『もののけ姫』に学ぶフランクル心理学

『もののけ姫』に学ぶフランクル心理学

『もののけ姫』の魅力とストーリー

 宮崎駿監督のアニメ作品の中で『もののけ姫』(スタジロジブリ1997年公開)は、とても高い人気を誇ります。自然を破壊する人間と神々との相克を壮大なスケールで描き、不条理な現実にあって「生きる」とは何か、そう「生の意味」を問う緻密なストーリーに魅了されます。

 舞台は中世の日本です。映画のファーストシーンで、主人公「アシタカ」は、村を襲う黒い化け物の「タタリ神」を退治し呪いを受けます。腕にまだら模様の「あざ」ができてしまいました。

 タタリ神の正体は、誇り高い「イノシシ神」でした。イノシシ神は、人間の作った「鉄のつぶて」が原因で、タタリ神になってしまったのです。

 アシタカは呪いを解く手がかかりを求めて、西へと旅に出ます。やがて鉄をつくるタタラ場にたどり着きます。そこに住む人間は「シシ神の森」を破壊し、鉄を生産していました。森には犬神モロに育てられた作品のヒロイン「サン」がいます。サンはタタラ場の人間から「もののけ姫」と恐れられ、女首領エボシを殺そうとしていました。

『もののけ姫』(監督:宮崎駿 スタジオジブリ)
『もののけ姫』
(監督:宮崎駿 スタジオジブリ)
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 それぞれの立場に「善」があります。一方の「善」はもう一方にとっては「悪」であり、互いの「善」と「善」が対立し争いになります。

 自然と人間、人間と人間、人間と神々、神々と神々…様々な対立の惨劇に放り込まれ、登場人物たちは、善悪を超克しようと「生きる」ために体を傷つけながら戦い続けます。

 公開当時、映画の宣伝キャッチコピーは「生きろ」でした。

 私はこの「生きろ」という言葉にふれる度、ある心理学者の名を思い出します。ナチスの強制収容所を生き延びたヴィクトル・E・フランクルです。

心理学者フランクルについて。

 フランクルといえば、世界的名著『夜と霧』(みすず書房)の著者として名を知られています。『夜と霧』は、地獄の収容所での出来事と彼独自の心理学(ロゴ・セラピー)に関する考え方が記された本です。

『夜と霧』(みすず書房)
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 フランクルは、オーストリアの首都ウィーンに生まれます。オーストリアと言えば心理学の巨頭フロイトとアドラーの生地ですね。心理学に興味を持った高校生のフランクルは、フロイトと手紙でやり取りしています。

 現在、日本ではアドラー心理学が脚光を浴びています。フランクルは、フロイト、アドラーに継ぐ「第3ウィーン精神療法学派」に位置づけられているのです。

 「どんな時にも人生に意味がある。どんな人のどんな人生にも意味がある」

 フランクルが残したこのメッセージは、今も悩める人を救い続けています。そこで、今回は『もののけ姫』のセリフと絡めながらフランクル心理学について述べていきます。


創造価値:働くことは価値を創造すること。

ロゴセラピーの創始者V・E・フランクルの画像
ロゴセラピーの創始者V・E・フランクル

 フランクルは、生きる意味を見出せず「人生の虚しさ(実存的空虚感)」に悩む人々に、3つの価値を実現するように説きました。

「創造価値」「体験価値」「態度価値」の3つです。

『創造価値』とは何か。

 「創造価値」とは、主に、働くことを通して実現される価値のことです。『もののけ姫』には、タタラ場で暮らす包帯を全身に巻く、病いに侵された者たちが登場します。これは制作段階で、宮崎監督が国立ハンセン病療養所多磨全生園(東村山市)を訪れたことがきっかけになっています。

 タタラ場には、売られた女や病を背負う人など「弱さ」を抱える者たちが住んでいるのです。女首領エボシが、それらの人々を引き取ったためです。ですので、サンが憎しみ命を奪いたいエボシは、タタラ場の人々にとっては、末長く生きていてほしい尊い存在なのです。

 包帯に身に包む者たちは主に石火矢(鉄砲)をつくる仕事に従事しています。病が重くとも、働くことで価値を生み出し、生きがいを感じて生きているようです。アシタカは、エボシに連れられ石火矢づくりの現場を訪れると、病に伏す包帯を巻く人からお願いされます。

 「お若い方、わたしも呪われた身ゆえ、あなたの怒りや悲しみはよくわかる。わかるがどうかその人を殺さないでおくれ。

 その人はわしらを人として扱ってくださった、たった一人の人だ。

 わしらの病を恐れず、わしの腐った肉を洗い布を巻いてくれた。

 生きることはまとこに苦しく辛い。世を呪い人を呪い、それでも生きたい」

『もののけ姫』(監督:宮崎駿 スタジオジブリ)

 「生きる意味」の喪失は、時に死の入り口に人を立たせます。

 最後の「それでも生きたい」という力強いセリフから、重い病を背負いつつも生きることに絶望していないことがわかります。これは石火矢づくりの仕事を通して、何らかの価値を世界に生み出している実感があるからであり、その仕事を与えくれたエボシへの「恩返し」の強い気持ちがあるからしょう。

