今、やるべきことがあるのに、つい、他のことをしてしまう。今日中に終わらすべきことを、理由をつけて、先延ばししてしまう。そして、後から頭を抱え「なんて意志が弱いんだ」とため息をもらす。「意志の弱さ」を嘆いたことは、誰でもあること。では、「意志」を強くするにはどうすればいいのだろう。スタンフォード大学にて大人気講座「意志力の科学」(The science of willpower)を担当した健康心理学ケリー・マクゴニガル(Kelly McGonigal)の考え方に耳を傾けてみたい。
「意志力」は①「やる力」②「やらない力」③「望む力」で構成されており、「意志」を強くするには、次の3つ「セルフ」が大切になる。
①「セルフ・アウェアネス」(self awareness:自己認識)
②「セルフ・ケア」(self care)
③「セルフ・バリュー」(self value:自己の価値観)
「意志を強くする方法」について、「セルフ・アウェアネス」から順番に、話しを進めていく。
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目次
「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」。
中国古代の兵法書「孫子の兵法」に出てくる言葉ですね。敵を知ることは、もちろんのこと、「自分を知ること」も大事だと、私たちを諭します。
やるべきことがあるのに、スマホでゲームをしてしまう。ダイエット中だから「食べてはいけない」とわかっていながら、つい食べてしまう。
自制心は、時に、あまりにもろく、人を惑わし苦悩の種になります。
「自分のことは一番、自分がわかっている」と、よく言います。でも、わかっているなら、誘惑に負けることはないでしょう。つまり、「自分のことを、一番、わかっていないのも自分」で、だから自制心をコントロールできないわけです。
では、意志力を強くするには、どうすればいいのでしょう。
スタンフォード大学で人気講座となった「意志力の科学」(The science of willpower)を担当した健康心理学ケリー・マクゴニガル(Kelly McGonigal)は、世界で大ベストセラー『スタンフォードの自分を変える教室』(大和書房)の中で、こう言っています。
自己コントロールを強化するための最もよい方法は、自分がどのように、そしてなぜ自制心を失ってしまうのかを理解することだと私は考えています。
マクゴニガル先生、曰く、実は、自分で自制心が強いと思っている人ほど、誘惑に弱いそうです。なぜなら、どういった場面で自制心を失いやすいのかを、自分で理解していないので、それが原因で失敗してしまうのです。
「自分を知ることは、自己コントロールへの第一歩です」(p20)とも書いてあります。意志力を強くするには、まず、「自分を知る」ことから始まります。
では、「自分を知ること」の話しと関係しますので、次に、「意志力」を構成する3つの力についてお話しします。
「意志力」は、「やる力」「やらない力」「望む力」の3つで構成されます。
❶「やる力」:やるべきことを、着実に「やる力」
❷「やらない力」:やってはいけないことを、着実に「やらない力」
❸「望む力」:本当に望んでいることを強く「望む力」
例えば、受験生の勉強について考えてみましょう。
❶「やる力」とは、受験に向けてスケジュールを決めて、時間をとって机に向かい勉強をすることです。時間を決めて時間通りに勉強できたら、その受験生は「やる力」があることになります。
しかし、「やる力」をなえさせる、たくさんの誘惑があります。最大の敵は、スマホでしょう。
「あのゲーム、どうしたっけ!?」
「インスタのあの動画をもう一回…」
そう考えると、いてもたってもいられなくなり、引き出しにしまったスマホを取り出してしまいます。最初はラインだけをチェックするつもりだったのに、「5分だけ息抜きにゲームをしよう、5分だけ…」と自分に言い聞かせ、ゲームを始めます。「あと少し、あと少し」と言いながら、気づけば1時間が経過していました。「あ〜、またやっちゃった…」。
勉強を❶「やる力」は同時に、スマホを❷「やらない力」をともないます。
「やらない」と決めたことを、やらなかったら、それが❷「やらない力」の発揮です。この受験生がスマホをやらずに、勉強できたら、❶「やる力」と❷「やらない力」、この2つの力を発揮したことになります。
