、今までで一番大変なことだったわ。でも、私がやめたんだから、お父さんもそんなふうに怒るのはやめて

 ニッキは3歳から5歳になるまで文句ばかり言っていました。でも、5歳の誕生日で、文句をいうのをやめたのです。娘ニッキの言葉に、父親であるセリグマンは、ハッとします。

 セリグマンは、自分で「私は結果至上主義で、何事もせっかちだ」「私は不機嫌な人間だ。50年間の人生を通して、私の心はずっと雨模様だった」(p38)「私は私生活では楽しい感情にはめったにお目にかかったことがない」(p44)と書いています。

 ポジティブ心理学の創始者は、とても気難しいネガティブな性格だったのです。

 子どものネガティブな部分が目につき、ダメな所(短所)があれば、それを怒って矯正しようとしていたようです。しかし、ニッキの言葉で、その誤りに気づきました。怒って短所を矯正させるような教育はダメで、人間のポジティブな側面に着目し、伸ばしていくことが、大事だと…。これが、セリグマンの求めていた「新たなテーマ」になりました。セリグマンは、こう書いています。

 新しい心理学では、満足感、幸せ、希望といったポジティブな気持ちが大切だ。新しい心理学は、子どもたちをポジティブな気持ちへと導き、強みや美徳を身につける練習の必要性や、それを促進するポジティブな存在(強い絆で結びついた家族、民主主義、モラル感のあるサークル)の必要性を問いかけ、そして豊かな生活へと私たちを導くものである。

『ポジティブ心理学が教えてくれる「ほんものの幸せ」の見つけ方』
(パンローリング)p39

幸福の方程式

 ポジティブ感情の重要性に気づき、ポジティブ心理学という新たな扉を開いたセリグマンは、「幸福の方程式」を提示しています。

幸福の方程式

H(Happiness)=S(Set Range)+C(Circumustances)+V(Voluntary control)

・H(Happiness):一時的ではなく永続する幸福
・S(Set Range):その人に設定されている幸せの範囲
・C(Circumustances):生活環境
・V(Voluntary control):自発的にコントールする要因

 一見、わかるようで、わかりにくい言葉が並んでいます。最後の「V(Voluntary control):自発的にコントールする要因」が「ポジティブ心理学」の真骨頂になる部分で、一番、大切なのですが、この言葉だけでは意味がつかめません。ここから4つの要素についてお話ししていきます。

H(Happiness):永続する幸福

 H(Happiness)は、「永続する幸せ」という感覚です。「永続」と付けているところがポイントです。チョコを食べて感じる「幸せ」やお酒を飲んでほろ酔いで感じる「幸せ」は、終わればさめてしまう「幸せ」です。セリグマンは、それらの「一時的な幸せ」を「快楽」ととらえ、「永続的な幸せ」と分けて考えています。

 「あなたは幸せですか?」と聞かれた時に、現在の人生全体の状況を見渡し、考えてみて、「まあまあ幸せかな」と感じたのなら、それが「永続的な幸せ」のひとつです。

S(Set Range):幸せの範囲

 S(Set Range)は、「その人にあらかじめ設定されている幸せの範囲のこと」です。セリグマンは、「あらかじめ設定されている」とは、親から遺伝によって受け継がれた要素のことです。

まっつん
まっつん

 楽観的な親だと、その子ども楽観的になる傾向があります。悲観的な子の親が、悲観的な説明スタイルを持っていることが多いのです。楽観的な人は、悲観的な人より幸せを感じるチャンスに多く恵まれます。

 つまり遺伝による「楽観性」「悲観性」が、「幸せの範囲」「幸福のレベル」をある程度、決めているということです。

宝くじに当選したルース

 例として、気分がいつも沈みがちで薬を飲んでいるシングルマザーのルースが、宝くじで大金を手したことが書かれてあります。当選を知ったルースは喜び、気分は高揚しました。大きな家を購入し子どもを私立の学校に通わせました。まさに「いい生活」ができるようになりました。ですが、しばらくたつと、ルースの気分は沈むようになり、慢性うつ病と診断されたのです。

