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リーダー(leader)とは、会社、組織、チーム、人々など、何らかの集団を「リード(lead)」する人のことです。「lead」の日本語訳は、「導く」「案内する」「率いる」です。すると「リーダー」とは「導く人」「率いる人」「案内する人」と言えます。「導く人」がいるのであれば「導かれる人」がいます。リーダーに「ついていく人」です。
「ついていく」は英語で「フォロー(follow)」ですので、「ついていく人」は「フォロワー(follower)」となります。「リーダー」と「フォロワー」はリーダーシップ論ではセットで考えることが多いですね。というのも「ついていく人」(follower)がいなければ「導く」(lead)という行為(リーダーシップ)が成立しないからです。
「ついていく人」がいないのに「俺はリーダーだ」と言うのは、子どもがまだ生まれていいないのに「俺は親だ」と言うようなものです。子どもが生まれて「親」になるように、フォロワーがいてこそ「リーダー」と言えるのです。
「リーダーとフォロワー」という構図から発想されたリーダーシップ論には「リーダーはみんなの先頭に立ってフォロワーを導く」という「率先垂範」のイメージがあります。これはまさにその通りで、一般的なリーダーシップの考え方です。
ここで少し見方を変えてみます。
リーダーはフォロワーを「導く」(lead)わけですが、この時、フォロワーは、リーダーから何らかの「影響」を受けています。リーダーから見れば「影響」を与えています。
学術的なリーダーシップ論では、この「影響」という概念に着目し、リーダーシップを次のように定義します。
リーダーシップとは人が人に及ぼす「影響力」のこと
ちなみに日本を代表するリーダーシップ理論「PM理論」の提唱者三隅二不二氏は、こう自著に記しています。
PM理論の提唱者 日本のリーダーシップ研究の大家 三隅二不二
一人の人間が、他者に対して働きかけ、指示したり、支配したりして他者に一定の影響を及ぼす過程がリーダーシップである。
『新しいリーダーシップ』(三隅二不二 タイヤモンド社)p19
現在、日本でリーダーシップ論を牽引する神戸大の金井壽宏教授は、こんな風に定義しています。
by 金井壽宏/神戸大学大学院経営学研究科教授
「リーダーシップとは、フォロワーが目的に向かって自発的に動き出すのに影響を与えるプロセスである」
『サーバント・リーダーシップ入門』(金井壽宏 かんき出版)p22-23
お気づきのように、表現は違いますが共通して「影響」という言葉が入っていますね。
組織においてリーダーが自分に課された目標を達成するには、フォロワーに「影響」を与えて働いてもらわなければいけません。上司がリーダーで部下がフォロワーだとすれば、部下が動いてくれなければ、上司の仕事は達成できないのです。部下が動いてくれた時、そこに「リーダーシップ」があります。
ですから「リーダーシップとは人が人に及ぼす影響力のこと」とシンプルに考えることができるのです。
人が人に影響を及ぼすことがリーダーシップだと聞くと、常にイメージされるのは「他人」に対しての「影響力」です。ただ、この記事を読んでいる方であれば、「セルフ・リーダーシップ」という言葉を聞いたことがあると思います。
リーダーシップが発揮される前段階として「自分が自分に」に影響を与えていることを忘れてはなりませんね。「リーダーシップとは人に与える影響力のことであり、自分も「人」ですから、影響の対象となります。
自らを鼓舞し、励まし、ねぎらう。そうした「自己への影響力」を考えることもリーダーシップ論にとっては重要な視点となります。
「セルフ・リーダーシップ」の観点が出てくると、リーダーシップという「影響力」が及ぼされる「対象と範囲」を考えていくことになります。
リーダーシップが有効に発揮されれば、仕事の成果があがります。逆であれば、成果は悪いものになります。成果の良し悪しは「組織」に影響を与えます。「組織」は一般企業であれ役所などの国の機関であれ「社会」につながっています。「組織の成果」とは「社会に対する成果」です。よって、ひとりのリーダーのリーダーシップとは、常に社会に影響を及ぼしていると考えます。
これを整理すると、次の「3ステップ」になります。
- 「自己」(Self)
- 「人々」(People)
- 「組織/社会」(Organization/Society)
これを図で表すと、こんな感じですね。
「セルフ・リーダーシップ」は、建築物で例えると基礎工事の部分です。基礎工事が確かなものであれば、「人々」への影響力もより強いものになっていきます。では次に、セルフ・リーダーシップについて述べていきます。
「セルフ」は「自己」と訳されます。日常会話だと、自己は「自分」と同義に使われることが多いと思いますが、ここでは深層心理学の知識を使って違った観点から考えてみたいと思います。
心には意識することのできない「無意識」という領域があります。「意識」と「無意識」。このふたつで「心」は形成され、意識の中心を「自我」(ego)とし、心の全体の中心を「自己」(self)と考えます。これは深層心理学者ユングの考え方です。つまり「自己」(self)とは、単なる「自分」のことを指すのではなく、「無意識」の領域も含む、より多義的で意味の深いものです。
さて、わざわざ深層心理学の知識を持ち出してきたのは、セルフ・リーダーシップの目標となるものが、無意識の自分と関係してくるからです。
人は誰もが「自分とはこういった人間である」という自分なりの「セルフ・イメージ」を持っています。でも、「自分は明るい性格だ」と思っていても、他人はそう考えていないこともあります。つまり、自分では正確に理解できていない自分がいるわけです。これを「盲点の自己」(Blind self)と言います。