「意志力」が試されるのは、「やるべきこと」と「やってはいけないこと」の2つが存在していて、綱引き状態にある時です。この綱引き勝負にあなたが勝つてるか勝てないかで、「意志力」の強さ・弱さが決まります。
心の葛藤という「綱引き勝負」に勝つための強い味方が「望む力」です。
では、次に、その「望む力」について、「意志力を強くする」ポイントだった「セルフ・アウェアネス」(自己認識)をからめてお話しします。
私たちが日常で行う「行動の選択」は、多くのケースで無意識に行われています。例えば、ご飯を食べようと思った時に、「今、ご飯を食べようという欲求がわきおこった」と、意識して考えることはありません。
「タバコは体に悪いから、いつかやめたい」と考えている愛煙家も、タバコを手にする瞬間は、ほぼ無意識で、「ちょっと、一服するか」とは思っても、「タバコって体にすごく悪いんだよな〜」と、強く意識することはありません。
「無意識の選択」が、あまりにも習慣化しているので、私たちは、欲求という誘惑に負けやすくなっています。
無意識に何かをすることは、自分の「行動」や「意思決定の瞬間」を意識していない状態です。「無意識の選択」は、自己認識(セルフ・アウェアネス)の力が低いレベルにあります。
では、自己認識(セルフ・アウェアネス)の高いとは、どういった状態でしょう。それは「意思決定の瞬間」に、自分がこれからする「決定」について、ちょっと時間をとって、意識的に考られる状態です。
「今、自分にどんな欲求がわいているだろう。この欲求に負けたらどんな未来が待っているのだろう。後悔するか、しないか。喜ぶことになるか、ならないか。もっと大事なことがあったのでは…?」
こんな風に、「やってはいけないこと」の誘惑に負けそうになった時、自分の心の動きをじっくり観察できたら、その人には、自己認識(セルフ・アウェアネス)の力が備わっているといえます。
そして、誘惑に負けそうになった時、こうした自分への問いかけをすることが、ブレーキの役割を果たし、あなたの「意志力」を強くしていくのです。
「自己認識の力」を働かせる時、❸「望む力」が同時に発揮されます。❸「望む力」とは、本当に望んでいることを強く「望む力」のことでした。
ここでいう「本当に望んでいること」とは、これから自分がすること、今、自分がしていることの「真の目的・目標」です。「もっと大事なことがあったのでは…?」という問いかけに対する答えが、それです。
受験生にとっての「真の目標」とは、第一志望の学校に合格することです。それは、自分の可能性を大きく伸ばすことになります。人生の価値を考えた時、「第一志望校への合格」と比べたら、ゲームを1時間した時に感じる「楽しさ」など、砂つぶみたいに小さなものです。
ある愛煙家だった男性は、ある日を境にタバコを辞めました。禁断症状を乗り越えることができました。その理由は「結婚」です。将来の妻となる女性が「タバコ嫌い」だったこともありますが、子どもができた時に、家族が副流煙(火をつけたタバコから出る煙)で、健康を害する可能性を考えると、タバコを辞めることは、当然のように思えたのです。
禁煙を始めた日から、むごい禁断症状が出ました。繰り返し繰り返し「タバコを吸いたい」という思いにかられて、負けそうになりました。そんな時、「俺は、結婚して、あたたかい家庭を築くんだ」という「真の目的・目標」を思い浮かべ、「望む力」を発揮したのです。
この男性にとって、「タバコを吸うこと」と「結婚して、あたたかい家庭を築くこと」は、どちらが本当に望むべきことでしょう。本当に「結婚して、あたたかい家庭を築きたい」と望んでいるのか。その「望む力」は、どれほどなのか。
「望む力」が強ければ強いほど、誘惑との綱引きに勝つ確率は、高まります。
自分が「本当は何を望んでいるのか」。「望んでいることを、どれだけ本気で望んでいるのか」。それを知ることは、まさに「自分を知ること」に他なりません。
マクゴニガル先生は、「自分を知ることは、自己コントロールへの第一歩です」(p20)といっていました。
自分を深く知れば知るほど、「意志力」は強くなります。なぜなら、「自分を知る」ことは、「望む力」につながり、「望む力」は、「自己認識の力」になり、「自己認識の力」が、「意志力」を強くするからです。
なぜ、ダイエットをするのでしょう?
なぜ、お酒を減らそうと考えるのでしょう?
なぜ、勉強をするのでしょう?
なぜ、節約をするのでしょう?
なぜ、働いているのでしょう?