 ルースにとって宝くじの当選は、設定されていた「幸せの範囲」を大きく超える出来事だったのです。「生活のレベル」は上がりましたが、「幸福のレベル」がそのままだったため、再び、気分が沈むようになったのです。

 ただ、ここで強調しなければならないのは説明スタイルを変えていくことで、悲観は楽観に変えられるので、「幸せの範囲」の設定は決定ではないため、「幸福のレベル」をあげていくことは、十分に可能だということです。

 「幸せの範囲」「幸福のレベル」は、後天的に変えられることを、忘れてはなりません。

C(Circumustances):生活環境

 ひと口に「生活環境」といっても様々な要素があります。「どこに住んでいるか」から始まって「どんな会社で働いているか」「結婚をしているか」「子どもはいるか」「近所に迷惑をかける人はいないか」などなど、いろいろなことが考えられます。

 「幸福度」の世界ランキングがあります。国連が発表する「世界幸福度報告書」(解説:産業精神保健研究機構)で3年連続首位に輝いたのは、フィンランドです。2020年の報告だと2位がデンマーク、3位がスイスです。北欧の国が上位を占めています。

 では、日本は何位でしょうか。2020年、日本は62位です。ちなみに、2017年が51位、2018年が54位、2019年が58位なので、3年連続で順位を下げています。 

 日本人がフィンランドに行けば「幸福になれるのか」といったら、国民性もありますので、そんな単純な話しではありませんが、「永続的な幸福」が、自分の置かれた「生活環境」に関係していることは確かです。

V(Voluntary control):自発的にコントロールする要因

 最後の「V(Voluntary control):自発的にコントールする要因」とは、自分の認知スタイルをコンロールしていくことです。

まっつん
まっつん

 同じ会社で同じ部署で同じ仕事をしていても、「この会社はだめだ。上の人間はバカばっか」と、悪口まみれでネガティブ感情に支配されているAさんがいる一方で、たまに愚痴をもらすことはあっても、「この会社で働くことで自分は成長できる」と、ポジティブ感情に満たされているBさんがいます。

 AさんもBさんも、「働く環境」(職場環境)は同じです。

 「幸福度」が高いのはどちらでしょうか。もちろん、Bさんですね。この差は、本人の性格もありますが、先ほど説明した「説明スタイル」の違いが大きいのです。「現実をどのように認知するのか」=「認知スタイル」の違いです。

 この「説明スタイル」「認知スタイル」は、自分から働きかけて、変えようと努力すれば、自発的にコントロールすることができます。ですので、「Voluntary control」(自発的コントロール)というわけです。

認知スタイルを変えよう!

 ポジティブ心理学とは、自分でコントロールできることがあるなら、自らの努力でコントロールして、「感謝」「喜び」「嬉しさ」「感動」「希望」「充実感」「フロー」などの「ポジティブ感情」を抱くことで、「よりよい人生」「永続的な幸せ」を目指す心理学です。

 「フロー」とは、心理学者ミハイ・チクセントミハイが提唱した概念で、自分のしていることに極度に集中している時に生じる「充実した感覚」のことです。

 自分ならではの「とっておきの強み」(Signature Strength)を把握して、それを活かせるような仕事に就くことは、キャリアの選択であり、コントロール可能です。それと同じように、自分の「認知スタイル」を変えることもできます。

 セリグマンは、こう書いています。

 過去の「満足」や「誇り」「つらさ」「恥」をどう感じるかは、ひとえにあなたが過去をどう記憶するかにかかっている。記憶の他に情報源はない。感謝すると生きる満足感が増すのは、過去の良い思い出が増幅されるからだ。

『ポジティブ心理学が教えてくれる「ほんものの幸せ」の見つけ方』
(パンローリング)p106

 悲観的な人が、楽観的な人になることができます。「認知スタイル」は変わるのです。なぜなら、心も脳も、変化をし成長していくからです。

「感謝日記」でポジティブに!

