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「マインドフルネス」の広がりにより「今ここ、この瞬間への気づき」への重要性が再認識されています。マインドフルネスの考え方は、集中力を高め、ストレスを減らす効果があるのです。
心理学に「自動思考」という言葉があります。人は無意識のうちに、頭のなかで「あ〜でもない、こ〜でもない」と、過去と未来を行き来して、「今考えるべきこと」「今すべきこと」とは無関係のことを、考えてしまいます。いつのまに自動的に思考が展開してしまうので「自動思考」といいます。
「心ここにあらず」
そんな言葉がある通り、人の意識は「今ここ、この瞬間」から、いとも簡単に離れ、さまよい出してしまいます。思考がさまようことから、これを「マインドワンダリング」(mind wandering)と呼ぶこともあります。ワンダリング(wandering)は、「さまよう」という意味です。
典型的なのは本を読んでいる時です。文字を目で追いかけて、ふと気がつくと、まったく別のことを考えています。それが癖になっている人だと、「あっ、まただ」と、ため息をつきながら、意識を本の上に戻すことでしょう。気を取り直して、読み始めますが、数行進むと、また別のことを…。
これでは、いつまでたっても本を読み終えることができませんね。「マインドワンダリング」が起きている時間は、集中力が落ちて生産性が悪化している状態です。「今ここ、この瞬間」に意識を置くことができないがために、そうなるわけで、これでは「マインドフルネス」ではないですね。
本を読んでいて、すぐに別のことを考えてしまう。この「思考癖」も、マインドフルネス瞑想で「今この瞬間への気づき」をトレーニングすれば、「自己認識力」(セルフ・アウェアネス)が高まり、改善することが可能です。
今、この瞬間の自分が「どんな状態であるか」を認識する「自己認識力」(セルフ・アウェアネス)は、緊張をほぐす方法としても活用することができます。
この「自己認識力」(セルフ・アウェアネス)を活用する方法を「RAIN」といいます。『ハーバード・ビジネス・レビュー』(2019年5月号)に掲載された論文『「RAIN」で極度の緊張を乗り切れ』(by エグゼクティブコーチ モニク・バルコア)で解説されていましたので、ご紹介いたします。
「RAIN」とは、「Recognition」「Acceptance」「Investigation」「Non-identification」の頭文字をつなげたものです。それぞれの単語は、こんな意味になります。
❶ Recognition(認識する)
❷ Acceptance(受容する)
❸ Investigation(探求する)
❹ Non-identification(自分そものもではない)
「RAIN」は、瞑想教師のミシェル・マクドナルド氏が開発したものです。日頃のストレスに対処する考え方で、強い緊張状態に陥った時の対処法としても有効です。
・苦手な取引先と商談する直前…
・大人数を前にしてプレゼンを始める前…
・仕事で失敗し、上司に報告に行く前…
こうした状態で、どれほどストレスを感じるかは、人それぞれです。性格的に人前に出ても緊張しない人はいますし、慣れてしまえばストレスではありません。
ただ、多くの人は、人の前に出て話そうとすると緊張をし、心臓がドキドキしたり、手や足が震えたり、冷や汗が流れてきたりします。自分でも「緊張しないように、緊張しないよう」と思うのですが、とめることができません。
人はストレス状態になると「ストレスホルモン」が分泌されます。このホルモンが「ドキドキ」「震え」「冷や汗」を引き起こすのです。
ストレス状態の時に、自分をしっかり「直視」することが「RAIN」のポイントです。マインドフルネスの考え方で、「今、自分がどんな状態か」をしっかり認識するのです。そのために「自己認識力」(セルフ・アウェアネス)が必要になります。
『「RAIN」で極度の緊張を乗り切れ』の執筆者モニク・バルコア(エグゼクティブコーチ)は、こう書いています。