「意志力」を強くするには、「真の目的・目標」を明確することです。そして、「真の目的・目標」をどれだけ強く望むかが勝負の分かれ目です。誘惑に負けそうになった時、何度も何度も自分に問いかてみましょう。
「本当に大事な望んでいることは何のか?」と…。
マクゴニガル先生は、「意志力」についてこう言っています。
意志力とは、つまり、この「やる力」「やらない力」「望む力」という3つの力を屈指して目標を達成する(そしてトラブルを回避する)力のことです。
では、続いて2つ目のポイント「セルフ・ケア」(self care)について、話しを進めていきます。
②セルフ・ケアすれば意志力は強くなる
2つ目のポイント「セルフ・ケア」(self care)の結論を、簡単にいうと、こうです。
疲れていると意志力は弱くなるから、意識力を強くしたいなら、セルフ・ケアをちゃんとして、意志力が強くなる環境をつくりましょう。
「疲れていると意志力は弱くなる」。
これは、意外と盲点です。「意志力」が強い人は、疲れていようが、疲れてなかろうが、意志力が強い様に思えます。でも、そうではないのです。
人は、疲れてしまうと「どうでもいいか」と投げやりな思考になりがちで、「自制心のブレーキ」がゆるむのです。
想像してみてください。大のお酒好きの課長がいたとします。でも、肝臓の数値が悪く、お酒を減らそうと考えていました。そんな折、仕事で残業が続きます。ある日、部下にミスがあり、会議で嫌いな役員からネチネチ叱られました。ホントに嫌な一日でした。ただでさえ残業続きで疲れているのに、ムシャクシャして疲れもピークです。家に帰りお風呂に入り、喉がカラカラにかわきました。冷蔵庫をあけると、缶ビールがキンキンに冷えています。
さあ、どうしましょう。課長は、投げやり気味に呟きました。
「こんなひどい目にあって、疲れてんだから、今日ぐらいいいだろ」
そうですよね。ひどい1日でしたし、疲れたんですから、ご褒美に1杯ぐらいかまわないのでは?…と、そんな正当化によって、自制心のコントロールは、一気に失われていきます。
「疲れた課長」のエピソードで何が言いたいかといいますと、「意志力を強くするのは、心の問題だけではない」ということです。
健康心理学者マクゴニガル先生は、こう書いています。
自制心を発揮するとは、心と体の両面において衝動を克服する強さと落ちつきが生まれている状態なのです。
『スタンフォードの自分を変える教室』(大和書房)p59
「意志力」は「心理学」で扱われますが、ストレス・疲れなど、体の問題には「生理学」が絡んできます。
「意志力」を強くするには、体を含め、それに見あった「環境」が必要だということです。よって、「環境づくり」のための「セルフ・ケア」が重要になるのです。
「やる力」「やらない力」を弱めるモノが、目にふれないように遠ざけておくのも「環境づくり」です。
禁酒しようとしている課長の例でいえば、そもそも冷蔵庫に缶ビールを置いてあるのが問題です。「缶ビール」を見たら、飲みたくなるのは当然で、「飲む」「飲まない」の綱引きが始まってしまいます。本気で禁酒するなら、お酒は家から全て撤去です。
心の中で葛藤の綱引きが始まらない環境を準備するのです。
「課長、今日、一杯どうですか?」と、部下に誘われたら、心が揺れ動きます。会社の人に禁酒を宣言してしまえば、飲みに誘われることもありません。これも「環境づくり」であり「セルフ・ケア」です。
スマホが気になって勉強できないなら、スマホがすぐ手にできない場所に置いておくことです。少なくとも自分の部屋ではダメです。スマホ依存症対策で、一定時間ロックがかかる「アプリ」もあります。タイマー付きの箱も売られています。勉強する1時間なら1時間、2時間なら2時間セットして、箱に入れると、開けられない仕組みになっています。
体が健康なら「意志力」は強くなります。「健康づくり」も「環境づくり」です。瞑想をしたり、運動をしたりすることは、「意志力」を強くします。
「私は意志が弱くて、ダメな人間だ」などと嘆くことはありません。その前に、そもそも疲れていないか、意志力が弱くなるような環境づくりをしているのではないかを、チェックしてみてください。
「あなた」に問題があるのではなく、「環境」に問題があるのかもしれません。
自分で工夫をして「環境づくり」をしていくことが、意識力を高めるために大切な「セルフ・ケア」ということです。
では、最後、3つ目の「セルフ・バリュー」(self value:自己の価値観)について、お話しします。
③セルフ・バリュー(自己の価値観)で意志力筋を鍛える
「意志力筋」。
そんな言葉が、『スタンフォードの自分を変える教室』(大和書房)には登場します。マクゴニガル先生は、意志力は筋肉のようなもので鍛えられるといいます。