 日々の生活の中に、感謝できることを見つけて、「ありがたい」と感謝することも有効です。1日の終わりに感謝できることを3つ書く「感謝日記」は、「ポジティブ心理学」がすすめる具体的な手法です。

 「認知スタイル」を変えていくことに関して、セリグマンは「認知行動療法」の考え方を紹介しています。「認知行動療法」については、精神科医大野裕先生のサイト「ここトレ」がわかりやすいので、ぜひ、参考になさってください。

大野裕の認知行動療法活用サイト「ここトレ」

 セリグマンは、「とっておきの強み」(Signature Strength)を活かし、ポジティブ感情に着目していくことで、人が「幸福」になれる心理学をつくりあげようとしました。

 ただ、セリグマン本人は「幸せ」という言葉が、「一時的な幸福」=「快楽」の意味合いを含むため、本のタイトル『Authentic Happiness』も、できれば変えたかったといいます。「Happiness」を入れるのと入れないのでは、本の売れ行きを左右すると、説得されて、承知したのです。

「どうしたら幸福になれるか」ではなく、「充実した人生とは何か」と問うべきなのだ。(p177)

 セリグマンがこう書くように、ポジティブ心理学の目標は「ハッピー」というよりも、「充実した人生の実現」にあります。

 この考え方から、セリグマンの思考はさらに展開し、「ポジティブ心理学」は、「幸福論」から「ウェルビーイング論」へとシフトしていくのです。

 では、つづいて、その「ウェルビーイング論」について、話していきます。


ポジティブ心理学の「ウェルビーイング論」

 セリグマンの「ウェルビーイング論」について書かれているのが、『ポジティブ心理学の挑戦 “幸福”から“持続的幸福”へ 』(Discover21)です。

『ポジティブ心理学の挑戦』(Discover21)
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 タイトルに「“幸福”から“持続的幸福”へ 」とあります。セリグマンはポジティブ心理学のテーマを「持続的幸福」(flourishing)を目標とする「ウェルビーング(Well-being)」の実現としたのです。

ポジティブ心理学の目標

 セリグマンは、1998年、アメリカ心理学会の会長に就任して、新たな目標を付け加えるよう呼びかけました。

「何が人生を生きるに値するものにするのかを探求する。そして、生きるに値する人生を可能とする状態を築き上げていく」

『ポジティブ心理学の挑戦』(Discover21)p4

 「生きるに値する人生」が「ウェルビーイング」(Well-being)の実現です。「Well-being」は、直訳すると「よい状態」「よいあり方」となります。この言葉は、WHO(世界保健機関)の憲章前文に登場しています。

まっつん
まっつん

 「ウェルビーイングは、ポジティブ心理学のキーワードであり、「社員のウェルビーイングを向上する」などの言い方で、日本の企業組織でも語られるようになっています。もう少し言葉を付け足すと、「ウェルビーイングの定義は、次のようになるでしょう。

ウェルビーングとは

「ウェルビーイング(Well-being)」とは、人間が身体的、精神的、社会的に良好な状態にあること。

 セリグマンは、ポジティブ心理学とウェルビーングの関係を、こうも表現しています。

「ウェルビーイング論におけるポジティブ心理学の目標は多元的で、幸福論とは大いに異なっている。それは、自分の人生と地球上の持続的幸福の量を増やすことである」

『ポジティブ心理学の挑戦』(Discover21)p53

 「地球上の持続的幸福の量」とは、「学習性無力感」の研究で犬と格闘していた時期を考えると、セリグマンが見据えている視野に、大きな広がりと飛躍のあることがわかります。

 セリグマンは、「ウェルビーングは構成概念だ」といっています。「構成概念」とは、いくつかの要素が組み合わさって成立する概念のことです。例えば「天気」がそれです。「天気」は「気温」「湿度」「気圧」などが組み合わさって成立します。

 セリグマンは、ウェルビーングの構成要素を「5つ」あげています。

5つの構成要素(PERMA)

①ポジティブ感情(P)ー楽しみ、歓喜、心地よさ
②エンゲージメント(E)ー没頭している状態(フロー体験)
③関係性(R)ー他人の存在が人をウェルビーイングの状態にする
④意味・意義(M)ー自分よりも大きいと信じるものに貢献する
⑤達成(A)ー達成そのものの達成