さらに、他人も自分もわかっていない「自己」が考えられます。
例えば、小学生の時、暗い性格であまり喋らなかった同級生が、社会人になり再会したら、「社交的でとても言葉数の多い人間になっていて驚いた」と、そんな話を聞くことがあります。その同級生も、小学生の頃は、自分が大人になってよく喋る人間になるとは思っていませんでした。すると、「自分も他人も知らない自分」が無意識の底の方に潜在していたと考えられるわけで、これを「未知の自己」(Unknown self)と言います。
自分で自分を導くとは、自分で自分によりよい影響を与えることです。それが他者に対する効果的なリーダーシップにつながります。そのためには、自分も他人も知らない自分ー「未知の自己」を開発していくことがキーになります。なぜなら、リーダーは状況に応じて多面的な自分を使い分けることが求められるからです。「リーダーシップの開発」とは「未知の自己の開発」と言えます。
そこで、セルフ・リーダーシップを比喩を交えて定義すればこうです。
「旅」と表現したのは「目的地(目標)」に向かって歩み続ける「プロセス」だということ伝えたかったからです。「目的地」は、もちろん「未知の自己」です。自己成長していくためには「未知の自己」にアクセスする必要があります。
「自己開発」「自己成長」に終わりはありません。「成人発達理論」で唱えられているように「人は生涯を通して成長していく存在」です。それと同じように、「リーダーシップ開発」とは、自己成長することでもあり、それは生涯を通して行われる「プロセス」なのです。
自分をどのように評価していますか。
セルフ・リーダーシップの大敵は、否定的なセルフ・イメージです。自分に対する否定的な評価が、豊かな才能の開花を邪魔します。
「どうせ私にはできない」
「何をしたって無駄だ」
そんな否定的な「思考パターン」や心の中でつぶやく「セルフ・トーク」は、自己(セルフ)に大きな影響を与え、行動力を低下させ、自己成長を遅らせます。そうなれば、他者に与えるリーダーシップも悪化していくことになります。
セルフ・リーダーシップをよりよく発揮するためには、「まだ見ぬ自分」(未知の自己)を目指し、その可能性を肯定的に評価することが大事です。「自分も他人も知らない」自己は必ず存在し、その領域に眠っている自分の才能を信じます。自分という存在の豊かさを肯定的に評価し、ねぎらい、励まし、そうして影響を与え、自己を深く掘り下げながら、自分を開発していくのです。
無いものを外から手に入れようとするのではなく、「すでに自分の中にある豊かな自己」を発見していく強い意識を持つことが、セルフ・リーダーシップにとって、とても大切なことです。
リーダーは、セルフ・リーダーシップを発揮して「自己」(Self)を鼓舞し、「人々」(People)に影響を与え、「組織/社会」(Organization/Society)をよりよいものへと変革・発展させていきます。「リーダーシップ」(影響力)は、3つのステップを踏んでいくことを冒頭で説明しました。
さて、上の図では「社会」を頂点にして最終ゴールを設定していますが、実際には、下の図のように「自己」が「人々」へ、「人々」が「組織/社会」へ、そうして与えた影響は、何らかの形で「自分のもとにかえってくる」と考えられます。リーダーシップは「自己」「人々」「組織/社会」の「3ステップ」であると同時に「3サイクル」なのです。
一方通行なのではなく循環するのがリーダーシップの力。
CSR(企業の社会的責任)やエシカル消費というコセンプトが経営に影響を与え、各企業は地球の未来を考え、循環型の社会を創ろうと環境問題などに取り組んでいますす。それらの活動は、景気が悪くなったら経費削減の対象となるようなものではなく、経営の本質に関わるものになっています。
松下幸之助氏は、こんな言葉を残しています。
「商売は私のものではない。私企業でありますけれども、その本質は、公の機関である」
『松下幸之助発言集』 (松下幸之助 PHP研究所)
「公」とは「社会」のことを意味し、「企業は本業と通して社会に貢献すべきだ」と松下氏は言っているわけです。
企業経営とは、社会的責任を果たすことです。温暖化対策、文化支援など部分的な施策だけではありません。流行の経営用語が次から次へと登場していきますが、松下幸之助氏が言った「公の責任」は、企業が存在する限り未来永劫変わることはありません。
リーダーシップとは、部下など社内の「人々」(People)に影響を与えることで、「組織」が動き、その結果、「社会」に対しても影響を及ぼしています。その影響は巡り巡って、社会で暮らし働く自分に影響を与えているわけですね。
太陽が照り、海の水は雲となり、雨を降らせ、川になり、そして川は海に注ぎ込まれまた雲となる。そうした自然の摂理に似た「自己」「人々」「組織/社会」をベースにした「循環思想」こそ、リーダーシップを考える上で忘れてはならないものです。
リーダーシップとは、「どう言えば人が動くのか」「どうやればチームが機能するのか」といったテクニカルな発想に陥りがちですが、その背景にある「循環思想」を自覚する「マインド・セット」がリーダーシップを磨くために欠かせません。「テクニカル・セット」と「マインド・セット」の開発、その両輪を回していくことで、リーダーシップはより強いものになっていくのです。
江戸時代の思想家石田梅岩は商人の哲学を「実(まこと)の商人は先も立ち、我も立つことを思うなり」と表現しました。 「生きる経営の神様」稲盛和夫氏は「利他の精神」の重要性を説き続けています。
これらの思想・哲学は「一方通行」ではなく「循環思想」が基本になっていますね。「循環思想」は、四季が巡り、森や海が近くにあって自然の恵みで「生かされている」ことを実感しやすい日本人のDNAに刻み込まれたものといえます。リーダーシップを「循環思想」でとらえることで、リーダーシップへの考えをより深め、理解することができます。
(文:松山淳)