心の中に起きているものを動かす第一歩は、体に何が起きているか認識することだ。呼吸が荒くなる、運動していもいないのに鼓動を感じる、いつになく汗をかく、口の中が渇く、(中略)といった典型的な心理学上のストレス反応のいずれかがあれば、それはストレス上昇に先んじてそれを制する機会を提供する。これらの症状を無視しようとする代わりに、反直感的ではあっても非常に効果的なのは、それらに注意を向けることである。
『「RAIN」で極度の緊張を乗り切れ』(モニク・バルコア)
『ハーバード・ビジネス・レビュー』(2019年5月号)p63
「緊張している自分が、どんな状態なのか」。注意を向けてしっかり認識することが、緊張をほぐすことにつながるわけですね。
それでは、「Recognition」「Acceptance」「Investigation」「Non-identification」の各ステップを説明していきます。
❶ Recognition(認識する)
❶Recognitionの項には「自分の体と心に何が起きているかに意識的に気づく」とあります。
プレゼンを前にして、「心臓がドキドキ」しているのであれば、「あ〜今、自分は心臓がドキドキしているな〜」と、認識します。額から汗がにじみ出てきているのあれば「あ〜今、額から汗が出ているな〜」と認識します。
この「意識的な気づき」は、マインドフルネスな状態をつくります。
「意識的な気づき」によって、症状がすぐにおさまるわけではありませんが、「意識的な気づき」は、自分を客観的に見つめることになり、緊張をほぐすためのファースト・ステップになります。
❷ Acceptance(受容する)
❷Acceptanceの項には「ストレス反応が起きていることを認め、受け入れる」とあります。
「ドキドキ」「震え」「冷や汗」など、それらの症状を、「なんで、こうなるんだ」「これじゃ失敗する」と否定するのではなく、「これでOK」と認め、受け入れるのです。
ここでストレス対処の大前提といいますか、忘れてはならない、基本的な考え方をおさえておきましょう。
ストレスは決して悪者ではなく、よい面もある。
「ドキドキ」「震え」「冷や汗」の症状は、緊張する場面になんとか対処しようとする本能に刻まれた自然な反応です。大昔、人間は猛獣に襲われる危険と隣り合わせでした。猛獣が現れた時に、心臓をドキドキさせ血流を早めることで、その危機に瞬間的に対処しようとしたのです。
ですので、「ドキドキ」「震え」「冷や汗」など、「嫌だな〜」と思う症状は、否定的な身体反応ではなく、自分を助けようとして、そうなっているのであって、「あってよいもの」「そうなるのが自然」と、肯定的な反応ととらえ直すことができるのです。
だから、「ドキドキ」「震え」「冷や汗」などが始まったら、「私を助けようとしてくれている、これもいい反応だ」と、認め、受け入れるのです。決して、「これじゃあダメだ」と否定しないようにします。
❸ Investigation(探求する)
❸ Investigation(探求する)の項には「どんな考えや感情が存在するか、自分でどんなストーリを語っているのか、自分自身に冷静に尋ねてみる」とあります。
これは❶Recognition(認識する)を一歩、おし進めたものです。
「あ〜ドキドキが、また始まった、これが始まると、うまくいかないんだよな〜、まったく、なんとかならいのかな〜」
こんなネガティブなセルフ・トークは、緊張をやわらげるどころか、逆に悪化させてしまうものです。ですので、内面で、自分がどんなことを語っているのか、どんな感情状態なのかを、❸ Investigation(探求する)してみます。
探求した結果、緊張して心臓がドキドキして、手が震えていても、「よし、いい緊張状態になってきた」と、ポジティブになる人がいます。日本語に、こんな表現がありますね。
武者震い
「武者震い」を辞書(デジタル大辞泉)で調べると、「戦いや重大な場面に臨んで、興奮のためにからだが震えること。」とあります。
「武者震い」は、勇猛な武将や侍、トップ・アスリートなど「強い者」がするイメージがあります。