ある研究チームが、意志力を高めるトレーニングの実験を行いました。実験では、「参加者は目標を設定し、それを自分で決めた期限内に達成する」のです。ただ、大げさな目標ではなく、以下のような、日常の「ささいなこと」で意志力を働かせる内容でした。
第1週 クローゼットの扉を開け、ぐちゃぐちゃな様子をしかと目に焼き付ける
第2週 ハンガーにかかっている服を片っ端から整理する
第3週 レーガン政権以前の服はすべて捨てる
第4週 非営利団体〈グッドウィル〉が骸骨もようの服も引き取ってくれるかどうか確認する
この実験での大きなポイントは、日常の「ささいなこと」でトレーニングすることです。それはつまり、達成がしやすいことです。これを行った訓練生たちは、実験での目標を達成したばかりでなく、「食事の内容が健康的になったり、運動量が増えたり、タバコやカフェインの摂取量が減ったりしました」(p11)。
この実験結果を受けて、マクゴニガル先生は、こう書いています。
その他の研究でも、自制心を要する小さなこと(姿勢をよくする、毎日手が疲れるまでハンドグリップを握る、甘いものを減らす、出費を記録するなど)を継続して行った場合、意志力が全般的に強くなるという結果が出ています。
『スタンフォードの自分を変える教室』(大和書房)p111
さて、実験での訓練生たちは、無事に、目標を達成したようですが、目標を達成する努力をすると、それに反する行動を取りたくなる心理学あるのをご存知でしょうか?それを知っておくのは、意志力を強くする重要なポイントです。
いいことをしたんだから、少しぐらい悪ことをしたっていいじゃないか。
何か良いことをした後に、そんな気持ちになったことはないでしょうか。実は、「いいことをすると、悪いことをしても良いと感じる」心理は誰にでもあることで、この心理を「モラル・ライセンシング」(moral licensing)と呼びます。
禁酒しようとしていた課長にも、「こんなに今日は、がんばったんだから、缶ビール1本ぐらいいいだろ」と「モラル・ライセンシング」の心理が働いていました。
詐欺師にかからないためには詐欺師の手口を知ることです。それと同じように、「私たちは、どのようにして自分に負けてしまうのか」、その心理的な仕組みを知っておくことは、意志力を高めるポイントです。
「モラル・ライセンシング」は、目標達成に向けた大きな罠です。なぜなら、目標に向けて努力をして「いいことをしたな」と思えば思うほど、「こんなに頑張ったんだから、少しぐらいサボってもいいか」と目標達成の反対に向かう意志力が働くからです。
「モラル・ライセンシング」は、「意志力」の大きな敵であり、これに打ち勝つのに、セルフ・バリュー(自己の価値観)が必要になってきます。
マクゴニガル先生は、こういっています。
モラル・ライセンシングのワナにはまらないようにするには、「ありのままの自分が最高の自分になることを望んでいる」のだと、そして「自分自身の価値観に従って生きていきたい」のだと、しっかり自覚する必要があります。
『スタンフォードの自分を変える教室』(大和書房)p161
セルフ・バリュー(自己の価値観)が、「望む力」を創ります。
誘惑に負けそうになった時、自分が本当に大切にしている「価値観」が、強い援軍になって、助けてくれます。
現代は、あまりにも「誘惑」の多い時代です。その「誘惑」は、人に快楽をもたらします。その「快楽」は心への「報酬」となって、人を魅了します。お酒、食べ物、ゲーム、スマホなど、それらの「快」は、とても強いものです。
でも、快楽とは常に一時的なものであり、人生に「真の価値」「永続的な価値」をもたらすとは限りません。時には、快楽という報酬は「依存症」をつくり出し、人を不幸へ導きます。スマホ依存症、ゲーム依存症、アルコール依存症ななど…。
だからこそ、「意志力」は、現代を心身ともに健康で、たくましく生きていくために欠かせないものなのです。
マクゴニガル先生は、こう書いています。
自制心を手にしたいと思うなら、人生に意義を与えてくれるようなほんとうの報酬と、分別をなくして依存症になってしまうようなまやかしの報酬とを、きちんと区別しなければなりません。そのような区別をできるようになることが、私たちにできる最善のことなのです。
『スタンフォードの自分を変える教室』(大和書房)p199
あなたに真の価値をもたらしてくれるものは何でしょうか?
そんなシンプルな問いを続け、自分なりの考えを持つことが、誘惑という悪魔のささやきに勝利する「天使の言葉」となります。
自分の価値観を知ること、それも「自分を知ること」ですね。
「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」。
「意志力」を強くするには、「自分を深く知ること」が、大切です。
(文:松山 淳)