 この5つの要素が、組み合わさり相互作用することで、ポジティブ心理学における「持続的幸福」が達成され、人間の「ウェルビーイング」が実現されるのです。

 英語の頭文字をとって「PERMA」モデルといいます。「PERMA」は、頭にかける「パーマ」と同じスペルですね。「持続的」「永続的」という意味です。5つの構成要素によって、「持続的幸福」が実現されるので、意味がかかっています。

 では、ここから5つの要素について、さらにお話ししていきます。

①ポジティブ感情(Positive Emotion)

 ポジティブ感情(Positive Emotion)は、「感謝」「喜び」「希望」「感動」「尊敬」「フロー」など、人間を前向きにさせる感情です。

 「幸福論としてのポジティブ心理学」の時には、「いかにしてポジティブ感情を抱くか」が、主たるテーマでした。つまり、「ポジティブ感情を目標にしていた」ともいえます。

 「ウェルビーイング論としてのポジティブ心理学」では、「ポジティブ感情」が構成要素のひとつになります。

エンゲージメント(Engagement)

 エンゲージメント(Engagement)は、没入状態で集中して、何かに取り組んでいることを意味します。

 人事・組織論で「エンゲージメント」(社員の組織に対する愛着心)がキーワードになっていますが、それとは違います。

 ここでの「エンゲージメント」は、心理学者ミハイ・チクセントミハイが提唱した「フロー体験」のことです。セリグマンとチクセントミハイは、旧知の仲で、ポジティブ心理学を創り上げてきた同志です。

まっつん
まっつん

 人間が極度に集中すると、時を忘れ、自分を忘れ、没我状態となり、流れる(フロー)ように自分のすることに打ち込んでいます。ふり返ってみると、その体験には、言葉で表現し尽くせない強い「充実感」があったことに気づきます。この特殊な体験をチクセントミハイは、「フロー体験」と呼びました。

 セリグマンは、「自分の最高の強みが、目の前に現れる最高の挑戦課題とかみ合うときにフロー状態となる」(p49)と書いています。。

 フロー体験について詳しくは、コラム128「フロー体験とは」にありすので、参考になさってください。

③関係性(Relationship)

 「関係性」(Relationship)とは、人との関係性で、豊かな人間関係を意味します。セリグマンが「ポジティブなもので孤独なものは実に少ない」(p41)と書くように、「いい人生」には、家族や仲間や友人がつきものです。

 「他人はわずらわしい。ひとりの方が、気楽でいい」という意見もあります。ただ、「人間関係をもつ人」と「もたない人」を比較すると、「持続的幸福度」は、「人間関係をもつ人」の方が高いのです。

まっつん
まっつん

サッカーやラグビーなどチームスポーツで勝利の喜びを分かち合ったり、仕事で難しいプロジェクトを完成させチームで美酒に寄ったり、結婚し赤ちゃんが生まれ新しい家族の誕生に感動したり、人との関係性からは、純度の高いポジティブ感情が生まれ、人生を充実させてくれます。

 人間は、原始の時代から、集団となることで外敵に立ち向かい生き延びてきました。その遺伝子が受け継がれ、私たちの体に刻まれているので、人との関係性をもつことで、「愛情」や「思いやり」が生まれ、より強いポジティブ感情を抱くのだと考えられています。

 我々人間は感情面において群居する生き物なのだ。同じ群の中のメンバーとポジティブな関係性を持とうと不可避的に求め続ける生き物なのだ。

『ポジティブ心理学の挑戦』(Discover21)p53

意味・意義(Meaning)

 「意味・意義」(Meaning)は「自分より大きいと信じる存在に属して仕えること」とあります。

 ここでのポイントは、「自分だけ良ければいい」というエゴを満たす行いよりも、他人や仲間や会社や社会や地球などに貢献したほうが、人生に意味・意義を感じられて「よりよい人生」(ウェルビーング)になるということです。

 ナチスの強制収容所を生き延びた心理学者ビクトール・E・フラクルは、人間の根源には強い「意味への意志」(will-to-meaning)があるといいました人は、「生きる意味」を強く求める存在なのです。