❸ Investigation(探求する)のステップで、「緊張して手が震えるからダメだ」「絶対にこれじゃ失敗する」などという否定的なセルフ・トークを見つけたら、それは「武者震い」だと再認識するのも、ひとつの考え方ですね。
❹ Non-identification(自分そものもではない)
❹ Non-identification(自分そものもではない)の項では、こうあります。
「自分のストレス症状の意味を認識し、受け入れ、探求した後、最終段階に現れるのは、自分がそうしたものを経験している最中ではあるけれども、それが自分そのものではないという気づきだ」
『「RAIN」で極度の緊張を乗り切れ』(モニク・バルコア)
『ハーバード・ビジネス・レビュー』(2019年5月号)p63
つまり、「緊張している自分は、本来の自分ではない」という「冷めた感覚」です。もうひとりの自分が、緊張している自分が遠くから眺めているような感じです。
「あ〜ドキドキが、また始まったな〜。でも、これって本来の自分はないし、これで全然OK」
プレゼン前に緊張が始まり、必死になってプレゼンをして、プレゼンが終わって、緊張がほどけます。始まる前と終わった後の自分は、まったく変わらない同じ自分です。
同じ自分ですけど、緊張して「ドキドキ」「震え」「冷や汗」が始まると「自分はないような感じ」がします。つまり、緊張している自分は「仮の自分」と考えます。仮の自分が現れた時、本来の自分も、ちゃんと一緒にいて、あなたを眺めています。
ですから、意識を「本来の自分」にシフトしようと試みるのです。このシフトを起こすのが、❶ Recognition(認識する)→❷ Acceptance(受容する)→
❸ Investigation(探求する)の3ステップです。
「緊張している自分」が、「本来の自分」と同じだと認識してしまうと「緊張と自分」が「同一化」して引き離すことができず、緊張がなかなかほぐれません。
「同一化」ではなく、「緊張している自分」と「本来の自分」は違うと「分割化」すれば、「本来の自分」の意識で、「緊張している自分」を上手にコントロールすることができます。
論文『「RAIN」で極度の緊張を乗り切れ』(モニク・バルコア)が掲載された『ハーバード・ビジネス・レビュー』(2019年5月号)は、「セルフ・コンパッション」(self-compassion)の特集号です。
「コンパッション」(compassion)とは、「思いやり」「慈悲心」を意味します。「セルフ・コンパッション」(self-compassion)とは、自分に「思いやり」「優しさ」「慈悲心」に向けることです。
無理にポジティブにならなくても、「それでいいじゃん」「それでOK」「無理もないことだよ」と、自分に「思いやり」「優しさ」を向けることで、「心の力」「心のエネルギー」を維持、回復させようとする考え方が「セルフ・コンパッション」(self-compassion)です。
詳しくは、コラム32「セルフ・コンパッションとは」に書いていますので、参考になさってください。
さて、話しを「RAIN」法に戻しまして、お気づきの通り、「RAIN」は、セルフ・コンパッションの考え方を活用したものです。
「RAINは、セルフ・コンパッションの力を利用し、物の見方をシフトさせ、内なる力と再接続させる。それにより、パフォーマンスや健康におけるストレスフルな状態がつくり出すマイナス効果を低減させることができる。」
『「RAIN」で極度の緊張を乗り切れ』(モニク・バルコア)
『ハーバード・ビジネス・レビュー』(2019年5月号)p63
自分に向ける「思いやり」「優しさ」には、よくない事態を、よい方向へ導き好転させる力があります。
「緊張してはいけない」という固定観念が、緊張を招きます。
緊張してもいいのです。心臓がドキドキしても、手や足が震えても、冷や汗が流れてもいいのです。その症状を否定しません。
緊張する自分に優しさを向けて「それでOK」と許し、認めていくのです。
そうすることで緊張はやわらぎ、あなたの味方となり、「嫌な緊張感」から「よい緊張感」へと変化していきます。
(文:松山淳)