フランクルは、どんなに小さな仕事であっても、何らかの価値を社会に創造しているならば、そこに意味が生まれ人は希望をもつことができると考えました。
これがフランクル心理学でいう「創造価値」です。


体験価値:この世界から受けとる価値。

もののけ姫 北米版 / Princess Mononoke(監督:宮崎駿 スタジオジブリ)
もののけ姫 北米版 / Princess Mononoke
(監督:宮崎駿 スタジオジブリ)
写真中央:アシタカ
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 二つ目の「体験価値」とは、自然や芸術、または人間関係での「愛」を体験することで実現される価値です。フランクルは「体験価値」を説明する際、「愛」を強調します。誰かを愛し、誰かから愛される体験は、深い意味を人生にもたらすからです。

 タタラ場でサンを救い出そうと、アシタカは銃に撃たれます。山へ逃れる途中でアシタカは力尽き、サンに言葉をかけます。

 「生きろ」「そなたは美しい」

『もののけ姫』(監督:宮崎駿 スタジオジブリ)

 サンは驚き、後ずさりします。それまで一度も抱いたことのない感情が心に芽生えた瞬間でした。

 サンは人間でありながら、人間としての自分を否定して生きてきました。人間を憎み人間から距離を置き、人間からの「愛」を拒絶し生きてきたのです。アシタカと共に戦い、人間同士の関係を体験しながら、少しずつ「人間への愛」に目覚めていくのです。

 映画の最後、ふたりが交わすセリフです。

 サン「アシタカは好きだ。でも人間を許すことはできない」

 アシタカ「それでもいい。サンは森で、わたしはタタラ場で暮らそう。共に生きよう。会いに行くよ。ヤックルに乗って」

『もののけ姫』(監督:宮崎駿 スタジオジブリ)

 サンは人間への憎しみから逃れられません。しかし、アシタカからの愛を受け入れることで人生に「生きがい」を見い出すことはできます。例え、ふたりが離れて暮らそうとも、「共に生きる」という感覚を抱けます。この感覚は、人生を生きる「心の支え」となるものです。

人は多くの人から愛されなくても、たった一人の人から深く愛されれば、それだけで生きていけます。

 「体験価値」は、人生に生きがいや心の支えをもたらし、人の心をどこまでも強くします。


態度価値:人生にどんな態度のとるのか

 「態度価値」とは、避けることのできない運命を引き受け、自らが『とる態度』によって実現される価値のことです。

 アシタカはタタリ神から呪いを受けました。呪われ死を待つ身となったのです。その時、村を治める老婆ヒイ様は言いました。

 「誰にも運命は変えられない だが ただ待つか自ら赴くかは決められる」。

『もののけ姫』(監督:宮崎駿 スタジオジブリ)

 アシタカは、死を待つのではなく、「自ら赴く」という態度を選択し、旅に出ました。

 フランクルは死が隣り合わせの収容所で、悪魔のように堕落していく人間がいる一方で、天使のように精神の高潔さを維持する人間を見ました。どんなに辛い状況にあっても、人に優しくできる模範的態度をとる人間を発見したのです。

『それでも人生にイエスと言う』(春秋社)
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 この事実からフランクルは力強く唱えます。

「私たちはさまざまなやりかたで、人生を意味のあるものにできます。活動することによって、また愛することによって、そして最後に苦悩することによってです。
苦悩することによってというのは、たとえ、さまざまな人生の可能性が制約を受け、行動と愛によって価値を実現することができなくなっても、そうした制約に対してどのような態度をとり、どうふるまうか、そうした制約をうけた苦悩をどう引き受けるか、こうしたすべての点で、価値を実現することがまだできるからです。」

『それでも人生にイエスと言う』(V・E・フランクル 春秋社)p37

 その人の置かれた状況がどんなものであっても、どんな態度をとるのかには自由があり、この「態度選択の自由」が命尽きる寸前まで人間には保証されています。

 だから、「全ての人の人生に意味がある」と言えるのです。

 アシタカもまた同じでした。変えられぬ運命を引き受け旅に出ました。そして変えられぬ運命を変えました。自らとる態度で人生を変え、意味を満たしていったのです。

 この「態度価値」は、人間の尊厳が保たれる根源となるものです。

 フランクル心理学の「3つの価値」に関する考えを知るだけでも、逆境を耐える力を育むと言われます。だからこそ今なお、フランクルの教えは、苦境にたつ多くの人たちを支え、そして後世へと語り継がれていくのでしょう。

 フランクルは天国から私たちに向かって叫んでいるはずです。

「生きろ」

 フランクル心理学の中核にある考え方は、彼が20代〜30代にかけて構築されていったので、ナチスの強制収容所に入れられる前、1930年代にはある程度、形になっていました。90年近くの時が流れた今も、フランクルの言葉に「生きる力」をもらっている人は、全世界います。

 生きるの意味を深く考えさせられる『もののけ姫』もまた、フランクル心理学同様に、50年先、100年先の人々に「生きる力」を与えることでしょう。

(文:松山淳)

参考文献:『もののけ姫』(スタジオジブリ)、『夜と霧』(みすず書房)


『君が生きる意味』(ダイヤモンド社)

フランクル心理学の物語。
『君が生きる意味』(ダイヤモンド社)
著:松山淳 解説:諸富祥彦
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