 セリグマンは、こう書いています。

 心血疾患から身体を保護すると思われるもので、楽観性に似た特性に「生きがい」がある。この日本語の概念は、生きるに値する何かを持つことを意味する。また、生きがいは、楽観性と同時に、持続的幸福の「意味・意義」の要素(PEAMAのM)に密接に関係している。

『ポジティブ心理学の挑戦』(Discover21)p349

 

 「生きがい」は、「一時的な幸せ」の「快楽」といったら変ですよね。「生きがい」は、「持続的幸福」を構成するひとつです。「生きがい」のある人生は、「意義深い、いい人生」です。

達成(Achievement)

 セリグマンは、達成(Achievement)について次のように述べています。

 達成(または成功)は多くの場合、ポジティブ感情、意味・意義、ポジティブな関係性のいずれも得られることがなくても、そのもののよさのために追求される。

『ポジティブ心理学の挑戦』(Discover21)p37

 ここでの「達成」とは、「達成すること」「達成しようとするプロセス」そのものに、人を「達成」へと導くエネルギーがあることを意味します。それは、人を動かす強い力であり、このエネルギーに導かれて人は、「よりよい人生のあり方」(ウェルビーイング)を実現できます。

 登山家の目標は、頂上に到達することです。頂上にたどり着くことで「山を制覇」したことになり、目標の達成となります。しかし、天候が悪化したり、体調が悪くなったりすれば、途中で引き返すこともあります。必ずしも頂上に到達できるわけではありません。

 それでも「山に魅せられている」登山家たちに、何度もチャレンジします。それは、登頂が失敗に終わったとしても、プロセス全体に「達成」のエネルギーが満ちているからで、そのエネルギーに登山家たちは魅せらるのです。

まっつん
まっつん

 「いい仕事をする」とは、いい結果を出すことだけではなく、いい結果を出すために、自分の持てる力を全て注ぎ込むことですね。無我夢中になり全力を尽くしている時に感じるエネルギーは、それを経験したものだけが知っている、何ものにもかえがたい魅力です。

 その時、自分の「とっておきの強み」(Signature Strength)を活かすことができていたなら、さらに強く魅了されるでしょう。


 「ウェルビーイング理論」の5つの構成要素(PERMA)について、かけ足で、お話ししてきました。私たちが「いい人生」を歩もうとする時に、「PERMA」は、「生きる指針」となるものです。

 それでは、最後に、ポジティブ心理学では欠かすことのできない「強み」にふれていきます。


「強み」を生かすのがポジティブ心理学

 ポジティブ心理学は、自分の「強み」を把握し、「強み」を仕事に人生に活かしていくことを強くすすめます。

 セリグマンは「ウェルビーング理論は五つの柱全てに関する理論であり、五つの要素を支えるのが「強み」である」と書き、「自分の最高の強みを活用することで、ポジティブ感情、意味・意義、達成をより一層得られるようになり、よりよい関係性を築けるようになる」(p49)と述べています。

 でも、「自分の強みがわからない」というのが、よくある悩みです。

 『ポジティブ心理学の挑戦』(Discover21)の巻末に「強み」を見つける「強みテスト」(簡略版V I A)があります。でも、本を買わないとわからないですね。

 実はこれ、ネットで無料で受けられように公開されています。「The VIA Character Strengths Survey」です。まさに「地球上の持続的幸福の量」を増やす目標を実行に移しているわけですね。

The VIA Character Strengths Survey

 英語で書かれていますが、日本語でも受けられます。テストを開始する時に、図の赤枠の部分を「日本語」にするのを忘れないでください。

 受検について日本語での詳しい説明は、「ポジティブサイコロジースクール」(強み診断ツール「VIA-IS」の紹介)にあるので、リンクをクリックしてみてください。


 人は、誰もが強みをもって生まれてきています。強みのない人はいません。

 自分なりの「強み」を信じ、それを活用していくことが「ポジティブ心理学」でのポイントです。その結果、「持続的幸福」を感じることとなり、「よりよい人生」(ウェルビーング)が実現されます。

 あなたならでのは「強み」を大切にして、よりよい人生となることをお祈りいたします。

(文:松山 淳)